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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 第一学期篇 かくして不良娘は運命に巻き込まれていく
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16. 創立記念パーティー

 創立記念パーティーまで、一週間。小雨が続く日々を過ごしながら、アルシェスタはリリーナのマナーレッスンの仕上げを行なっていた。

 本人の勤勉さもあり、かなり形になったと考えている。あとは、本人が実際にパーティーでほかの子女たちに見せつけることができれば、彼女が国から保証された立場に驕っているという悪評は覆せるはずだ。

 意地が悪い貴族の子女たちであっても、もうすでに存在しない事実をいつまでも口にし続ければ恥をかくのは自分だ。リリーナが貴族としての振る舞いをパーティーで見せつけることには大きな意味がある。


 そんなリリーナが、どこか上の空でぼんやりとしている。アルシェスタは、目の前でひらひらと優雅に手を振って、リリーナを現実へと呼び戻した。

 はっと目を覚ましたように瞼を大きく開いて、びくっと肩を揺らしたリリーナは、目を丸くしてはくはくと口を動かした。


「どうなさいました、リリーナ様。何だか今日は上の空ですが……」

「す、すみません。えっと、申し訳ありません、アルシェスタ様。実は……パーティー用のドレスが昨日家に届いて、すっごくきれいなドレスだったので、思い出してしまって」


 スクルズ子爵から贈呈されたドレスは、薄桃を基調とした女の子らしいパステルカラーのかわいらしいものだった。

 アルシェスタも一度中を確認させて貰ったが、桃色のドレスは自分で着る機会がないので、そのデザインも布地も見慣れないものだった。リリーナはその珍しい瞳の色故、桃色を基本的なカラーにする、というのがどうやらスクルズ子爵の指針らしい。

 目立ちたがりの貴族女性の中に飛び込むなら、自分も目立つ装いを考えなければならない。


「それはようございますね。当日お目にかかれるのを楽しみにしておりますわ」

「あ、ありがとうございます。……あの。アルシェスタ様、本当にありがとうございました。アルシェスタ様に利がない行動だったのに、私のために時間を割いていただいて」


 利があるかないかで言えば、間違いなくないに傾くだろう。

 これは無償の労働だ。ただ、そんなことを欠片でも口にしようものなら、大公に金一封を包まれるので、独り言ちもしないが。

 そしてもちろん、男爵家の彼女に金品を要求するつもりもなかった。そもそも、大富豪たるキングレー伯爵家にとって、金は間に合っている。


「私、いつか立派な魔術師になって、アルシェスタ様に恩返しをいたします。困ったことがあれば、お力になりますので、何なりと」

「ふふ、ありがとうございます。では、これで貸し一ですね」

「わ、わわ、お手柔らかに……!」


 光の乙女の助力を得られる機会を一回分得た。これは十分な先行投資だろう。

 勤勉な彼女は、きっと将来、国の大きな役割を担う人物になる。人脈形成も、先行投資も、商人の手札としては非常に重要だと言い聞かせて、アルシェスタは疲労感を飲み込んだ。

 最後のマナーレッスンを終えて最終確認をすると、アルシェスタのマナー仮講師の業務は終了した。


(ひとまず、必要なマナーの及第点までは引き上げた。あとは、彼女次第かな)


 どんなに付け焼刃を作って握らせたとしても、本人が型通りに振れなければ意味がない。

 そこは彼女の胆力を信じるしかないわけだが――。


(心配だなぁ)


 リリーナはどちらかと言えばきょどきょどおどおどとしている方だ。視線も落ち着かないし、目上の人間から話しかけられると少しどもってしまう。

 果たして彼女があの煌びやかな世界で、上がらずに振舞えるか。その精神的な部分に一抹の不安を覚えながら、アルシェスタは帰宅した。


 次の日。委員長から、創立記念パーティーの最後の出欠確認が行われる。アルシェスタはもちろん出席の旨を伝え、イルヴァンからはドレスの贈り物が届いた。パーティーの度に新しいドレスをくれなくたっていいのに――とアルシェスタはやや不満げだが、イルヴァンとしてはアルシェスタへの贈り物にしか金の使い道がないと言っていた気がする。

 ふと、アルシェスタは出欠確認に訪れたヴィンスの瞳に精彩が欠ける気がして、そっと覗き込んで尋ねる。


「――グラッセ卿? お顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

「えっ? あ、はい……申し訳ありません。僕は大丈夫です」


 へらりと笑う姿ですら痛々しい。口元を強引に歪めたのがありありと見える。

 本当は笑う気分でもないのだろう、と思ったアルシェスタは、彼の様子に首を傾げた。


「……そうですか。何かお困りのことがあれば相談に乗りますから、お気軽に言ってくださいませ」

「えっ。いえいえ、委員長に迷惑をかけることなんて何も……あっ。そう、えっと、僕、家の事情で創立記念パーティーを欠席することになったので、残念だなって思うくらいです」


 えへへ、と曖昧な微笑を浮かべながら並べた言葉は苦し紛れの言い訳にしか聞こえなかった。

 家の事情、というところで少し苦し気な表情を浮かべたことから察するに、どうやらお家関係のトラブルに巻き込まれているらしかったが、他家の事情に手を貸せるほど、キングレー伯爵家の人脈は広くない。

