22. 事情聴取
第一騎士団の本部は、王宮の近くにある、赤いレンガ造りの大きく美しい建物だ。複数の棟から成る巨大な施設では、日夜第一騎士団の面々が、凶悪犯罪に立ち向かうために忙しなく働いている。
一課が所属する東南棟に連れられると、ビオは鎮静のために別室へと連れられ、休憩をするようだ。アルシェスタは女性騎士に手伝われ、血の付いた制服を着替えさせて貰った。ワンピースは普段着ているものよりも安物だが、文句を言う気は更々ない。
「……大変でしたね。よくぞご無事で」
「お気遣いいただきありがとうございます。私としては、平民のビオ様を巻き込んでしまったことを大変申し訳なく思います」
騎士たちは、どこか平然としているアルシェスタを異質な瞳で見つめている。もう少し怖がるフリでもすべきだったのかと思うとともに、ビオを巻き込んでしまった以上は、自分がしっかりと事情聴取まで受け答えしなければならないという想いもあった。
着替えを済ませたアルシェスタは、ゆっくりと東南棟の内部を歩き始める。五階建ての大きな建物の一階部分に、取調室は存在していた。
容疑者を取り調べる薄暗く狭い部屋とは違い、被害者から事情聴取を行う取調室は、応接間のようなほどよい豪奢さと、居心地の良い空間を目指したデザインが特徴的な個室だった。
部屋へ入ると、そこにはハーブティーを震える手で少しずつ啜るビオと、その正面に座るトーマ、そしてテオドールの姿があった。
アルシェスタは少しだけ驚いたが、ワンピースの裾を掴んで、そっと挨拶の言葉を述べる。
「此度はお騒がせして申し訳ございません。何卒、よろしくお願い申し上げます」
「ああ。申し訳ございません、キングレー嬢。こんな場所にご足労頂いて。どうぞ、お掛けください」
アルシェスタは丁寧な礼を返して、そのままビオの隣へとそっと腰かけた。テオドールが紙と筆記用具で記録をする準備をしたのを見計らって、トーマは話を切り出した。
「殺人未遂の現行犯逮捕ということでしたが、何があったのかご説明できますでしょうか」
「はい。では、私から。私たちは王立エルデシアン学院に属する生徒会の者です。来節にある魔術競技会にご助力いただく商会の皆様に挨拶回りを済ませた帰り、第二十三地区の四番通りで、賊の強襲に遭いました」
「――あんな往来で。どうぞ、続けて」
トーマはうんざりとした顔をしていた。アルシェスタも、今回の襲撃に関しては、あまりにも強引だったと思っているし、一歩間違えれば一般人に怪我人が出ていたであろうことも理解しており、忌々しく思っている。
「賊はまず馬の前足を射て馬車の機能を停止させ、続いて御者を攻撃。その時点で私の護衛が襲撃に気づき、護衛と共に賊を迎撃しました。私は、魔術にて支援を」
「ご、ご令嬢が賊を撃退なさったのですか?」
「私とて、王立学院の学生の端くれ、そして至高の生徒会の一員です。身を守る術は心得ております」
普通の貴族女性は、このような状況になればパニックに陥り、迎撃どころではない。いくら魔術の成績が優秀でも、実際に襲われたときに抵抗する訓練など、王立学院では施されないのだから。
テオドールが言いたいのはそういうことだろう。もちろん、アルシェスタは自分が冷静であった自覚があり、ビオという証人がいる以上、誤魔化せないことだと理解している。
「私が姿を現したとき、賊が積極的に私への攻撃を試みたことから、賊の目的は私の殺害、あるいは拉致だと推測ができました。ですが振り下ろされた剣は、確実に急所を外すようなものではなかったので、殺人未遂、と証言した次第です」
「――そうですか。分かりました。状況は大体把握できました。そちらの方、ビオ殿。キングレー嬢の証言に相違は?」
「……ありません。キングレー嬢は、動けなかった僕を庇い、馬車の外に出て賊を撃退してくださいました」
テオドールが息を飲む音が聞こえた。トーマは神妙な顔をして、頷いた。
「分かりました。まずは、ご無事で何よりでした。捕縛した賊への尋問は、彼らが意識を取り戻し次第早急に行ないます」
「お願いします。恐らく、襲撃を依頼した人間が背後にいるかと思うので」
「なぜそう思われるのです? そう思われる根拠は?」
「賊たちは、私たちが抵抗をしたとき、話が違う、と漏らしておりました。行きずりの馬車を襲った強盗からは決して出ない文言かと」
「興味深い。分かりました、背後関係も合わせてお調べします」
今回の襲撃は、アルシェスタに恨みを持つ何者かが企てたこと。
それが、アルシェスタの結論だった。見せしめにするような往来での襲撃、賊の者らが慢心をして襲ったにもかかわらず、下調べ不足だったこちらの戦力。
それらはアルシェスタのことを正確に理解していない者たちが差し向けたものであることを示していた。つまりは、裏のあれこれの関係で疎まれたわけではない。
トーマは続いてビオの方へと視線を向けると、落ち着かない様子の彼を宥めるようにして、優しい声音で告げた。
「ビオ殿。あなたから、何か仰いたいことはありますか」
「……。申し訳ありません。情けないことに、私は賊からの襲撃に体が震え、キングレー嬢が冷静に対処する合間も、馬車に籠って震えておりました。ですので、私はこの襲撃に関して、実際に襲われ、キングレー嬢が従者の方と力を合わせて撃退した以上の情報を持っておりません」
「そうでしたか。……ビオ殿。不甲斐ない自分を責められる気持ちは分からなくもないですが、反応としてはあなたの方が正常かと思います。ご令嬢は少し肝が据わりすぎておられる」
