29. ベルローズの戦い
ベルローズは、深呼吸をする。
この世界に生まれ落ちて、18年。ずっと諦めて来た運命への叛逆の、第一歩を踏み出す日だった。
ベルローズは、この世界においての悪役の一人だった。婚約者のユーウェル王子と真実の愛に目覚め、幸せな結末を迎える一人の少女に苛烈なまでの苦難を強いて、その結果、王子にこっぴどく糾弾され、断罪される悪役令嬢と呼ばれる役回り。
そこまでになったのも、全ては嫉妬心から、少女の殺人未遂を企てたからだった。国にとって貴重な魔術師を殺そうとしたのだから、国の中枢からはじき出されて当然の行ないだった。
しかし、ベルローズは生まれた途端に、この結末を知っていた。それに絶望し、あらゆるものにやる気を失ってしまっていた。
そして、学院に現れた少女は、ユーウェル王子と恋に落ちそうだった。自分の未来は、仄暗い闇の中にある。
けれど、そんな彼女に、勇気を与えてくれる、たった一人との出会いがあった。
顔も本当の名前も知らない、一人の少年のような、少女のような不思議な人。
その人物に背を押されて、ベルローズはこの日へと踏み出した。
生徒総会の行なわれる講堂の前では、デモ活動が始まっている。
――ベルローズが打ち立てる策への、反対運動だ。貴族の子女が中心となり、演説する言葉に、講堂に集まる生徒たちのうちの幾分かが足を止め、耳を傾けていた。
ああ、分かっている。自分が今からせんとすることは、貴族社会への楔を打ち込むことだと。
けれど、国の上層部は、ベルローズの思想に共感してくれた。だからこそ、この日を迎えたのだから。
「会長」
控室に迎えに現れたのは、同じ生徒会役員の、アルシェスタ・キングレーだ。
自らの命運を握る少女の親友役であった彼女を生徒会の傘下に抱き込んだのは、今思えば、ベルローズのささやかな運命への抵抗だったのかもしれない。
けれど、言葉を交わせば、アルシェスタはベルローズと同じ思想を抱く人物だと、そう思える。
足りなかったピースを埋めてくれたアルシェスタに感謝を抱き、全ての準備は整った。
「――さぁ、革命の時間よ。弱肉強食の貴族の世界で、胡坐をかいている子女たちの鼻を明かして差し上げる」
真紅の薔薇の家紋を背負い、ベルローズは歩き出す。
今日、この場で起こす革命を、どんな手を使ってでも成功させるために。
◆◇◆
講堂にベルローズが現れると、一斉に視線が浴びせられる。
そしてそれと同時に、貴族の男子から怒号が飛ぶ。
「職権乱用! 会長の横暴を許すな!」
「許すな!」
ざわざわと騒ぎ立てる貴族の子女たちによって、行動内の空気は殺伐としたものへと変じる。
しかし、ベルローズの隣に並んだサロモンが大きく息を吸い込み、講堂内に強く響き渡るほどの声量で、制止をかける。
「――静粛にッ!」
その怒号にも近い雄たけびのような、びりびりと威圧感を与える巨大な声が響き渡ると、講堂内はしん、と静まり返る。
ベルローズの左隣にサロモンが、右隣にグウェンが並び、その後ろにアルシェスタが並ぶ。そのはるか後方に、警備兵のように背筋を伸ばして直立する、イルヴァンの姿もある。
ベルローズは、麗しきローズの瞳をそっと開くと、この国で最も美しいとされる淑女の礼を取る。ほう、とため息のようなものが漏れた。
「皆様。生徒会長、ベルローズ・マギアスです。それでは、本日の生徒総会を始めます」
先ほどの喧騒など、意にも介しないかのように、真紅の女傑は背筋をまっすぐに伸ばし、500名にも至る生徒たちを仰ぎ見て、凛とした声音で執り仕切りを行なう。
まずは、来週から行われる魔術競技会の諸注意事項や参加方法までの連絡等を行う。この時間は、まるで革命の準備時間のような、厳かさと穏やかさを持っていた。
そして、それが終わり、いよいよ本日のメインの議題へと移ると、ベルローズは少しだけ震える手をぎゅっと握り締めてから、前を見据えて、しっかりと背筋を伸ばした。
「皆様に、大切なお知らせがあります。この度、学院では運営体制のいくつかを見直すこととなりました」
