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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 第一学期篇 かくして不良娘は運命に巻き込まれていく
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11. 王弟と騎士の剣舞

 サロモンとイルヴァンは、たっぷり一合打ち合った。

 しかし最後に膝を付いたのはサロモンだった。体躯を活かした斧術を存分に振るい、果敢にイルヴァンへと攻め込んだ彼の斧は、しかし第三騎士団の英雄に届くことはなかった。

 勝利宣言が終わると、またわっと場内が盛り上がる。準決勝ともなれば、注目度は段違いだ。


 Aブロックの決勝進出者がイルヴァンへと決まった。

 対して、Bブロックの決勝進出者の最有力候補はユーウェルだ。文武両道――というには文の方が多少は足りないが、幼い頃から活発さと行動力を活かして、国の隅々まで歩き回っているユーウェルの剣の腕は、並の剣士では敵わないほど。


(……おや)


 南側の客席の隅で、リリーナとユーウェルが向かい合い、何かを話しているのを見かける。

 あれ以来、交流が続いているのか、リリーナとユーウェルが共にいるところを何度か見かけたことがある。

 それと同時に、学院には徐々に不穏な噂が広がり始めていることも。


 光の乙女と、第二王子は恋をしている。


 もしかしたら、最近ベルローズの体調が悪そうなのはこれらへの対応が含まれているからなのかもしれない。第二王子はどう考えてもそういった雑事を不得手としている気配があった。


 やがてユーウェルは軽く手を挙げて、そのまま訓練場の方へと降りて行った。リリーナはそれを見送ると、オーエンに連れられて南の端の席へと腰を下ろす。


(――しばらくは監視をして、大公閣下に報告かな~)


 まぁ、あの大公ならばわざわざアルシェスタが報告せずとも把握していそうだが。

 そんな思考に耽っていると、Bグループの決勝の開始が宣言された。


 準決勝は、ユーウェル対ジェフリーだ。この対戦カードは、ある意味でより注目度が高かった。

 隣国から留学をした現王弟と、この国の第二王子の対決。どちらに軍配が上がるのか、隣国の王弟の実力はいかほどなのか。


 ――王族に、本気を出せるわけがない。

 それは、自分の敗北を認めるのが癪な思春期の子どもたちが、こういう公的な場で王族に敗北したときに使う言い訳だ。

 実際には、剣を扱う人間が見れば、技量の差は一目瞭然なのだ。彼らは、自分の未熟さを自己紹介しているにすぎないことに気づかない。


 渇いた木剣が軋み合う音を聞いて、観客席が息を飲む。

 歓声が響くのは、場が大きく動いた時だ。多くの観客は、剣術に造詣がないため、起きていることを理解するには、視覚的に分かりやすい部分しかない。


 アルシェスタはそっと目を細めて、眼下で行われている舞台での剣舞を見やる。


(……第二王子殿下は、なんかちょっと左側への反応が怪しいんだよな。片目が悪いのか、それとも単純に反応がしづらいのか)


 刹那の動きが大切となる仕合において、視力は重要なファクターだ。

 イルヴァンの動体視力は人間ではない、と常々思うアルシェスタは、イルヴァンとのコイントスで23連敗を喫したことがある。


(対して王弟殿下は、すごい体幹してるな。さっきから結構激しい足さばきをしてるけど、全然芯がぶれない。第二王子殿下の前のめりの剣戟を、全く問題なく捌いてる)