「……ですが、私とて魔術師の端くれ。学んだことを活かせずに、情けない姿を見せたこと、忸怩たる思いです」
ビオはどうやら、アルシェスタに全てを任せてしまったことを悔やんでいる様子だった。
男性としては、女性に守られているのが我慢ならなかったのかもしれない。そんなものを気にする必要はないと、アルシェスタは思うのだが。
「ひとまず、お二方とも、ご協力感謝いたします。ビオ殿は少し、温かい茶でも飲んで休んでいかれるとよろしい。家までは騎士がお送りしましょう。……ご令嬢はもう少しお話を聞きたいので、残っていただいても?」
何を物騒なことに巻き込まれているんだ、というお叱りだろうか。外にいた騎士に連れられ、ビオが退室したのを見送ると、案の定、正面で息を吐き出されたので、おっとりと微笑んでおく。
「さて。彼がいては話しにくいこともあるかと思って退室させましたが――キングレー嬢。依頼者の心当たりは?」
「……正直に言えば、絞り切れません。私を一方的に疎ましく思う者と言えば、新興貴族のキングレー伯爵家が力を持っていることを疎んでいる人間のほとんどが該当するでしょうから」
「キングレー伯爵家と言えば、海側に住んでいらっしゃる大富豪でしたよね。確かに、社交界における立場は少し難しい位置だったかと思いますが……」
それでも、今のキングレー伯爵家には、力を削ぐよりも遥かに、取り入って財源に手を触れる方が利がある。
国に金をばら撒く金の成る木をわざわざ刈り取る必要はない。王家が管理している限り、自分たちの脅威ともなりえないだろう、と大半の貴族は思っているはずだ。
「ですが、私を殺してもいいと思っているほどに常軌を逸している方がいらっしゃるとは思いませんでした。一つ心当たりがあるとすれば、私の婚約者殿とその友人殿は、ご令嬢方から羨望を集める貴公子であるということ」
「キングレー嬢の婚約者と言えば……第三騎士団の英雄、サンチェスター卿だな」
「まさか、藍銀の英雄ですか? 確かに英雄殿は見目麗しく、人格者であると聞き及んでおります」
「信じられないことに、私の目の前でファースト・ダンスに誘うご令嬢がいるようなお相手です。イルヴァン様の婚約者である私が、ご令嬢方にとって邪魔だということは事実です」
色恋沙汰を起因とした殺傷は、かなり事例が多い。闇に葬られた事件を掘り返すなら、自身の婚約者に近づいた下位貴族の息女を、今回のように賊を雇って殺したなどという醜聞はいくらでも出てくるだろう。
それくらい、高位貴族の高慢な子女には、地位のない人間の命を軽んじている傾向がある。
「それと、イルヴァン様のご友人のジェフリー・フォン・ラヴァード王弟殿下とは少しばかり親しくさせていただいておりますので、そちらも心当たりと言えばそうです」
「ラヴァード王弟殿下か。婿入り先を探しに来たって噂だが、夫人たちが騒いでるだけって方が濃厚だがな」
「ですが、そちらからはダンスのお相手をさせていただいただけで、殺しのリスクを負っても私を排除するメリットはほぼないかと」
「その程度で手を汚してちゃ、キリがないわな。ひとまず、キングレー嬢はもしかしたら学院内に犯人がいるかもしれない、と考えていらっしゃる?」
アルシェスタは少しだけ考えこむ。しかし、裏の繋がりからの依頼ではなさそうだと感じていた。
だとすれば、唯一アルシェスタが積極的に顔を出している社交場が「学院」なのだ。あの場所に、今回の黒幕がいると考えると、色々と納得が行くこともあるのだ。
「ええ。今回の強襲計画は、私があの道を通ることを知っていないと立てられないでしょうから」
「……! なるほど、確かにそりゃそうだ」
「生徒会の活動内容を知っていらっしゃるのは、まさしく学院内にいる人間のみ。外部の人間が計画を立てるなら、もっと別の機会になるのでは、と思ってしまいます」
「分かった。そっちの線を考慮に入れつつ、こっちで調べさせて貰います。ご協力、感謝いたします」
トーマは立ち上がり、そっと紳士の礼を取る。テオドールもそれに倣って礼をした。アルシェスタは立ち上がり、完璧な淑女の礼を返すと、困ったように微笑んだ。
その時、ドアが軽く叩かれると、その奥から職員の一人が現れ、少し焦ったように口を開いた。
「失礼いたします。申し訳ございません、被害者の方にお客様が――」
「シェス!」
第一騎士団の職員に連れられて現れたのはイルヴァンだった。イルヴァンは制止も聞かずに部屋に踏み込むと、アルシェスタをそっと抱きしめて、その後で視線を合わせた。
「強盗に遭ったって本当か?」
「イルヴァン。……ええ。エリーラが守ってくれました」
「無事でよかった……サロモンからシェスたちが帰ってこないことを聞いて、嫌な予感がして探しに行こうとしたら、ブラックレイ殿から手紙を預かって」
「――。まぁ、イルヴァンに報せてくださったのですか? ありがとうございます」
おっとりと、しかし微かに謗るような視線を向けて微笑めば、トーマは少しだけ顔を引きつらせた。
イルヴァンには報告すべきだとは思っていたが、今の疲れている状態で、彼の相手をするのは少しだけ体力的に難しいことだった。
過保護な幼馴染は、何としても状況を聞き出そうとするだろうから。
その後、第一騎士団本部を退出したアルシェスタは、イルヴァンに質問攻めにされながら、何とか重い体を引きずって自宅へと戻ったのだった。




