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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 第一学期篇 かくして不良娘は運命に巻き込まれていく
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04. 新入生歓迎パーティー

 王立学院、大ホール。

 貴族の子女が通う学院として最大規模・最高水準を誇る国一番の学院に備え付けられた夜会用のホールは、公爵家クラスが主催する夜会の会場としても通用するほどの規模・豪奢さをしている。

 流石は国の施設というべきか、かけるべきところに金をかけた結果生まれた巨大なホールには、数日前から準備のための人員が出入りしている。将来の官僚を担う優秀な生徒たちが参加するパーティーであるため、警備や犯罪対策も万全だ。


 アルシェスタ達生徒会の役割は、当日の進行を管理し、仕切ること。

 当日のスケジュールを確認すれば、生徒会長からの挨拶が入り、第二王子からの挨拶が入り、そのあとは生徒会は三手に分かれて、各テーブルに挨拶に回るとのこと。

 平民の生徒にとっては、雲の上の生徒会の人員と直接話せる希少な機会とのこと。ここで生徒たちに与えられる印象によって、陳情の質が大きく変化するらしい。


 チーム分けはベルローズ、グウェン・アルシェスタ、サロモン・ビオのペアだった。

 二年生をフォローしつつ、得意分野をバランスよく分けている布陣のようだった。

 生徒会には行事用の礼服があり、タキシードやドレスではなく今日はそれを纏っている。とはいえ、ドレス並みの華美さがある、白と青を基調とした、制服によく似たデザインの礼服は、シャンデリアの光を浴びてキラキラと輝いている。


「新入生の皆さま、ご入学おめでとうございます。今期生徒会長を務めることとなりました、ベルローズ・マギアスと申します」


 階上で待機するのは、生徒会の面々と第二王子ユーウェル、そしてその護衛の魔術師局のエース、オーエン・グラスティケイトだ。

 ユーウェルは銀に近い灰色の髪を半分ほどバックにして、すっきりとした装いをしている。深いオパール色の瞳がキラキラと輝く不思議な雰囲気の御仁だった。全体的に洗練された、というよりはワイルドな雰囲気を醸し出していて、同年代の中では色気に溢れた人物である。

 不思議な光の反射をするあの瞳は「宝石の瞳」と呼ばれ、このエルデシアン王国、そして隣国のラヴァード王国では高貴な血筋の特徴とされ、同じような色の瞳と比べて、格段に美しく目に映る。

 その傍に控えるように立つオーエンは、エルデシアンの黒き竜胆(リンドウ)、グラスティケイト侯爵家の嫡男であり、若き魔術師局のエースと呼ばれる人材だ。少し青みがかかった黒色の髪を腰まで伸ばし、それを後ろで一つに束ねている。業務中は厳かな雰囲気を持っている彼だが、口を開けば女性をよく口説くそうだ。

 ガールフレンドが非常に多いと聞き及ぶが、真相は定かではない。


「――皆様の学院生活が、幸多きものであることをお祈り申し上げます。また、生徒会一同、皆さまの実りある学院生活のため、邁進することをここに誓います。それでは、エルデシアン王国第二王子、ユーウェル・フォン・エルデシアン殿下より、新入生の皆さまにお言葉を頂戴いたします」


 ベルローズが見惚れるような美しいお辞儀を披露し、後ろへと下がると、それと入れ替わるようにユーウェルが前に出る。階上に現れた絶世の美男子を見て、会場ではあちらこちらから感心したような吐息が漏れる。


「――愛すべき民たちよ、よくぞこのエルデシアンの王宮の膝元たる、王立学院へ参った。褒めて遣わす」


 尊大な態度も、威厳のある低い声も、彼が王家の人間だからこそ意味があるもの。彼は一瞬でこの階上の空気を掌握し、全ての衆目を自分へと向けさせた。


「そなたらは数ある同年代の子女の中でも、厳しい選抜を抜け、この学び舎に通うことを許された身。その立場に慢心することなく、一層の努力を以て、国の中核を担う人材となることを期待する。エルデシアン王国の未来を双肩に担う若人たちに、我、ユーウェル・フォン・エルデシアンは、王家の名において祝福を与える」

「エルデシアン王国、万歳。ユーウェル王子殿下、万歳!」


 貴族たちが音頭を取るのに対し、平民の子女たちはおどおどとする。しかしながら、視線はユーウェルから外れることはなかった。


「とはいえ、今宵は無礼講。共に同じ学び舎で学ぶ生徒たちと、実りある時間を迎えることを期待する。それでは皆の者、グラスを持て」


 貴族たちは手慣れた調子で、平民たちはやや戸惑いながらも手を伸ばし、グラスを掲げる。

 学院生のみの場であるので、当然アルコールの提供はされない。色とりどりの飲み物は、あらゆる果物のジュースである。

 アルシェスタも手元にあったぶどうジュースを手に取った。これがワインだったらどんなにも良かったか――と、頭ではそんなことを考えながら、音頭を取る王子の後姿を見つめる。


