28. 訪問者たち
「――以上が、こちらから話せる限りの、捜査進捗だ」
「ご苦労様。……思ったより進みが早いけど、まぁそういうことだったんだね」
正面に座るのは、リラックスしている様子のトーマと、ガチガチに固まった体で必死に背筋を伸ばすテオドールだ。
テオドールに至っては、初対面時の意気揚々とした態度はどこへ行ったのだろう、というほどの緊張具合だ。今日も今日とて、アルスが着席を勧めて二、三度問答してはじめて、重い腰を椅子の上に落ち着けた。
二課の動きが思ったよりも早い――その理由は恐らく、以前から担当していた案件が、そこへとつながったからだろう。たとえば、管理局から不自然に捜査を打ち切られた案件がそれに一致したとか。
管理局も一枚岩ではない。一課の副長という立ち位置のトーマが働きかけることによって、名目を多少ずらして捜査が再開されたのだとか。
「嬢ちゃんは、あれ以降何か変わったことはなかったか?」
「何も。何もなくて不気味なくらいだけど、学生の庭は狭いからね。登校拒否したから次の手は打てないって感じかな」
「ただ、学院の方は穏やかじゃなさそうだが」
予想はつく。もしも、彼女がビオに吐かせた機密を言いふらしているのならば、今頃学院は大騒ぎだろう。トーマを通じて、諜報行為については然るべきところに密告して貰った。まだ何も動きが無いということは、王家も自白剤の方の証拠がしっかり固まるのを待っているのかもしれない。
これらによって諜報部が動いているからこそ、捜査の進捗がいいとも言えた。
「こっちももう時間の問題だ。嬢ちゃんの読み通りだったみたいだしな」
「家宅捜査には踏み切れそう?」
「そっちも大丈夫そうだ。藍銀の英雄殿のお父上に後ろ盾になっていただいたからな。もう二、三日のうちにがさ入れできるはずだ」
「そう。……僕も、明後日が正念場かな。明後日、生徒総会があるんだ。本来なら、そこで正式に発表すべきことがあったんだけど」
「それが漏洩してたってことか。それにしたって、天下の王立学院内で自白剤使った諜報行為って……今どきの子はすげぇな、色んな意味で」
トーマのあきれ果てた声音に、アルスは苦笑を返した。
ヴァレリー侯爵令嬢はもう逃げられないだろう。明日に決定づけられる罪が、それに王手をかけるはずだ。
ヴァレリー侯爵が何かに気づいたことも掴んでいるが、こちらはすでに数手先まで進んでいる。ここで足掻いたところで間に合わないところまで、包囲網は狭まっている。
自分が、跡取りを蔑ろにするくらいかわいがっていた娘に足を引っ張られ、彼は取り返しのつかないところへとやって来てしまった。
「とりあえず、こっちは任せてくれ。これ以上嬢ちゃんに手伝って貰うと、嬢ちゃんの方に変な足がついちまうだろうしな」
「任せた。僕は手柄に興味はないし、会長の方の火消しを手伝わないとと思ってるから、しばらくは動けないと思うからね。……ああ、そうだ。これを渡しておこうと思って」
「ん? 封書……これは?」
アルスは封がしっかりとされた一通の封筒を差し出す。差出人も宛名も書いていないそれは、公的な書類の類ではもちろんない。
「トーマさんのこの間の依頼の件だよ。僕の友達から、お手紙だって」
「……!」
「僕は中身を確認してないけど、役に立つといいね」
「ありがたい。……そっちの捜査は手づまりになっちまって止まってたから、俺は嬢ちゃんの殺害未遂の方に回されたんだ。これで少しでも発展すれば、もう少し捜査を続けていける」
当初は、賊を尋問して雇用主を吐かせてそれでいったん終わりだったはずの案件。気が付けば、二課を巻き込んだ凶悪犯罪まで発展してしまった。
この件が片付けば、彼はまたこの手紙を頼りに事件を追いかけ始めるのだろう。
ロックで割ったリキュールをぐいっと傾けて、喉を焼き焦がす。トーマがお代を置いて、そして隣のテオドールに視線を向けた。
「テオドール。お前から彼女に何か質問はあるか?」
テオドールは小さく肩を揺らして、目を瞬かせた。彼の額からは、先ほどから汗がついっと流れ落ちている。
