25. 絶対に許せないもの
知り合いの医師に根回しをしていたお陰で、医院に着いてすぐに治療が開始された。治療室の外で、アルシェスタはやっと呼吸をすることができた。イルヴァンは隣に座って、ずっとアルシェスタを気づかわしげに見つめている。
断続的に壁の向こうから響いてくる治療用魔道具の音を聞いていると、段々と精神が落ち着いてくる。今なら冷静に頭が働きそうだ。アルシェスタは静かに目を開いて、ぽつりと呟いた。
「絶対に許さない……」
「シェス」
「僕に喧嘩売るだけならまだしも、何の罪もない平民に禁制薬品を使う? 冗談だとしても笑えない」
そもそも、禁制品である薬物を、ただの侯爵令嬢である彼女が何故持っているのか。
まずはその問いに関して考察を深めてみようと思ったアルシェスタは、ちらりと隣のイルヴァンを見上げて、問いかけた。
「イル兄。ヴァレリー侯爵家について知ってること、何でも教えて」
「一応だけど、侯爵は騎士団の管理組織に入ってるよ。それなりに要職だけどトップじゃない」
「管理組織……ってことは、騎士ではないんだね」
「ああ。飽くまで、王家との調停を取る橋渡しの役目とか、細かい人事とか、実地で駆けまわる騎士たちの代わりに交渉とか事務仕事を請け負ってくれてる部署だな。その、第二騎士団の担当」
それと、とイルヴァンはやや言いづらそうに吐き出した。
「……彼女からの干渉は、結構昔からある。親父からも、何度か婚約の申し入れがあったとも聞いてる。三回目くらいまでは伝えられたけど、それ以降は親父も気疲れしたのか言わなくなったな」
「結構長いこと付きまとわれてんだね」
「今までは遠巻きに見つめてくるくらいだったんだけど、シェスが生徒会に入って、上下の学年にも認知された辺りから目の敵にしてるみたいでさ。時々耳に入ってくるシェスのよく分かんない話は、彼女が好き勝手まき散らしてるんだって何となく察しがついた」
アルシェスタは肩を竦める。悪評など、アルシェスタにとっては痛くも痒くもないが、そのかわいらしい悪戯が、洒落にならない犯罪に転じたのは何故だろうか。
彼女には倫理観が存在しないのか。それとも、彼女を犯罪に踏み切らせた何らかのきっかけがあったのか。
どうしても、その辺りが腑に落ちない。賊に襲わせるといった襲撃ならば、アルシェスタの存在を認知した時点で行われていたとしてもおかしくはない。少なくとも、アルシェスタに存在を認知される前ならば、足がつかないように手を回すのも楽にできたはずだ。
しばらく思考に耽っていると、医院の入り口の方から物音がした。そちらを見やれば、どうやらあと一人の協力者が到着したらしい。正しくは、二人だが。
第一騎士団のトーマ・ブラックレイとその部下のテオドールが、医院を訪れたのだ。彼らはアルシェスタを見つけると、素早く歩み寄って来て、敬礼を取る。
「キングレー嬢、件の襲撃事件の件でお話があると伺いましたが……」
「トーマさん。悪いね、急に呼び出して」
「シェス?」
「イル兄、平気。トーマさんとは個人的に知り合いなんだ。ちょっと貴族の特権使って呼び出しちゃった。やりすぎかもしれないけど、ちょっと目ぇ瞑っててね」
アルシェスタは立ち上がり、治療室の方を一瞥すると、彼らを医院の中の一室へと連れて行く。途中、テオドールが面食らった顔で百面相していたのを横目に見ながら、一室に入るとドアを閉めて、どかっと椅子に腰かける。イルヴァンがその隣に腰かけ、その正面にトーマとテオドールが座った。
「嬢ちゃん。何か進展があったんだな?」
「主犯が判明したのと、あとは二課に持ち込んで欲しい案件が一件あってね。それの橋渡しを頼みたくて」
「……とりあえず、一件ずつ聞こうか。主犯ってのは?」
「ヴァレリー侯爵令嬢。学内だけでも、恫喝、国家機密の諜報行為、殺人教唆、あと禁止薬物使用をやらかしてる」
「……なるほど。そっちは俺も突き止めたんだ。賊の教育不足だったな。簡単に吐いたからな」
どうやら尋問は終わっていたらしい。やはり、犯罪慣れしていないという印象は合っていたようだ。ただ、トーマは最後の一言が気になったのか、しばらく口の中で咀嚼した後で、ため息とともに吐き出した。
「まさかとは思うが、二課に持ち込みたい案件ってのは」