 何もできなさそうだな、と思って、アルシェスタは彼を解放した。すると、ヴィンスは少しだけ心が解れたように微笑んで、そのまま背を向けて去っていった。


(……足、引きずってるな。それと、右上半身に傷がある)


 アルシェスタはヴィンスの様子を見てしばらく考え込んでいたが、やがて商談の時間が近づいていることに気が付いて、学院を出た。


◆◇◆


 創立記念パーティー当日。

 当日は学院が創立記念日で休校となり、パーティー参加者はドレスコードを順守した装いをして、学院へ登校し、ホールへと向かう。

 普段は入り口付近での馬車の上下車が推奨され、高位貴族のみもう少し奥の敷地までの上下車が許されるのだが、この日は閉ざされている門が一つ開かれ、最奥にあるホールまで直接馬車で向かえるようになる。

 サンチェスター侯爵家のヒマワリの紋が入った馬車に搭乗して、会場の前へと着くと、イルヴァンのエスコートを受けて、馬車を下りる。

 煌びやかに花で飾り立てられたホールの扉を潜り抜け、割り当てられた待合室へと入れば、イルヴァンは少し疲れたように息を吐き出した。


「何度やっても慣れないなぁ、夜会のエスコートって」

「それにしては、十分に様になっていますけれど。騎士の規律は厳しいですから、そのせいですか。行事の際に要人のエスコートを任せられることもありますでしょう?」

「それはほとんど近衛とかの仕事だけどね。第一・第三騎士団は確かに式典での要人警護の仕事を引き受けることも多いけど、そのあたりの仕事は第一騎士団のお偉いさんの仕事だから。第三騎士団って、世間的には戦闘狂集団って思われてるらしいから」

「戦闘狂集団……」


 魔物討伐は、騎士団・民間のギルドが協力して果たしている非常に重要な仕事だ。

 しかしながら、人間を相手にするのとは比べ物にならない統率性、戦略性、そして身体能力が必要となる魔物討伐に準じる者らは、しばしば戦いに生きていると表現されることがある。


「まぁでも、シェスが隣にいてくれれば安心だよ。俺がなんかやらかしても、シェスがカバーしてくれるっていう安心感がある」

「あら。じゃあ、今日は放置しますね」

「えっ。そ、それは勘弁……」

「ふふ、冗談です」

「シェス~」


 イルヴァンの肩の力が少し抜けたところで、入場整理の係員がやって来た。イルヴァンが立ち上がり、そっと手を差し出す。アルシェスタはその手に自分の手を乗せて、イルヴァンのエスコートを受け、会場へと赴いた。

 すでに会場に到着しているのは、男性側参加者のイルヴァンよりも序列が高い家の参加者たちだ。イルヴァンのサンチェスター侯爵家は、色も賜っている名家であるため、侯爵家の中でも序列が高い方だ。

 壇上のロイヤル・シートではユーウェルとベルローズが腰かけており、会場の奥側――ロイヤル・シートに近い場所には、公侯爵家の人間やそのパートナーが詰めていく。

 イルヴァンは会場入りした後、視界の端にその姿を見て、アルシェスタを促すと、そちらへ近寄っていく。そのテーブルには、パートナーを伴っていないジェフリーの姿があった。


 そのまま入場が続いていき、やがて下位貴族に至る。下位貴族は、上位貴族と違い、婚約者がいることも普通ではないので、一人での来場が増える。男爵家の入場の最後になると、彼女が一人で入場してきた。


「リリーナ・シルファス男爵令嬢、ご入場」


 人々の喧騒が、ぴたりと止む。ドアの奥から現れた、パステルピンクに身を包んだかわいらしい少女は、やや肩身が狭いように――しかし、しっかりと顔を上げて堂々と歩き、入り口近くのテーブルへと着いた。

 高位貴族の厳しい瞳が、彼女へ集中していることを悟ると、彼女の周りから人が徐々に減っていく。

 貴族社会の厳しさをありありと表している一幕となった。


 やがて、入場を促していた教師陣からパーティーの諸注意が伝えられると、ユーウェルの挨拶へと移る。

 創立記念パーティーは、生徒会主導ではなく学院主導――正しくは、王家主導の催しであるため、生徒会の役員もまた、ほぼゲストの立場となる。

 ユーウェルは、新入生歓迎会の時に見せたカリスマを存分に発揮し、乾杯の音頭を取ると、またロイヤル・シートへと腰を下ろした。


 それを合図に、歓談が始まる。イルヴァンは、同じテーブルに着いたジェフリーと会話を始めた。


「イル。来てくれて助かったよ。残念ながら、まだあまり知り合いも多くなくてな」

「いや、会場に入った瞬間に、ジェフの助けを求めるような視線を感じたからさ。ごめんな、シェス。どこか話に行きたいテーブルがあったら、連れて行くから言ってくれ」

「いいえ。……ラヴァード王国の若き太陽、ジェフリー・フォン・ラヴァード王弟殿下にご挨拶申し上げます」

「ああ……以前に出会ったときは街中だったからな。改めて、丁寧なあいさつをありがとう、キングレー嬢。ラヴァード王国現国王の弟、ジェフリー・フォン・ラヴァードだ」


 アルシェスタはドレスのスカートをそっと掴んで持ち上げ、丁寧に淑女の礼を取る。それに応えるように、ジェフリーもまた紳士の礼を返す。

 アルシェスタとしても、特に同年代に広く人脈を広げる気はないのだ。要人とさえ繋がれれば上々。社交界に残る気のないアルシェスタにとって、足を引っ張る繋がりは切っていかなければならない。

