12. 遊戯に掛ける想い
「なるほど。私も話には聞いていたんだが、ユーウェルがね」
「ええ。学院内で噂が流れる程度には、親しくしているようですね」
ウルズ大公との定時報告の途中、自然とリリーナの恋愛の話になる。
学生の恋愛に、束縛など無意味だ。彼らは青く、感情に素直で、良くないと理性で分かっていたとしても抗えるものではない。
今、優秀な官僚として国を支えている人物も、妻と政略でありながら仲睦まじく家庭を築いている人物も、学生のころまで恋愛の経歴を辿れば、学生時代には婚約者と別の恋人がいたという人間は決して珍しくはない。
義務を果たすのならば、婚姻までの過程は関係ない。関係を清算するのなら、わざわざ他人から指摘されるまでもない。
この国における貴族の結婚とは、そのようなものだ。逆に、愛人に対しては厳しい法が用意されているので、関係を清算しなければ痛い目を見ることになる。
「まぁ、今のうちは静観かな。流石に、ベルを蔑ろにするような動きを見せるならば介入の余地があるが」
「でしょうね……ただ、心配なのは王族と懇ろになることによって、周りの子女へ与える影響でしょうか」
「子どもは残酷だからね。特に、甘やかされて育った貴族の子どもたちは、自分の思い通りにならないとすぐに手を出そうとする」
ぽっと出の男爵家が王家と懇ろになり、自分たちが望んでも得られなかった繋がりを簡単に得てしまう。
今、リリーナに懸念されているのは、王族とのつながりを得たことによって、同年代の貴族の子女の嫉妬心を煽り、凄惨な貴族社会の洗礼を受けてしまうかもしれない、ということだ。
「ベルは聡明な娘だからね、今派閥の子たちの元を一つ一つ丁寧に訪問し、あまり事を荒立てないようにと言い聞かせて回っている」
「――ああ。王子妃教育での難問、とはやはりその件でしたか」
「そうだね。派閥を持つ者も、放り込まれたばかりの者も、雁字搦めになっている。アルスのように派閥に属さない娘は何かと情報が遅いかもしれないが、しがらみなくどちらにも寄り添える立場だからね。もしもリリーナに何かあれば、君にもう少し詳しく学院の話を聞かなくてはならないかもしれない」
「ご心配なく。情報とは最強の武器です。たとえ派閥がなくとも、私の耳は早いですよ」
学院内にいくつか張ったネットワークを思い浮かべながら、アルスはくすりと微笑んだ。
商売でも、社交でも、情報は生命線だ。いい顔をして人脈を築くのには慣れている。派閥に属していないとしても、情報の足が早いコミュニティにはとっくに息がかかっている。
「ひとまず、方針としてはしばらく静観だ。リリーナには厳しいことかもしれないが、貴族社会に飛び込むとはそういうことだ。とりあえず、梅雨の節にある創立記念パーティーに向けて、彼女のドレスを仕立てて貰っている旨を、手紙に書いて送っておいてくれるかな」
「分かりました。まぁ、何も起こらないことを祈ります」
アルスの諦めたようなダウナーな声に、ウルズ大公は苦笑した後、話を切り替えるように告げた。
「そういえば、そろそろ教えてくれないかな。君の今期の一大プロジェクトを」
「ああ、その話もしておりませんでしたね。では、一番の支援者たるあなたに先行公開させていただきます。――実は、このVIPルームの隣にすでに搬入されているんですよ」
アルスが大仰に一礼をすれば、ウルズ大公はまるで少年のように目を輝かせた。彼を連れて隣の部屋に移動すれば、そこには正方形の卓が一つ置いてある。淵に派手な金の装飾が施され、緑の高級感あふれる布地が掛けられた不思議な卓だ。
「これは?」
「雀卓と呼ばれるものです」
「雀卓?」
「私が此度、王都で――いずれは国全土で流行らせたいと思っている遊戯。麻雀と言います」
「麻雀……聞いたことがないゲームだ。アルス、本当に君の知識や発想はどうなっている? 君の口から聞くゲームは、どれもこれもが聞いたこともなく、しかし面白く洗練されたものばかりだ」
ウルズ大公はうーん、と唸る。しかしアルスにとっても、生まれつき頭の中にぼんやりと靄がかかったように存在するこの知識の存在を、論理的に説明することができないので、苦笑しか返せない。
「似たような遊戯がないかを調べれば、海を隔てた先のとある皇国にて、同じような遊戯が数百年前に持ち込まれた形跡がありました。ただ、その時はあまり流行らなかったようです」