そんなに緊張することないのに、と思いながら、アルスはテオドールの言葉を待つ。すると彼は、しどろもどろになりながら、頭を掻いて問いかける。
「アルスさんとキングレー嬢って本当に同一人物なんですか……」
勇気を絞り出したような、残りかすのような声にアルスは思わず噴き出した。口に含みかけていたリキュールを吐き出さなかっただけましだった。アルスは思わず噎せ返って咳込んだ。
涙目になりながら、テオドールを見上げて、声を震わせながら告げる。
「そうだけど……えっ。あんなに分かりやすく接したのに、今更その疑問が出てくるの?」
「いや、まぁ……テオドールの気持ちは分からなくもない。俺も、猫かぶりの嬢ちゃん初めて見た時は三日くらい信じられなかったからな」
「ひっど……まぁ二面性あるのは認めるけどさ。こういうのはオンオフが大事なんだよ」
「オンオフどころじゃないけどな、嬢ちゃんのは」
「まぁ、でもこれでトーマさんはテオドールさんを連れて僕を校門で待ち伏せできるってことだ。良かったね?」
トーマは肩を竦めた。トーマがあらゆる案件を抱えて過労で倒れそうになっていた時期は、トーマは王立学院の校門で待ち伏せをしていた。その時に優しい令嬢の姿で対応したからか、トーマは未だに「アルシェスタ・キングレー」に強く出られない。
「……分かっているつもりなのですが、申し訳ありません。あんなに所作が綺麗な人を見たことがなかったので」
「まぁ、平民の出じゃ、高位貴族の令嬢なんてお目にかかる機会はないわな。嬢ちゃんはほんと外面だけはお姫様だからな」
「な、慣れるように努力します。動揺してしまったらすみません……」
面白いおもちゃができた。そんな表情で、アルスがテオドールのことを見ていたのを、トーマだけが気づいていて、はぁっと小さく息を吐いた。
トーマは懐から小袋を一つ取り出して、それをアルスの手元へと置いた。微かに開いた口からは、金色の硬貨が見え隠れしている。
「今回の情報代だ。有用だったら追加で持って来る。嬢ちゃんからの情報も、嬢ちゃんがいつも収集してくれる情報も、全部助かってるんだ。いつもありがとな」
「どういたしまして。まぁ、僕は深入りしないがモットーだから。繋ぐくらいしかできないけど、それで良かったら今後ともご贔屓に」
トーマはテオドールを起こすと、そのまま部屋を出て行った。アルスは机の上に置かれたお代を回収すると、カップを適当に片づけて、VIPルームを出た。
◆◇◆
次の日、アルシェスタは急ぎタウンハウスへと戻った。エリーラから、ベルローズがタウンハウスを訪問したいという先触れを出してきたことを知らせられたからである。
彼女の訪問は想定内だ。もう少し早いと思っていたが、遅れたところを見ると、彼女も事件への対処で忙しかったようだ。
ちょうど、ドレスを着てメイクを終えたところで、訪問があったとエリーラが呼びに来た。急ぎの招集だったため、エリーゼに侍女の仕事をさせて申し訳なかった。
エリーゼに送り出され、エリーラを伴って貴賓室へ向かう。ドアを開けると、そこには美しく佇む真紅の姫君の姿があった。アルシェスタは丁寧に礼を取って、歓迎する。
「たいへんお待たせして申し訳ございません」
「構わないのよ。唐突な訪問でごめんなさいね。けれど、ここ一週間ほど学院を休んでいらっしゃったでしょう? だから、また何かがあったのでは、と思って。こちらも学院で色々と事件が発生していて、対応に追われて遅くなってしまったのだけれど」
ベルローズの顔色は青白い。またしても、彼女は過労気味のようだ。
元はと言えば、イルヴァンと自分の痴情のもつれに巻き込んでしまったようなものなので、罪悪感が湧いてくる。とはいえ、あの令嬢の横暴さはあまりにも非常識であり、自分でも止めきれなかったのは事実だ。暴走する人間ほど無敵の人はいない。
「あれから、また命を狙われたりだとかは」
「しておりません。大丈夫です。申し訳ございません。ご心配をおかけしたようで」
「いいの。お元気そうな顔が見られてよかったわ」
ベルローズは麗しい微笑を浮かべて、アルシェスタを労う。自分が苦しくても、相手をしっかりと見て、適切な言葉を選べる彼女は、同年代の中でもいっそう大人びているように思えた。
