15. 好敵手との出会い
カジノにやって来てルーレットで腕試しをした後、アルスはテーブルに呼ばれて、羽振りの良いマダムの相手をしていた。アルスの容姿は、年配の婦人にウケが良く、女性のパトロンにも年配の未亡人が多い。相手が女性なので、天国にいる夫に後ろめたい気持ちを抱くことなく、好みの美少年を眺めていられるから――だとか。
婦人たちは男性に比べるとやや貞操観念が固い人が多い印象があり、閨に誘われることもない。特に、父子がいてそれなりに年を召している彼女たちは、アルスがおいしそうに食事をしているのを眺めているだけでも幸せらしい。お互いに幸せならそれに越したことはないよね、というのがアルスの持論だ。
「コール。……お。僕の勝ちだね。ストレート」
「ああっ。流石はエース、お強いですわ……フロップの時はそんなに自信がなさげでしたのに」
「まぁ、あの時点では手が弱かったからね。ターンでひっくり返ったかな」
今ついているテーブルは、社交用のテーブルだ。ディーラー側から配られたレプリカのチップを使って、トーナメント形式のゲームを行ない、誰がテーブルで一番強いかを決める、お金の動かない正真正銘の遊戯。財布へのダメージが参加費以外にない分、婦人方にはこちらのテーブルの方が人気だ。
しかしアルスと遊ぶのを楽しんでくれる婦人方に呼ばれてしまっては、上機嫌に相手をさせて貰うしかなかった。
勝負が一段落して、同じテーブルに着いたご婦人方にドリンクを贈れば、一様に礼を口にしてくれた。和やかにご婦人方と会話を楽しんでいると、こちらへやってくる足音が聞こえて、アルスは顔を上げた。すると、そこには珍しい人物が立っている。
「おや。支配人、珍しいね。トラブル時以外で、あなたがフロアに下りて来るだなんて」
「ええ。ご機嫌麗しゅう、アルス。今日は君への客人を連れて来たんだ」
「僕に客人? へぇ、どんな人だろう」
ご婦人方が支配人を見て黄色い悲鳴を上げるのを背に受けながら、支配人が脇へと逸れると、一人の紳士が姿を現した。目元にかちりとはまった純白の仮面が特徴的で、白銀の長い髪を右肩へと流している。顔を隠していても明らかににじみ出る高貴さが、その人物がお忍びでやって来た貴人であると示していた。
その紳士は、アルスをじっと見ると、仮面の奥で少しだけ目を丸くしたような気がした。アルスは小首を傾げて、尋ねる。
「どちら様だろうか。確かに僕はこのあたりに顔が広いので、様々なお客様が訪れられるけれど……お顔を隠しているということは、訳ありだね。話はここで聞く? それとも、個室へ移動したほうがいい?」
「ああ、いや。話があってきたわけではないんだ。……君が、エース?」
「そう呼ばれてるね。名前はアルスって言うんだ。君は?」
「……フラウ」
フラウと名乗った紳士は、丁寧に紳士の礼儀を尽くして挨拶をする。そこまで丁寧にしなくていいんだけどなぁ、と頬を掻きながら、アルスよりも20cm近く高い彼の上背を眺めてから、懐に入って上を見上げた。
「フラウ。僕に御用とは?」
「……。君と一勝負したい。受けてくれるだろうか」
「おや。なるほど、そういうことだったか。ふふ、勿論構わない。僕と遊びたいと願ってくれる人の挑戦はいつでも歓迎しているよ」
アルスはコインを指先で弾きながら、にこりと微笑みかける。すると、フラウは少しだけ身じろぎをしたけれど、やがて同じように口元で弧を描いてくれた。
「何で勝負する? ポーカー? ビリヤード? ルーレット? ダーツ? それともブラックジャック?」
「君の一番得意なゲームがいい。つまり……ポーカーか?」
「一番遊んでるのはそうかな。じゃあ、ポーカーにしようか。一対一がいい? あと、賭博用と社交用のテーブル、どちらがいい?」
矢継ぎ早に質問すると、彼は少しだけ戸惑った。様子を見る限り、こういった遊び場は初めてなのだろう。アルスはくすりと微笑むと、フラウに向けて、手でゆるりと場内を指して、問いかけた。
「こういう遊び場は初めてかな。だったら、勝負の前に少し案内をしようか。少し肩に力が入っているようにも見えるしね」
「いいのか? ありがとう」
「うん。じゃあ、どうぞこっちへ」
アルスはフラウを連れて、支配人にひらひらと手を振ると、彼はぺこりと丁寧にお辞儀をした。軽くフロアを連れ回して設備の紹介をしつつ、合間に雑談を挟む。
「フラウ、こういうところに来るの初めてでしょう。なんだか初々しい」
「お恥ずかしながら。ただ、少し身構えてきてしまったんだ。裏カジノというくらいだから、もっと無作法な者で溢れているのでは、と」