「ヴァレリー侯爵令嬢は自白剤を所持していた。それを平民の生徒に使用して、今あっちの治療室で治療中」
「……なるほど。なんで集合場所が医院だったのか疑問だったんだが、そういうことか。それにしても、自白剤ってマジか」
「大マジ。たまたま、自白剤の初期症状に知識が合ったお陰で、限りなく早く医院に搬送できたけど、正直に言えば後遺症が残らないかは五分。この医師からの診断書を持って帰ってよ。それで少なくとも、自白剤が使われた証拠にはなるから」
トーマは頭を抱え始めた。あっさりと白状された殺人教唆の犯人をしょっ引いて終わりだと思われていた事件が、予想外の広がりを見せたのだ。彼としても、頭と胃は痛むことだろう。
テオドールも震える手つきでメモを取り続けており、イルヴァンは怒りを抑えるのに必死で、先ほどから手を微かに震わせている。
「……ここから先は、僕の推測なんだけど。二課は、一度ヴァレリー侯爵家を調べるべきだと思う」
「その根拠は?」
「相手は犯罪慣れしてない一介の侯爵令嬢。それは、雇った賊の杜撰さから想像がつくと思う。……だとしたら、彼女は一体どこから禁制薬品を手に入れたんだと思う?」
「まさか……嬢ちゃんは、ヴァレリー侯爵家が禁制薬品の密輸に関わってると思っていらっしゃる?」
アルシェスタが頷いて肯定すると、イルヴァンが目を見開いた。
彼女が雇った賊の品質からして、彼女が裏との繋がりを持っているとは思い難い。そんな彼女が、唐突に禁制薬品を手に取れたのは何故だったのか。
考えれば考える程、ヴァレリー侯爵家に近しい何者かが、それに一枚噛んでいるとしか思えない。侯爵家が関係なかったとしても、その縁者に紐づく可能性が圧倒的に高い。
「そういえば、最近ちょっと出回り方が姑息になってるって話があったな。まさか、ヴァレリー侯爵家が?」
「可能性はゼロじゃない。何しろ、騎士団のお偉いさんなんでしょ? 自分がしょっ引かれないように根回しするなんてことも、できなくはないんじゃないかって思うよ」
「確かに、それをしょっ引く組織を自分で押さえてしまえば、後はやりたい放題ってことか」
「随分と話が飛躍したが、嬢ちゃんの話には納得できる部分が多いな。で、俺への橋渡しってのは、ヴァレリー侯爵の息がかかってない二課の連中に、秘密裏に調べさせたいってことかね」
この捜査を進めるためには、どうしても騎士団内部の協力者を頼るしかない。アルシェスタにとっては、イルヴァンのほかには、トーマが最も信頼のおける人物であることは間違いがない。彼は一課で、密輸は専門外だが、二課の知り合いに橋渡しをして貰うには彼の協力を得る必要がある。
「証拠が足りないのは事実だが、ヴァレリー侯爵令嬢が確かに自白剤を所持してるってんなら、洗う必要はあるはずだわな」
「そうだね。……僕はキングレー伯爵家の長女として、自分の発言には責任を持つことを誓うよ」
「同じく、サンチェスター侯爵家次男として、そして第三騎士団の副長として、彼女の言葉には嘘偽りがないことを剣と国王陛下に誓おう」
「伯爵家のご令嬢と侯爵家のご令息が、誓いと共に証言をするならば、我らとしても動きやすい」
組織を動かして捜査をするには、それ相応の証拠が必要だ。しかし、貴族からの告発があった場合、ある程度証拠が少なかったとしても、騎士団を動かせるケースは確かにある。
ヴァレリー侯爵の耳に入れずに騎士団を動かす方法については、トーマに一任するしかないが、これで禁制薬品の入手経路については洗うことができるはずだ。
あとは、ビオの診断書で自白剤の使用が認められれば、捜査に乗り切れるはずだ。
「分かった。この一件、俺に任せてくれ。二課の信用のおける奴らと共同捜査ができるように、働きかけてみる」
「お願いします。僕は僕で動くから。気になることもあるし」
「……あんま無茶すんなよ。サンチェスター卿が気が気ではなさそうだ」
「お気遣いありがとうございます、ブラックレイ殿。申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「そちらも、どうかお気をつけて。藍銀の英雄殿に、我らが物申せることなどありませんが」
トーマは苦笑したのち、あまりにも内容の濃い告発を受けて愕然としているテオドールのすねを軽く蹴って持ち直させると、医師に話を聞くために、治療室の前へと移動していった。テオドールは慌ててきょろきょろと辺りを見渡してから頭を下げて、その後を追っていった。
