23. 加速する過保護
「では、本日の会議はこれまでに致しましょう。お疲れ様でございました」
ベルローズの言葉を合図に、今日の生徒会の定例会議が終了した。内容としては、来週頭にある生徒総会の打ち合わせと、魔術競技会の運営に関してだ。
次週から、いよいよ魔術競技会の参加登録が始まるので、生徒会は確実に忙しくなるだろう。
段取りや申込用紙のフォーマットの最終確認をし、年に一度の大興行に向けて、各々が動き出す。
会議室のドアを開けると、窓際に、普段はいない人影があった。銀の髪を垂らした美丈夫は、アルシェスタの幼馴染。
先日にあった襲撃事件の件は、簡易なかん口令が敷かれたものの、生徒会にはきっちりと報告が上がっていた。生徒会の課外活動の最中のトラブルだからだ。
心配をかけてしまったようで、その日は一日中、ずっと三年生の三名から気遣われていた。アルシェスタもビオも無事だったのは幸甚だったと、至極まっとうなことを言われてしまった。
そして、イルヴァンはその日以来、ずっとアルシェスタの傍にいる。授業時以外――昼休みと放課後は、ずっと護衛をするようにアルシェスタについて回っている。
大丈夫だと言っても、過保護な兄は聞き分けはしない。生徒会の外でずっと突っ立っているイルヴァンを見かねたベルローズが、特例として生徒会の執務室で待てるように計らってくれたのだ。
目が合うと、優しい眼差しで微笑みかけられる。そんな彼を、強く振り払うことなどもちろんできず。
ベルローズを中心として、生徒会の面々はアルシェスタとイルヴァンのことを微笑ましく見守るのも悩みの種だった。
(――でも)
アルシェスタは事情聴取にて、犯人はあの日のアルシェスタの移動経路を知っている者、と伝えた。
しかし、正確には違う。あの日の移動経路に関しては、さらに知る者が限られるのだ。
(……知っていたのは、生徒会の人間だけ)
生徒会の内情が筒抜け、などということはないだろう。外には公爵家の侍女たちがしっかりと立って、不届き者が生徒会室に近づかないように見ているのだ。
であるからこそ、あの襲撃は、どう考えても「生徒会の人間の誰かが、外に何らかの情報を漏らした」ことを示すものだった。
彼、あるいは彼女がそのことを認知しているかは、今の時点では分からない。
そのことを尋ねようか迷った後で、アルシェスタは敢えてもう少し泳がせる選択肢を取ることにした。
それが事実だとすれば、もしかしたら今日の会議の内容を聞いて焦る人間が、事を起こす可能性を考えたからだ。
「アルシェスタ様」
ベルローズに声を掛けられ、書類から顔を上げた。彼女は気遣わしげに微笑んで、口を開いた。
「今日はお仕事もそんなに多くないから、わたくし一人で十分です。ビオ様も。三年生で片づけておきますから、早めに上がってください」
「……。そうですか。ありがとうございます、会長」
「……分かりました」
イルヴァンを待たせるのが申し訳ない、というのが会長の判断か。アルシェスタとビオは、一足先に生徒会室を出ることになった。
あの日からずっと顔色が悪く、体調をよく崩しているビオは、簡易な挨拶を済ませると、ふらふらと姿を消してしまった。
「シェス、お疲れ様。今日はもう帰るか?」
アルシェスタは、小さく首を横に振る。
ベルローズのやりたいことをやらせるためには、一つでも手札が多い方がいい。
「少し、時間が早くなってしまったので……少し、散歩してから帰りませんか?」
「大丈夫か? シェスがそれでいいなら、いいけど」
アルシェスタは、そっとイルヴァンの腕に抱き着いた。イルヴァンは驚いて「えっ」と声を漏らした。
体を寄せて、まるで恋人のような距離感で。アルシェスタは、イルヴァンにすり寄った。
「少しだけ、お付き合い願えますか?」
「う、うん。それはもちろん構わないんだけど……なんか、いつもより近いなーって」
「ええ。今日はそういう気分なんです」
もしも、この一件が、アルシェスタとイルヴァンの婚約を疎んだ黒幕によって引き起こされた一件だとすれば。
見せつければ、動くかもしれない。どちらにせよ、このままだと第一騎士団から情報が得られなければ、雲隠れされる。
『わたくしは、この学院にある膿を出したいのです。そのために、生徒会長になりました』
優れた王子妃として人の畏怖を集めるため、学院の革命を目指そうとしているベルローズの背を押すためにも、一つでも手札を確保したい。
もしも生徒会を身分を盾に脅しているような輩がいれば、決定打となる。