ベルローズが啖呵を切ったとき、野次を飛ばそうとした男が、急に押し黙る。
背筋から、激しい寒気を感じたからだ。それは、遥か後方、ベルローズの立つ教壇の真逆側、高所に佇むユーウェルから放たれた、殺気にも近い鋭い気迫だったからだ。
貴族の子女たちは、そうなって初めて、自身が王子の婚約者に対し、野次を飛ばしていたことを自覚したのだ。王族の御前であることを、彼らはすっかりと忘れ去っていた。
「この学院では、数十年前より、嘆かわしい事態が起きております。それは、貴族の子女への、過度な家からの介入と、必要な教育水準を満たしていない貴族の子女が増えているということです」
いつを境に、こうなってしまったかは、正確には分からなかった。
ただ、いつからか、高位貴族の大人たちは、適切な教育も施せていない子女を、金とコネで上位クラスにねじ込み、子女が問題を起こせば、大人たちが介入し、ほかの平民の生徒や、教師などにすべての責任を押し付け、当の本人はお咎めなし。
お陰で、年々貴族の子女の学力は低下の一途を辿っている。数字にすれば、より顕著となる。
「学院とは、本来自立を促すための施設です。にもかかわらず、問題が起きたら親頼み――そのような現状を嘆かわしく思っています。この国において、身分制度は絶対のもの。貴族と平民の間には確かな隔たりがあり、それはこの制度が存在する限り、変わることはないでしょう」
ベルローズは、貴族の子女たちを冷たい瞳で見つめながら、反骨心を滲ませる彼らに現実を叩きつける。
「ですがそれは、学院を我が物顔で闊歩していいということにはなりません。私は、貴族の子女たちの、貴族としての自覚の欠如に、たいへん遺憾な気持ちを抱いております」
「い、一体何が遺憾だと仰るのですか!」
勇気を出して声を上げた一人の男に、ベルローズは静かに視線を動かすと、口を開いた。
「では、事例を一つ挙げましょう。創立記念パーティーにて、王子殿下の御前で、貴族の子女とは思えぬ行為をした者らがいました。それは、家同士の婚約を軽んじて、婚約者がいる男女の前で、平然とファースト・ダンスを誘う人間がいたことです」
ざわり、と会場が揺れる。アルシェスタとイルヴァンは、ユーウェルとベルローズがいるロイヤル・シートのすぐ下、正面のテーブルにいた。当然、あのテーブルの周囲で話していた子女たちの会話も態度も、全て王子には筒抜けだったのである。
「ユーウェル第二王子殿下は、その件に対してたいへんご立腹です。貴族にとって、家同士のつながりは生命線とも言える程大切なもの。それを不当な干渉から守るため、あるいは契約内容を厳かに執行するために結んだ婚約を、よりにもよって王族の前で軽んじるなどと。まっとうな貴族の子女であれば、そのような考えとはならないはずです」
政略結婚や、婚約の重要性については、貴族の初等教育で習う内容だった。この歳になって、その重要性を理解していない、あるいは軽んじている子女がいることが嘆かわしい――そして、それをよりにもよって、王子の前で、恥ずことでもなくやってのけたということは、とても恐ろしいことだった。
「国の重鎮たちは、貴族の子女の自意識の欠落を嘆いておいでです。私はこの度、学院の運営体制の変更を、国王陛下に奏上し、最高議会にて審理をしていただきました」
ざわざわと会場が揺れる。
ベルローズの独裁ならばまだしも、国の重鎮たちが決めた事柄ならば、数人の貴族の子女たちが徒党を組んだところで、どうにもならないだろう。デモ活動の無意味さを、その時に理解したのかもしれない。
「学院の現状と、各家の干渉の証拠を纏めて提出したところ、最高議会では過半数の可決が得られ、この度、わたくしの進言した学院の運営体制の変更を受諾していただきました。今から変更点をお伝えしますので、各々、しっかりと心に刻むように」
有無を言わせぬ圧倒的な存在感で、ベルローズは凛と咲き誇った。
「一つ。来節より、学院長に、王家の縁者を据えることと相成りました。此度学院長に就任されますのは、先王の王妹殿下のご子息である、エーファン様です。これにより、学院に干渉する不当な貴族家の影響を緩和します」