雑談もそこそこに、ベルローズは真剣な顔つきで、今日ここへ来た本当の目的を話す。
「アルシェスタ様。今、学院では、明日の生徒総会で発表予定の機密が漏れているの。ここ一週間、毎日のように人が入れ代わり立ち代わり陳情に来たわ」
「……そうでしたか」
「ええ。生徒会しか知らないはずの機密が漏れたのはもちろん大問題なのだけれど、その日からあなたもビオ様も学院を休んでいらっしゃるから、もしやと思って。ビオ様もご消息が不明らしくて……」
会議の翌日から姿を消した二人。その日から、漏れるはずのない機密が学院内を駆け巡っている。
関係性を疑うのは当たり前だ。それでも、ベルローズは先にその後の対応について動いていたようだ。当人たちからの事情聴取を後回しにしたということは、ベルローズにもある程度は見えていたのだろう。
何者かが、生徒会の者を脅迫して、生徒会だけが知っている情報を抜き取っていたことは、アルシェスタの襲撃の時に示唆されている。ベルローズもそれに気づいていたのだろう。
「アルシェスタ様は、何かご存知ですか?」
「どこまで申し上げて良いか、判断しながら話すので、少しお待ちくださいませ」
「ええ。ゆっくりでいいから、教えてくださる?」
「まず。これは、どなたにも言わないで欲しいのですが、ビオ様はご無事です。今、知り合いの医院にいます」
「医院?」
医院の場所は言えないが、ビオはこの一週間寝たきりになっていることを説明する。ベルローズは青白い顔をさらに青くしながらも、気丈にアルシェスタの言葉に耳を傾けている。
ビオは、何とか安定期になった。まだ意識は戻らないが、処置が早かったため、後はカウンセリングを通じて思考力を取り戻せれば、後遺症は恐らく残らないだろうと言われた。
今は、彼が目を覚ますのを待っている状態だ。こればかりは個人差があるので、気長にと言われた。
「ビオ様は不当な方法で諜報行為の対象とされましたので。申し訳ございません、一刻を争う事態だったため、私の一存で行動させていただきました。結果として、諜報行為をしていた者を逃がしてしまい、此度の情報漏洩に繋がったと思われます」
「そうでしたの……」
「申し訳ございません。私が至らず、その場にいたのにお止めすることができませんでした」
「いいえ。アルシェスタ様はビオ様の安全を優先してくださったのでしょう? わたくしも同じことをしたと思います。ですので、ご自分を責めないでくださいまし」
色々と、想定外なことが起きすぎた。あの場で自白剤などというものが出てこなければ、ビオの身辺に付きまとうヴァレリー侯爵令嬢の手の者をひっ捕らえて、ヴァレリー侯爵家を告発して終わりだったはずなのに。
自白剤などというものが出てきて、事件がこじれまくった結果だ。禁制薬品の密売をしていた者を引きずり出すことで、報いるしかないだろう。
「諜報行為を行なっていた者については突き止めております。噂を辿ればいとも簡単に」
「そうですか……」
「まことに遺憾ですわ。話してはならない機密を言いふらした彼女も、それを聞いて裏取りもせずに生徒会に陳情にやって来る生徒の多さにも。この時ばかりは、自分の筆頭公爵家の娘であり第二王子の婚約者という肩書に心から感謝いたしました」
ベルローズの深い疲労の色に、心の中で手を合わせた。ただ、恐らくは明日の生徒総会ですべて解決するだろう。
だからアルシェスタが今、するべきことは、彼女の背中を押すことだ。
「ビオ様の周囲の事はすでに片が付いております。ですので、遠慮なく告発していただいて大丈夫です」
「……その言葉を聞けて、安心いたしました。ここ数日、アルシェスタ様が学院を休んでいらっしゃったのは、ビオ様を護っていただくためだったのですね」
「はい。恐れながら。このようなことを企てた主犯には、サンチェスター侯爵家ともども対抗するつもりでいますので、マギアス様はどうか、準王族としての責務を果たしてくださいませ」
アルシェスタは立ち上がり、臣下の礼を取る。ベルローズはそれに応えるように、上に立つ者として強い肯定の言葉を返してくれた。