部屋の中にはアルシェスタとイルヴァンだけが残される。イルヴァンは気になっていたと言わんばかりに捲し立てる。
「シェス、ブラックレイ殿とどこで知り合いに……?」
「ちょっと色々とね。そっちはまた機会があればいずれ。イル兄、僕らも動こう。今のままでは、ビオ様の家族が危険だ」
「そ、そうだった。確か、ヴァレリー侯爵令嬢に人質に取られてるんだよな……」
「うん。ただ、軟禁や監禁をされているという風ではなかったから、監視くらいなんじゃないかなって思うんだ。だとすれば、秘密裏に恫喝の疑いで拘束できれば、しばらく彼女に悟られない形で刺客を処理できるんじゃないかなって思うんだよね」
「どうするんだ?」
アルシェスタは腕を組んで、うーんと小さく唸る。ヴァレリー侯爵令嬢は犯罪慣れをしていないので、恐らく大したシステムを組んでいないだろう。我儘に平民を見張って報告しろと使用人に喚いただけの可能性が濃厚だ。もしくは、またアルシェスタの襲撃の時のように、不完全な賊を雇ったか。
「イル兄」
「何だ?」
「ギリギリ職権乱用、かもしれないけど頼みがあるんだよね」
「職権乱用……っ!? 何を言い出すんだ、シェス」
「別にまずいことをやれって言うわけじゃないよ。ただ、ビオ様は僕の襲撃事件の時の被害者だから、騎士団に調査書があるはずだよね?」
「ああ……そうか、住所や保護者の勤め先の情報も」
「そう。それをうまく使えば、彼らを脅かす刺客をしょっ引けると思うんだ。第二騎士団に顔は利く?」
「それなりに。将来は第一騎士団に来て欲しいって言われてるから、第一・第二の騎士団長には結構目を掛けて貰ってるよ」
優秀な幼馴染の頼もしさに安堵の息を吐きつつ、アルシェスタは盤上の駒をいじくりまわす。
ヴァレリー侯爵家には、実はすでに間者を一人入れている。下働きとしてかの侯爵家に潜入した彼女は、それなりに実績のあるエージェントだ。
イルヴァンに付きまとう彼女の異常な執着を感じ取って、先に手を打っていたのが役に立ちそうだ。そろそろ仕事に慣れてきて、使用人の信用もそれなりに取れてきたことだろう。
「イル兄は、ヴァレリー侯爵にバレないように、そいつらを拘束してほしい。騎士団本部に入れると侯爵にバレそうだって言うなら、こっちで何とか刺客を捕まえとく場所を確保するから」
「……そういう職権乱用なら、分かった。人命がかかってるんだ。始末書くらい書くさ」
「さすが」
「それで、捕らえた後はどうする?」
「決まってる。買収する」
躊躇いなく、世間的にはあまり好ましくない響きの言葉を言い放った妹分に、イルヴァンは目を瞬かせる。
ヴァレリー侯爵令嬢のポケットマネーから出せる金額など知れているだろう。賊ならば買収によって、工作に必要な情報を仕入れられると考えている。
使用人だとすれば、いくらでも交渉の余地がある。彼らの動機が忠誠心以外であれば、付け込む隙はいくらでもある。
もしも健気な忠誠心を見せる者がいれば、その者との交渉は諦め、事が解決するまで牢屋で過ごして貰うだけだ。少なくとも、二人以上の裏切者を見つけ出せれば、工作はできるはずだ。
「僕はヴァレリー侯爵令嬢が、下手なことに気づかないように工作をする。僕らがヴァレリー侯爵令嬢が自白剤を持っていたこと、ビオ様を脅していたこと、機密の漏洩をさせる諜報行為を行なっていたことを気づいていないと錯覚させるための根回しをする。証拠が固められるまでの時間稼ぎをね」
「……シェス」
「心配なのは分かるけど、僕はビオ様をこんな巻き込み方をしたあいつを許すつもりはない。家ぐるみでやってるなら叩き潰すだけ。僕を敵に回したことを絶対に後悔させてやる」
「一つだけ約束してくれ。護衛はちゃんとつけるって」
「分かってる。遅れを取るつもりはないよ」
利用できるものは何でも利用して、彼女を貴族社会から消滅させることを決めたアルシェスタは、早速間者に指示を出すために、まずは協力者を選定して、ヴァレリー侯爵家の周りを探ってみることに決めた。
そんな怒りに震えるアルシェスタを見たイルヴァンは、一刻も早くこの事件の解決に努めなければと心に誓う。
かくして、二人の共闘はここに幕を開けたのである。