先王の兄妹の子息であれば、立派に王家との繋がりを保てる立ち位置だ。彼が学院長に就任し、トップに据えられようものなら、貴族家の干渉によるあらゆる不正は淘汰される。
「二つ。来年度より、クラス編成は完全に成績のみを考慮したものとします。これは、本来ならばそうあるべきなのを、元に戻すだけのことです。なお、この制度変更に伴い、現在は本人に対してのみ通知し、上位10名のみを掲示することになっている定期考査の成績を、学院のエントランスホールにて主席から最下位まで掲示することとします。なお、この掲示に関しては、来期の定期考査から適用されます」
ベルローズがそう高らかに発表した瞬間、複数の子女から悲鳴が上がる。彼らは、家の力で不当なクラスに所属しているのだろう。今までは、本人にのみ通知されていたので、実際の成績と所属するクラスの乖離はあまり知られていなかったが、これによって、明らかに不当な成績の人物が上位クラスに入ることはありえなくなる。
貴族たちは、いよいよ自身の威光を保てなくなってきた。それにより、余裕がなくなって来た貴族たちは、横暴だと喚き始めた。
本来の成績通りの上位クラスに存在している貴族の子女たち、彼らが席を取ってしまったせいで上位クラスに所属できなくなった子女たちからは、冷たい視線が向けられる。
「――ところで。この制度変更に関しては、この場での発表が初めての公表となります。最高議会で審理された議題に関しては、最初の公式発表の場までは決して他言をしないという取り決めがあり――もちろん、彼らは決してそれを外には漏らさないでしょう。では、お尋ねしますが……本日、講堂前で、この制度改善のことを完全に理解し、デモをしていらっしゃった方々がいらっしゃったようですが、あなたがたは一体、どこでこの話をお聞きになったのでしょうか」
ベルローズの言葉で、わめきたてていた子女たちが顔を青ざめさせて、しんと静まり返る。
最高議会で審理に掛けられたことを知っている人間は、間諜を疑われるのである。国の最高決定機関である最高議会は、各派閥の長とその補佐にしか参加が許されない。その機密は国家レベルだ。
そんな最高議会で取り扱われた議題を公表前に知っていることは、何らかの不正を示す証拠に他ならない。
彼らはまさに今、自分で自分の首を絞めたのである。
「私ども生徒会は、生徒会に所属する役員が、身分を盾に脅され、家族を人質に取られ、情報を流すように強制されていたことを掴んでいます。これは立派な諜報行為に当たり、内容が最高会議の議題であることから、国家反逆罪が適用されます。これに関わった人間のリストアップ及び、この情報漏洩を受け取って、生徒会に陳情にやって来た生徒の名は控えて騎士団に提出済みです。これは国に対する敵対行為であり、この場をもって、諜報行為を働いた者らに宣告します。関与した自覚がある者は、直ちに騎士団に出頭しなさい。もしも無関係を装う場合は、相応の覚悟をお持ちください」
ベルローズの言葉が決め手となり、複数人の貴族の子女がその場で崩れ落ちた。
昨日、ベルローズの言葉には、これが最高議会で審理に掛けられた議題であるという共有はなかった。ただ、王宮に奏上した、という時点で、まともな貴族の子女にならば、その意味が分かるはずだった。
ビオが語った言葉の中には、その表現はなかったのだろう。そのまま言葉を受け取った子女たちは、それが最高議会で審理された事項であるとは知らずに、同じくこの制度変更によって不利益が齎される子女に広がっていき、取り返しのつかないことになった。
ベルローズはこうなることが何となくわかっていたので、その旨も同時に上へと奏上していた。
そしてこのように現実となったことに対して、国の上層部は、貴族教育の甘さに危機感を抱くことだろう。
真紅の女傑が入学当初から疑問を抱いており、少しずつ準備をして――この四半期に、思い切って根回しをして最高議会に通した学院の革命計画は、ここに完結したのである。