「では、エルデシアン王国の繁栄を願って――乾杯!」

「乾杯!」


 その言葉を最後に、ユーウェルの挨拶は終わった。歓談の時間となり、立食パーティーが始まると、平民たちは普段食べられない高級料理の数々を楽しむように。貴族たちは見知った顔を探してゆっくりと移動をはじめ、朗らかに挨拶を始める。

 生徒会が5人揃い、段取りを改めて確認していると、ユーウェルとオーエンが生徒会の方へと近づいて来た。ベルローズを初めとして、全員が頭をそっと下げる。


「生徒会よ、お役目ご苦労」

「はい、殿下」

「今年の二年生の役員はその方らか。許す、名乗りを上げよ」


 ユーウェルは尊大な態度で、アルシェスタとビオへと挨拶を促した。身分が上のアルシェスタは、そっと礼服の裾を掴み上げ、丁寧に挨拶を述べる。


「エルデシアンの至高なる白金(しろがね)のグロリオサ、ユーウェル・フォン・エルデシアン王子殿下にご挨拶申し上げます。キングレー伯爵家が長女、アルシェスタ・キングレーにございます」

「ほう。娯楽の都の――そうであったか。国の支柱となり、民を富ませるそなたらの忠義は聞き及んでおる」

「勿体なきお言葉でございます。すべてはエルデシアン王国の繁栄のために」

「苦しうない。そなたは、イルヴァンの婚約者であったか」

「――左様にございます」


 一瞬だけ、考える時間があった。

 しかし、今はまさしくイルヴァンの婚約者である。王子にも知られていることは、アルシェスタには若干気まずく思えたのも事実だが、彼の言葉を否定するような真似は出来なかった。


「才媛に騎士を付けるか、なるほど、サンチェスター侯も粋なことをする。励めよ、キングレー嬢。キングレー伯爵領の今後の発展に期待している」

「ありがたき幸せにございます、殿下」

「うむ」


 悪い印象は持たれていない様子だった。アルシェスタは心中でほっと息を吐き出しながら、頭を下げ、後ろへと下がった。横目でちらりとビオの様子を見れば、彼は青白い顔で背を伸ばして直立している。

 誰かが助け舟を出すべきだろう、と思っていると、ベルローズが一歩前へ出た。


「殿下。彼は生徒会初の平民の出の生徒なのです。殿下への正式なご挨拶の様式を、ここで指導してもよろしくて?」

「ふむ、許す。ここは学び舎であるからな。そこな生徒に学ぶ意欲があるのならば、今ここで完璧な挨拶ができるよう、指導してみせよ」

「はい。ありがとうございます、殿下。ビオ様、先ほどキングレー様がご挨拶申し上げた花の色を覚えておりまして?」


 ベルローズが問いかければ、ビオは少し緊張した面持ちでこくりと頷いた。ベルローズは頷き返すと、ビオを促した。


「――エルデシアンの至高なる白金のグロリオサ、ユーウェル・フォン・エルデシアン王子殿下にご挨拶申し上げます。ビオと申します」

「ふむ。よくぞ一度で覚えた。褒めて遣わす」

「恐縮です……」

「そなたの噂は聞いておる。たるんだ貴族たちを諫める流星となることを期待する」


 アルシェスタは少し驚いていた。今の言葉は、ユーウェルがビオのことを認めている、という意味だ。

 自らの生まれに慢心し、親の権力に胡坐をかく貴族の子女は一定数存在する。貴族でありながら中位クラスに居たり、成績が芳しくないにも関わらず上位クラスに居座っている生徒などがそれにあたる。

 実家から相当量の金を積まれ、体面だけでも保っている生徒はそれなりにいる。イルヴァンのように、開き直って中位クラスの下位にいる方が珍しい。


「ベルローズよ、後は頼むぞ」

「はい、殿下」


 ユーウェルはそれだけを告げると、そのまま階上の席へと腰かけた。オーエンがその傍に控える。

 気が気ではなさそうなビオを少しだけ励ますと、彼はサロモンに引っ張られ、階下へと向かった。


「キングレー嬢、我々も行きますよ」

「はい。クロスクロイツ卿」


 アルシェスタはグウェンの一歩後ろへと付き従うように、下級生のテーブルへと向かう。

 グウェンはあまり社交が得意ではないのか、眉間に皺が寄り気味だ。下級生も、少しだけ怖がるそぶりを見せる。特に、平民の生徒は、だが。

 仕方ないなぁ、と思いながら、アルシェスタは穏やかな笑みを湛えてグウェンの傍に侍る。

 平民の生徒たちはグウェンの話には恐る恐る応答するが、アルシェスタが話しかければ、少しだけほっとしたように答えを返す。名乗れば、平民の生徒たちは「えっ」と声を上げて、瞳をきらきらと輝かせる者が多かった。