それを炙り出すために、まずは心当たりを一つずつ潰していこうという作戦だった。アルシェスタは、創立記念パーティーの時に向けられた、恨みが籠った視線を思い出して、あながち間違いではないのかもしれない、と思い始めていた。
(相手は犯罪慣れしていなさすぎる。足跡を残し過ぎだ)
生徒会にしか知り得ない情報を使った犯罪など、詰めて行けば簡単に犯人まで辿り着きそうだ。
しかし、それでも自分のやらかしたことに驚いてそのまま息を潜められると、こちらとしても困る。
(やられたら倍返し。僕に喧嘩を売ってきたことを、後悔させなきゃいけない)
アルシェスタはすっかりと、やり返す気満々になっていた。隣の、過保護な幼馴染を見上げて、そうしてそっと息を吐き出した。
もしも今回の一件が、イルヴァンと結ばれたくてやらかした一件だとしたら、そもそも許すわけにもいかない。自分を磨かずに、他人を殺せば収まれるという発想になる女の下に、イルヴァンを渡すつもりはない。
話し合いの上、サンチェスター侯爵を納得させれば、もしかしたら婚約相手が変わるかもしれない。それほどまでに、アルシェスタとイルヴァンの婚約には大きなメリットもないのだから。
その手順も踏まずにこうやって手を出してくるのは、どう考えても相手が「異常」だ。
「シェス。あまり危険なこと、しないでくれよ。あの話を聞いたとき、本当に心臓が止まるかと思ったんだからな」
「ごめんなさい、イルヴァン。ですが、襲ってきた相手に抵抗しなければ、そのまま殺されてしまいます」
「それに関しては分かってるよ。よく生きてくれてたって、本当に心から思う。シェスがいなくなったら、俺は……」
人気の少ない、小さな中庭。風が吹き、花びらが舞い上がると、アルシェスタの体は温かなものに包まれる。
イルヴァンが、アルシェスタを両手で覆い、抱きしめていた。微かに震える腕が、イルヴァンが今回の事件に対して、恐怖を抱いていることを表していた。
「俺は、シェスを守るために騎士になったんだ。剣が好きだったのももちろんあるけど、小さくて、いつも震えて泣いていたシェスを守るために、強くなろうと思ったんだ」
「イルヴァン……」
「それなのに、シェスは俺の手の届かないところで危険な目に遭っている。いくら剣を鍛えていたって、傍にいられなきゃ意味がないんだ。もしもシェスが大怪我なんてしてたら……俺は、もう二度と剣を握れないかもしれない」
腕に力が籠り、イルヴァンの吐息が耳元で聞こえる。切なく潤んだロイヤル・インディゴの瞳を見つめ返して、アルシェスタはそっとイルヴァンにもたれ掛かる。
鍛え上げられた筋肉質な体。同年代の男子よりも一回り大きな手。他人よりも力や才能に恵まれる彼が、小さなアルシェスタを握りつぶさないように、力を抜いて抱きしめてくれる感触。
どれもが、愛しくて、夢心地に浸ってしまう。
「大丈夫です。いなくなったりしませんわ」
「シェス……」
「ふふ。イルヴァンを置いてどこか遠くに行くくらいなら、この幾重にも被った猫を剥いででも生き残って差し上げます。もう私は、イルヴァンに守られなければ、父母にも意見できないほどの子どもじゃないんですよ」
幼い頃は、父母が怖かった。時間と感情と世界を当たり前のように縛り付けて、望まぬことばかりを強いてくる父母のことが怖くて、親とは、家族とはそのような存在なのだと思い込んでいた。
けれど、イルヴァンが教えてくれたのだ。大好きな兄に対する愛情を。
イルヴァンから勇気を貰って、アルシェスタは親への反抗期を迎えた。その時、初めて、自分が生きていると思えた。
「ですから、イルヴァンも私のことを信じてくれませんか?」
「……。分かってる、分かってるよ。でも、でもな……」
ぎゅう、と抱きしめる腕に力が籠る。いつの間にか、その表情は過保護な兄のものに戻っていた。
この一件で、どうやらイルヴァンの過保護は加速してしまったらしい。犯人が捕まるまでは、彼から逃しては貰えないだろうなぁ、とアルシェスタは小さく息を吐き出した。
――その時。視界の端に、こちらを見てこそこそ話をして、立ち去っていく令嬢が二人見えた。
見間違いでなければ、あのパーティーの時、イルヴァンに言い寄って来たヴァレリー侯爵令嬢の取り巻きだ。
(……ビンゴかな? 釣れた)
彼女たちは、校舎の影へと戻っていった。アルシェスタは、気づかれないように影の魔術を使うと、彼女らの影へと「目」を忍ばせた。
この「影の目」と呼んでいる魔術は、いわゆる追跡に有用な魔術だ。音声は拾えないが、対象がどこにいるかが筒抜けになる。
「――イルヴァン。そろそろ、お散歩を再開しませんか」
過保護な、頼りになる兄を連れて、アルシェスタは密かにその令嬢たちが向かった方へと歩き出した。