 創立記念パーティーへの参加も、イルヴァンがジェフリーの護衛(兼話し相手)とならなければならないこと、そしてリリーナの様子が気になったために参加しただけだ。恐らくそのどちらの要因もなければ今頃アルシェスタは下町でアルコールを入れて騒いでいるだろう。


 イルヴァンを挟んでジェフリーと穏やかに初対面の雑談をしていると、あっという間に令嬢たちに取り囲まれていることに気づく。

 爽やかな貴公子・イルヴァンと、美麗の隣国王弟・ジェフリーに群がる女子の数は多い。特に、ジェフリーに関しては婿入り先を探しているという噂もあり、隣国との縁を欲しがる家の令嬢が、こぞってアピールをするのである。


「サンチェスター卿、ご機嫌麗しゅう。この間の剣術闘技会、お見事でしたわ。わたくし、感動してしまいまして」

「あ、ありがとうございます……光栄です」

「サンチェスター卿、想い出づくりに私と、一番に踊っていただけないでしょうか」

「申し訳ありませんが、ファースト・ダンスは婚約者と、と考えておりますので」

「でしたら、その後ででも!」


 中には、婚約者の目の前でファースト・ダンスを掻っ攫おうとする大胆不敵な輩もいる。流石に不遜すぎて言葉も出なかった。

 ぎろりとこちらを睥睨(へいげい)する令嬢に淑やかな微笑みを返していると、アルシェスタの方には逆に紳士たちがぞろぞろとやってくる。


 外から見れば、嫡男・嫡女でないイルヴァン・アルシェスタの婚約は条件が悪いと、恋愛結婚を疎んじる一部の高位貴族からは不評だ。

 イルヴァンがアルシェスタ以外の女性に興味を示さないのは、アルシェスタが傲慢にもイルヴァンを縛り付けていたからではないか、という噂を捏造して流している強かな女性もいる。


(まぁ、僕の場合は外面と成績がいいから、別派閥の人間に言い訳として利用されてるわけなんだが)


 耳を済ませれば、くすくすと笑う令嬢の声が流れてくる。


「まぁ、ヴァレリー侯爵令嬢ったら、また相手にされていませんわね」

「キングレー嬢と違って家格しか誇れるところがないのに、サンチェスター卿に言い寄ったって無駄なのが分からないのかしら」

「だってあの方、裏口で上位クラスに入っていらっしゃるんでしょう? 前の定期考査の成績、三桁代だったって聞きましたわよ」


 三桁台で上位クラス名乗るのは流石にちょっと、学院としてどうなんだろう。

 アルシェスタはそんなことをのんびりと考えながら、バレないように扇子の影でそっと息を落とした。


 足の引っ張り合い、罵り合い。良いところを褒め合って伸ばすのではなく、悪いところを貶しあって足を引っ張っている貴族社会のことを、どうしてもアルシェスタは好きになれない。

 目の前で、明らかにアルシェスタの家とのつながりを欲している有力家の嫡男たちと話を始めると、もうイルヴァンは令嬢の方を向かない。


 薄い絹をゆっくりと裂くように、ホールには円舞曲(ワルツ)の調べが響く。

 それを好機とでも言わんばかりに、イルヴァンは令嬢の輪から離れ、アルシェスタの元へと素早く歩み寄ると、その手を取って「シェス」と声を掛けた。

 アルシェスタはイルヴァンに連れられ、令息の輪を飛び出した。


「――あまりにも、無粋ですわね」


 ロイヤル・シートでベルローズはイルヴァンとアルシェスタを見下ろしながら独り言ちる。

 すうっと細めた瞳を、イルヴァンを囲んでいた令嬢の輪と、アルシェスタを囲んでいた令息の輪に向ける。ローズの瞳には、凍てつくほどの冷たい炎が宿っているように思えた。


「珍しく意見が合うな」


 隣でつぶやいたのは、ユーウェルだった。

 ロイヤル・シートに腰かける二人は、階下の喧騒を見下ろし、婚約者同士でいる男女に、それぞれ金目当て・顔と立場目当ての男女が群がる光景を目にして、少しだけ不愉快げに顔を歪めた。

 貴族にとって、婚約は家同士の契約に等しいもの。それを軽んじる子女がこれほどに多いとは――。


 何よりも王族の御前で貴族の契約を軽んじる振る舞いをする輩が堂々といることに、ユーウェルは憂鬱そうに吐息を絞り出した。

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