「ふふ、このカジノにはドレスコードがあるので、ある程度裕福な人間しか入ってこない。家の金を持ち出してくる飲んだくれは門前払いなのさ」
この裏カジノは、飽くまでも紳士淑女の遊び場だ。賭け狂ってるイカれた輩も時々はいるが、多くは穏やかに優雅に、他人とのゲームを楽しみたいだけの人たちがやってくる場所だ。だからアルスのような子どもでも安心して出入りができる場所なのである。
「フラウは、ポーカーの経験は?」
「……ルールは知っているが、こういう場でやったことは一度も」
「おや、そうなんだ。それで僕に挑んでくるなんて、君もなかなかのもの好きと見える」
「どうせ最初に遊ぶなら、紳士的に本気で相手をしてくれる相手がいい」
「あはは、違いない。じゃあ、今日は社交テーブルにしておこうか? 決まったチップの中でやり取りをするから、よりゲーム性が増すんだ。君の目的が僕を破産させることでもない限り、そちらの方が楽しく遊べそうだ」
「……なかなか大胆なことを言うものだな、アルスは。私は君と遊びに来ただけだ。決して、君に害意があるわけではないよ」
フラウの声音が微かに硬くなる。やっぱりいいとこのお坊ちゃんなんだな、と軽く見立てて、コインを握りこむ。この調子だと、本当に遊んでみたくてやってきただけに見える。
「たまーにとんでもない奴らが混じってるけど、このカジノで遊んでる人は、ほとんどが楽しくお喋りしながら、ぱーっと楽しく遊んで、気持ちよく帰っていく人ばっかりだよ。だからフラウも、あまり肩に力を入れずに楽しめばいい。さて、じゃあそろそろポーカーテーブルに戻ろうか」
フラウを連れてポーカーテーブルに戻ると、にこやかに微笑んでくれたディーラーに片手を挙げる。
「初心者だけど、僕と一対一で」
「かしこまりました。どうぞ、こちらのテーブルについてください」
ディーラーを立てて、アルスとフラウがテーブルへと着いた。ディーラーがカードを配るのを受け取り、アルスはテーブルに体を預けながら、緩やかにフラウとのゲームを楽しみ始めた。
ポーカーをやったことのないフラウにとって、これほどまったりとしたヘッズアップはやりやすいかもしれない。弱い手でも勝負を仕掛けやすいから、それなりの手で参加しても勝てる場面も多いだろう。
ただ、フラウは恐らく頭がいい人だ。ポーカーというゲームのルールをよく理解し、堅実に、手が強い時にだけしっかりと勝負を仕掛けてくる。だから――。
「レイズ」
「! ……降りよう」
アルスは手元をちらりと見る。手札は6と9という決して強くない手札だが、彼は弱い手札だと決して勝負に乗ってこない。
慎重で冷静にゲームを進める。これが多人数の卓ならば、最後までしっかり生き残って、一位を狙っていける戦術。
だが、今、フラウの相手はアルスただ一人だ。次のカードが配られて、フラウがコールを宣言した後、アルスはさらにチップを掴んで積んだ。
「レイズ」
「……」
ヘッズアップでは、ある程度割り切って勝負に出なければ不利になっていく。こうしてアルスがレイズを宣言してチップを積み、フラウが降りを繰り返していくと、段々チップはアルスの手元に移動していく。そして、アルスのレイズに応えない限り、フロップは行なわれない。つまり、ボードにカードはオープンされない。
さぁ、割り切って乗って来いフラウ。にこりと笑って挑発すれば、彼は息を飲み込んだ後で、チップを積んでコールを宣言した。やっとフロップに移り、場に三枚のカードが公開される。クラブのJ、ハートの5、ハートの8。さて、フラウの反応は――。
仮面で目元を隠していて表情が分かりにくいとはいえ、空気感である程度は分かる。フラウが「チェック」と宣言したのを見て、アルスはチップを引っ掴むと、それを積み上げた。
「ベット」
アルスの手がJにヒットしたとフラウは考えていそうだ。フラウは少し考え込んだ後で、そっと手札を捨ててフォールドを宣言した。アルスはポットを全て貰って、手元にあった2と4の弱い手札をそっと捨てた。
(さて、いつこのクソ雑魚手札で勝負してることがバレるかな)
ポーカーは、強い手を作る遊戯ではない。ショー・ダウンで勝つ遊戯であり、カードをめくる前に相手を降ろす遊戯だ。どんなに相手の手が強くても、どんなに自分の手が弱くても、めくらせなければ勝てる、駆け引きが最重要な遊戯である。
勝負を楽しみながら鼻歌を奏でていると、フラウはそっと微笑んだ。
「楽しそうだな」
「フラウは頭がいいからね。君に勝とうとあれこれ考えるのが楽しいよ」
「そういう君は、全然表情に出ないな。ずっとニコニコしていて、本当にゲームが好きなんだということ以外分からない」