 その動きは、下手な騎士よりも遥かに洗練されている。

 隣国の騎士団は英傑揃いだと聞く。もしもジェフリーがそれらに揉まれて育ったのならば、彼はこの歳にしてすでに剣豪と呼ぶにふさわしい人物なのかもしれない。


 カキン、と高い音が響き、続いてカランカラン、と乾いた音が響き渡る。全員の目が、ユーウェルの手から弾き飛ばされた木剣へと届く。

 審判が、しっかりと手を挙げて高らかに宣言する。


「――勝者! ジェフリー・フォン・ラヴァード!」


 それは、国際親善試合のような豪華なカードでの対決の、終焉を告げる一言だった。

 瞬間、割れんばかりの声援が巻き起こる。舞台の中央で、二人の王族が剣を置き、握手を交わした途端に、それは割れんばかりのコールへと変わっていく。

 二人の名を交互に叫ぶその様を見て、多くの子女たちは、二国の友好を実感する。


「ジェフが相手か」


 後ろから声が響いて、振り返ると、そこにはイルヴァンが座っていた。まったく気が付かなかったので、アルシェスタは目を瞬かせた。


「イルヴァン、いついらっしゃったんですか?」

「ほんの1分前くらいだよ。声を掛けようと思ったんだけど、決着がつきそうだったし、シェスも真剣に見てたから」

「そうでしたか。ラヴァード王弟殿下との手合わせは初めてですか?」

「ああ。俺は手加減が下手だから、ジェフの相手をするのは止めろって教師に止められてたんだ。話聞く限り、俺が手加減するような相手じゃないって思ってたんだけどな」

「……まぁ、事なかれ主義と言いますか。自分の担当する講義で、隣国の王弟にけがなどさせたくない、というのが心情でしょうか」


 そう告げれば、イルヴァンは苦笑した。そのあと、アルシェスタの隣に座る人物に目をやって、驚いたように目を丸くした。


「……あれ。下から見てた時は女の子だと思ってたんだけど……男の子?」

「あ……お初にお目にかかります、サンチェスター卿。キングレー嬢のクラスメイトの、ヴィンス・グラッセと申します」

「グラッセ子爵――ああ、第二騎士団の」

「父をご存知ですか。光栄です」


 ヴィンスは、遠くから見れば少女のような出で立ちだ。ピンクブロンドの髪は愛らしさが先行する上に、全体的に細くて小柄だ。

 舞台から見えるスケールだと、少女に見えても致し方なかった。


「イルヴァン・サンチェスターだ。どうぞよろしく」

「はい。……あっ。僕、お暇した方がいいですか?」

「いや、そのままで構わない。俺はじきに決勝戦の準備に向かわねばならないから」


 アルシェスタはちらりとイルヴァンの方を見やった後で、ヴィンスに視線を移した。

 きらきらとした視線は憧れを向けている少年のようだ。


「あ、シェス。大丈夫だったか? 変な奴らに絡まれたりしてない?」

「……ええ。大丈夫ですよ」

「そっか。シェスがここにいることは分かったんだけど、変な奴に口説かれてたりしたら、集中力が乱されるなって思ったから」

「ふふ。心配なさらずとも。グラッセ卿はイルヴァンのファンのようなので、二人で楽しく応援しておりましたわ」

「えっ。あ、えと、あの……はい……」


 ヴィンスは俯いて、少しだけ顔を赤くしてしまった。

 実際に、少女とも見まごうヴィンスが隣にいれば、下手な令息は声を掛けてこない。隣の席を顔見知りに独占させることで「偶然」を装うような下手な令息の接近を牽制する、アルシェスタの策略だった。


「そっか……それなら良かった。すまないがグラッセ卿、シェスに変な奴らが絡んでこないように見張っててくれ」

「は、はい。お任せください」

「頼む。じゃあ、俺は行ってくるから」


 イルヴァンは軽い牽制を試みてから、立ち上がり、階下へと降りて行った。


 やがて、決勝の開催時間となれば、舞台の中央で、イルヴァンとジェフリーが向かい合っているのが見えた。

 女生徒の声援は最高潮だ。どちらも見目麗しい貴公子による対決、そして片や藍銀の英雄、片や隣国の王弟。どちらも女性人気が高いことも相まって、黄色い歓声が乱れ飛ぶ。

 しかし舞台の上の二人は気を散らされたりなどせず、互いを見つめ合って集中している。

 木剣を持ち、ゆっくりと背を向けて歩き、ある程度の距離を離して、向かい合い、構える。


 審判が高らかに手を挙げて、告げる。


「――試合開始ッ!」


 その瞬間。互いに前に踏み込んで、木剣が交差する。カン、と高い音が鳴ると、空気感が一気に変わる。


 まるで踊るように剣を交わす二人の打ち合いに、黄色い歓声がぴたりと止んだ。

 どよめきが支配する場で、一合を終えてもなおしっかりと足を付け、藍銀の英雄と打ち合うラヴァード王弟の姿に、皆が魅入る。

 アルシェスタはイルヴァンの表情に注目して、目を丸くした。


(ありゃりゃ……楽しそうにしちゃって。やっと本気でやり合える同年代が見つかったってとこ?)


 恵まれた体躯と、剣の技量、そして何よりも勝負度胸で、最前線で戦い続けて来たイルヴァン。

 歴戦の猛者を練習相手に持つ彼を満足させられる学院生など、三年間で現れないだろうと思っていた。しかし今、目の前で、イルヴァンに正真正銘の本気を出させる友人が、本気で相手をしてくれている。


 イルヴァンは心躍るようにして、剣を素早く薙ぎ払い、前へと強く一歩踏み込んだ。

 イルヴァンの強烈な一撃が、ジェフリーを襲う。しかしジェフリーもまた、臆することなく踏み込んでそれを受け止める。

 それを返して、今度はジェフリーが攻める。どちらも攻め一辺倒にも守り一辺倒にもならない。


 ジェフリーの剣術は、しっかりとした「型」を感じさせる剣術だった。

 足さばきに癖があり、それでいて非効率を失くしたような完璧な「型」。


 行儀のいい普通の騎士ならば、その洗練された剣筋に脅威を感じる。けれどイルヴァンの剣は、魔物という理外の相手に対して、実戦で磨き続けられたものだ。そう簡単に遅れは取らなかった。

 中盤になって、イルヴァンにフェイントをかける余裕が生まれ始めた。目がいいイルヴァンは、剣筋を見切るのに卓越した適性を持っている。

 半身を引いて避けた後に、二度のフェイントの後、本命の突きを繰り出す。

 すると、ジェフリーの体幹が微かに崩れて、どよめきが起きる。しかしジェフリーも足にしっかりと力を入れ、突きを何とかいなすと、冷静に一度間合いを取り、次の攻撃に備える。


 イルヴァンは驚いていた。ジェフリーがここまでの実戦勘を持っていることに、だ。

 一度大きく息を吸い込み、その藍の双眸にしっかりと相手を見据えて、打ち合いを続ける。


 その後も一進一退の攻防を繰り返し、ついに決着したのは、試合が開始して五分後だった。


 ジェフリーの持っていた木剣が床を転がったのを見て、審判は手を挙げて大きく声を張り上げる。

 一瞬、躊躇うような間があった。それだけ拮抗していて、いつまでも見たくなるような、そんな勝負だった。


「――そこまで! 勝者、イルヴァン・サンチェスター!」


 勝利宣言が青空へと響き渡ると、続いてすさまじい歓声の嵐に満たされた。

 女子の黄色い声だけではなく、男子の雄たけびに近い歓声も、客席から余すことなく響いた。


 イルヴァンは尻もちをついたジェフリーに駆け寄ると、手を差し出して、彼を助け起こす。二人で握手をした後、そっと抱き合って健闘を讃えれば、客席に座っていた生徒たちが立ち上がり、盛大な拍手を送っていた。


 アルシェスタは嬉しそうなイルヴァンを見て、そっと口元を緩めると、そっと目を伏せた。


 かくして、大盛況のうちに、剣術闘技会は幕を閉じたのである。

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