「それはなぜ?」
「一つは、上流階級でしか好まれない遊びであったこと。一つは、それが賭博に使われていたこと」
「なるほど。市井に広まる前に、事件が起きて規制された、というのが真相かな」
「ええ、残念ながら。ですが、遊戯に罪はありません。使い方を誤ったのは、紛れもなく人間のせいであって遊戯のせいではありませんから」
アルスは傍に積まれていた麻雀牌をそっと持ち上げて、大公へと手渡した。つるつるの上質な石で作られた牌には、花の柄が刻まれていた。
「これが、その麻雀に使う道具かい?」
「ええ、そうです。少しでもこの国の人に――貴族に、平民に親しみを持ってもらえるように、国で慮っている花に、太陽や月といったモチーフを盛り込みました。だからさしずめ、この遊戯の名は――エルデシアン麻雀、といったところでしょうか」
「とても綺麗だ。道具が綺麗だと、それだけで触ってみたくなるのが人間の心情だからね。よく考えている。しかし、わざわざ数百年前に流行らなかった遊戯を広めてみようと思うだなんて、どういった狙いがあるのかな」
他国で流行っている遊戯を誰よりも先に持ち込んで、広める方が遥かに楽な道のりだ。
貴族の間に流行らせれば、それが外交のきっかけの一手となることもあり得る。気軽に遊べる遊戯は、会話のきっかけとして非常に有用であるからだ。
しかし、アルスは知られていないものを広める方策をとった。それも、これほどに高級な道具を大々的に用意して。
ウルズ大公の疑問に対して、アルスは少しだけ考えた後、人差し指を立ててすらすらと告げた。
「許せないんです。人間がやらかしてるのに、それを遊戯のせいにされるっていうのが。どんな言い訳をしたって、結局悪いのは自分の理性を御せない人間なのに、遊戯のせいにするのはお門違い。だから全く別の形でこの遊戯を遊べる環境を提供することで、そういう前例を払拭したい――それが、僕のやりたいことです」
「なるほど。ふふ、確かにそうだ。ポーカーを遊ぼうと言って、開口一番お金を賭けるのは嫌だ、と叫ばれるのと同じような心境かな」
「ええ。誰も賭博やろうなんて言ってないのに、遊戯自体に悪い印象を持ってるせいで、そういう発想になる。だから覆してみたくなったんです」
「なるほど。だが、君がここまで金をかけているということは、勝算があるのだろう」
「それはもちろん。なんせ、面白いゲームですからね。チェスのような競技性、ポーカーのような人との駆け引き――この国の裏の遊び場にずぶずぶにハマってる紳士淑女の皆様には、新たな風となりえるかと」
アルスは指先で細長い立直棒をくるりと回して、にやりと笑った。
今回の事業は、アルスにとっても勝負の時期だった。商人たるもの、一儲けを狙うには、大小なりともどこかで勝負に出なければならない時がやってくる。
アルスにとって、新たな遊戯をこの国に大々的に広めようと努めるのは、初めての試みだ。これを成功させるために、これから出資者に丁寧に顔を合わせて麻雀の面白さを広める必要がある。
そのための人脈、そのための交渉術だ。
野望に燃える一人の少女の目を見て、ウルズ大公は親のような瞳で少女を見つめて、ゆっくりと頷いた。
「やれるところまでやってみるといい。私も遊びたいから、友人を連れてクラブに遊びに来ても構わないかな」
「ええ、もちろんです。麻雀は四人で遊ぶ遊戯です。細かいルールなどは、簡易マニュアルにまとめる予定です。本格的に導入したら、このVIPルームでも遊んでいただけるようにするつもりです」
「分かった。じゃあ、お披露目が終わったら手紙をくれ。私はいつも通りに金を出そう」
「……よろしいのですか。遊んでみてからのほうがよろしいのでは。転ばせる気はありませんが、転ぶ可能性も十分にありますし」
「いいんだ。これは君への先行投資だから」
金なら持っている、と言わんばかりに指先で丸を作ってにやりと笑ったウルズ大公には、敵わないと思わず肩を竦めるアルスだった。
お忍びでやって来ていたウルズ大公を見送って、アルスは大きく息を吐き出した。
――プレオープンパーティーは、初夏の節の終わり。学院が夏季休暇に入ったタイミングだ。
今年の夏は、息を吐く暇もなさそうだと胸を躍らせながら、アルスはクラブへと戻っていった。
何故麻雀なのかはそのうち言及があります