「ふふ。ポーカー・フェイスはポーカープレイヤーの嗜みだからね。さて、フラウ。そろそろ分かってきたんじゃない? 行くよ」
そう告げて、配られた手札を見て、アルスはレイズを宣言。すると、フラウもしっかりと微笑んで、コールを宣言してくれた。場に出たのはハートのA、スペードのJ、クラブの2。アルスの手はAと10のマーク揃い。フロップでいきなりAがヒットしたからかなり強く戦える手だ。アルスはチップを積んでベットを宣言。それに間髪入れずに、フラウもコールを宣言する。
もしかしてフラウもAを持っているのかもしれない。せっかくのスートだがダイヤだからフラッシュの目はとっくになくなり、できれば10を引きたいところではあるが、十分に押していい手だ。
ターンで開いたのはハートの3。これで、一応ハートのフラッシュと12345ストレートの目が存在する場面となった。弱い手で勝負仕掛けたアルスが言うことではないが、フラウは45の手札で勝負を仕掛けてくることはなさそう、というのが今の印象だ。
もし仕掛けてきていたとしても、一度ハマってしまえばそういう手札で勝負してくることが見える。乗る価値のある勝負。アルスがチェックを宣言すれば、フラウはベットを宣言し、コールで答える。
リバーでオープンしたのはダイヤの8。10は出なかった。アルスがチェックで流せば、フラウも同じようにチェックで流す。
ショー・ダウンになり、お互いの手札をオープンする。フラウの手札は、クラブのAとダイヤの3。アルスはAのワンペア、フラウはAのツーペア。向こうの勝ちだ。
「あー。負けちゃった。フロップでダイヤが一枚もないのが見えて、ちょっと残念な気持ちになっちゃったよ」
「やっぱり、アルスもAを持っていたんだな。これは、二枚目を引けた運の良さに感謝か」
「かなり強い手だったんだけどなー。Aと10のスートだもん。けど、二枚目は勝利の女神様に拾って貰えなかったや」
「手札としては私の方が弱かったが、勝てることもあるのだな。なるほど、面白い」
チップをフラウに差し出して、カードを捨てた。彼の口元に笑みが増えて来たのを見やると、にこりと笑って問いかける。
「だいたい掴めて来た?」
「ああ。机上でルールを見る以上に、面白いんだな」
「そうでしょ。ゲームはやっぱり自分の手でやってなんぼだよ。さぁ、そろそろ本気で――」
アルスはがしっとチップを掴んで、バンっとテーブルに積み上げ、口元に笑みを浮かべて告げる。
「やろうよ」
フラウとのヘッズアップは、そのまましばらくヒートアップした。気が付けば、周囲にギャラリーができている。カジノのエースと呼ばれる花形プレイヤーが楽しそうにフラウとのポーカーをやっているからか、たくさんの人が手に汗握りながら二人の勝負を見守っている。婦人方に手を振れば黄色い声が上がり、どちらが勝つかとそんな話で盛り上がっている周囲。
勝負を動かす一手は、一瞬だった。
「オールイン」
アルスはチップを全て場へと差し出した。フラウは少しだけ焦った顔をしたが、そもそもレイズで入ってきたのは彼の方だ。オールインに応えて、向こうもオールインを選択。
双方オールインとなったので、ショー・ダウンへ。アルスがカードをひっくり返すと、どよめきが起きる。フラウは目を真ん丸にして、そうして「何と」と呟いた。
アルスの手札はハート・クラブのAAだ。初期手札として最強クラスのカードだ。対するフラウの手札はハートJとスペードK。向こうも十分に強い手だ。最初の三枚はクラブ・ダイヤの3、そしてダイヤの9。四枚目でスペードのAが出て、その場が湧いた。最後の一枚は――ハートのK。
「フルハウス」
「……私の負けだ。すごいな、流石はエースだ。手札が美しい」
「何回もやってると、結構引けるもんだよ。僕の勝利の女神様なんだ」
指先でハートのAを挟んでにこりと笑いかければ、彼は緊張感を解くように小さく息を吐き出した。周囲からは拍手が巻き起こる。アルスは帽子を脱いで、丁寧に頭を下げる。見物客たちはアルスへの賞賛と、そして初めてのプレイながら、熱戦を演じたフラウを称える流れとなった。
「フラウ、対戦ありがとう。すっごく楽しかったよ」
「こちらこそ、相手をしてくれてありがとう。噂のエースの腕を直々に見られて光栄だった」
「別にポーカーのプロとかじゃないんだけどね」
「アルス、また遊んでくれるか?」
フラウに問いかけられ、アルスはもちろん、と頷き返した。フラウに差し出された手を、そっと握り返した。
「たまにここに顔出してるから、また声かけてよ。いつでも相手になるから」
また、このカジノで楽しく遊べる相手ができた。フラウという好敵手を得たアルスは、上機嫌に帰っていった。