「キングレー伯爵領って、あの娯楽の都ですか……?」

「まぁ。ご存じですか? たいへん光栄です」

「知ってます! いつかお金を貯めて旅行に行きたくて……卒業旅行、なんてまだ気が早いですかね」

「まぁ。うふふ、嬉しいお言葉を、ありがとうございます」


 キングレー伯爵領は、大カジノや歓楽街も有名だが、それと同じくらい余暇を過ごす観光地として有名だ。雄大な自然の中で過ごせる宿泊施設は数多くあり、それらは領都から少し離れた位置に点在している。

 平民にとっても気軽に泊まれる料金の宿も多数あり、それによってキングレー伯爵領への出入りは多い。


「カジノに興味があるんです。すごく煌びやかで、楽しいって。近所に住んでいるお兄さんが、行ったことがあるって話してくださったんです」

「ええ、とっても。毎日のように多くの人が訪れ、楽しいゲームを遊んで帰られます。ふふ、我が領地のカジノの規模は、王都で言うと、そうですね――まさしく、この学院くらいの大きさがあります」

「えっ! すごい!」

「やっぱり行ってみたいよね。私、頑張ってお金貯める!」

「私も~」


 キングレー伯爵領への、平民の期待値も大きいように思える。中には、こんな人もいた。


「あの、キングレー伯爵領って就職の口はあるんでしょうか」

「ええ、もちろんです。領地は常に人手不足で……国内外から移住希望者を受け入れておりますが、何しろ建てる施設の規模がいつも大きくて、色々な技術を持った働き手を常に募集している状態です」

「本当ですか。僕、キングレー伯爵領で働きたいなって思ってたんです。領主様の娘様とこうしてお話しできて光栄です」

「まぁ。私も、民の声をこうして直に聴けるのは貴重な機会と存じます。キングレー伯爵領にご興味があるようでしたら、いつでもお話させていただきますので、お気軽に声をおかけくださいね」

「~! 嬉しいですっ!」


 こういった声を聞けることを、アルシェスタは幸福だと思っていた。

 キングレー伯爵領は慢性的な人手不足だ。煌びやかな街となり、規模が大きくなればなるほど、観光施設が数多くを占めるキングレー伯爵領では、働き手不足が深刻な問題になってくる。

 永住を決めて家を買う人は増え、海辺の開拓地にも人を貰って開拓を行なっているが、まだまだアルシェスタの野望を叶えるには人員が全然足りない。

 であるからこそ、こうして王都から人材をスカウトし、流すことは、アルシェスタの家出の目的の一部であったと言える。


 こうして挨拶を済ませていると、隣から小さな息の音が聞こえて、アルシェスタはそちらを見やる。

 疲れた顔をしたグウェンが、口元をそっと押さえて、ため息を押しとどめていた。


「クロスクロイツ卿、お疲れですか」

「いや……キングレー嬢が多くしゃべってくださっているので助かっています。しかし、キングレー伯爵領は人気ですね」

「ええ。私も、実感しております。これだけ多くの人に期待され、愛されているのだと」


 平民たちには、キングレー伯爵領は総じて受け入れられている。

 ただし、貴族たちにはそうではない。


「――正直に言えば、私は娯楽にあまりいい印象を抱いていません」

「そうですか……無理もないと思います」


 娯楽は、少し前までは貴族のものだった。しかし、その娯楽は限りなく闇に満ちていた。

 奴隷闘技場、闇オークション、見世物小屋――どれもが、格下の人民を傷つけ、その尊厳を失わせる、悪意に満ちたもの。

 それらを好む悪徳な貴族たちによって民は虐げられ、娯楽には悪いイメージが根付いた。

 数代前の王が奴隷禁止法を定め、違法取引の取り締まりのために騎士団をいくつかの部門に分けて事態に当たらせるようになってから、国の娯楽は変わった。


「ですが、キングレー伯爵領の収支を見ていれば、民が求めているものがそれなのだと分かります」

「……ええ、そうですね。私は、民の暮らしを楽しく彩る娯楽を司る貴族家であることを誇りに思っております。我が家がこの国にある限り、娯楽を二度と人の尊厳を貶めるようなものにするつもりはありません」

「なるほど。キングレー伯爵家にはそれなりの矜持があるということですか。ご立派なものです」


 少しばかり嫌味を混ぜられたような言葉は、まだ彼が娯楽というものを認めていないことを示している。

 彼は、国の発展にとって必要な娯楽を客観的に理解しているだけなのだろう。

 貴族たちの大半はこのような印象を抱いている。それを、アルシェスタはひしひしと感じさせた。


(やっぱり、必要だ。革命が。僕らの代で、貴族たちの中から、娯楽の悪い印象を払しょくさせる)


 まずは目の前の陰険眼鏡を屈服させたい。そんな欲望が、アルシェスタの腹の底からふつふつと湧いて来たのを感じていた。

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