03. 王弟と光の乙女の動向
サロンでのオリエンテーションと打ち合わせが終わり、解放をされる頃には夕暮れ前だった。
ビオと共にサロンを出たアルシェスタが空を眺めていると、隣でビオが大きく息を吐き出したのが聞こえて、視線をそちらにやる。
やや顔色が青白い。彼は気丈な方だと思うが、やはり指先ひとつで自身の家庭を不幸に陥れられるほどの力を持つ公侯爵家の有力者たちを前にすれば、このような心労になるのも道理だと感じた。
「……大丈夫ですか?」
小さな声で問いかければ、ビオははっとして顔を上げて、少しだけ視線を泳がせながら、ゆっくりと頷いた。
「……光栄なことかとは思いますが、自分には過ぎたことだと」
「そうかもしれませんね。私も、同じことを考えていました」
「……キングレー嬢も?」
アルシェスタは彼の問いかけに頷きを返した。
何度考えても、生徒会に所属するメリットとデメリットが綺麗に水平に保たれている。とはいえ、無碍に断れば学院内の自分の立場が悪くなるかもしれない。
そう考えれば、どちらにせよ受けるしか手段はないのだが。
「私はビオ様とは違うかもしれませんが、少し学院を休みがちなので。生徒会の業務をこなせるか、少々心配なところがあるのです。私よりも相応しい人員がいたのでは、と」
「ああ、確かに……キングレー嬢はよく学院を休まれると聞いたことがあります。お体がよろしくないんですか?」
「――少々、事情があり。ですが、それを吟味されたうえで選ばれたのなら、私に求められているのはそういった部分ではない、ということなのでしょう」
休みがちでも構わないから、生徒会に望まれた理由がある。真紅の女傑が何を考えているのか、現時点ではアルシェスタには分からない。
「せっかく同じクラスで、同じ生徒会なのだから、お互いに助け合えればと思っています」
「……ありがとうございます。そうですね、同じ二年生からの役員がキングレー嬢で助かったかもしれません」
「え?」
「平民の生徒の間では、キングレー嬢は人気な方ですから。平民にも分け隔てなく接してくださるキングレー嬢が、委員長になってくださって良かったと」
「……!」
アルシェスタは目を丸くした。望まぬ委員長業だったが、どうやら平民の生徒の助けとなれていたらしい。
平民に分け隔てないのは当然と言えば当然かもしれない。アルシェスタが雇用している人員はほとんどが平民だ。
自分が無意識の部分で、誰かの助けになれているのはとても喜ばしいことだった。
「私は、別に……普通のことをしているだけです」
「貴族社会においては、普通でないと感じます。少なくとも、私に厳しい言葉を浴びせられる貴族の方の方が、キングレー嬢のような方よりも多かったです」
「ビオ様……そうですか。では、そのように評価してくださった皆に恥じないように振舞わなければなりませんね。何か困ったことがあれば、是非ともご相談ください」
「ありがとうございます。心強いです」
ビオとそんな話をしていると、遠くから声が聞こえてくる。
聞き慣れたその声は、アルシェスタを迎えに来る優しい兄のもの。
「シェス!」
「イルヴァン……では、ビオ様。こちらで失礼します」
「はい。また来週」
ビオに別れを告げ、イルヴァンの元へと歩いていく。彼に手を引かれて、歩き出した。
「生徒会に誘われたんだって? やっぱりシェスって優秀なんだな」
「どうしてか、マギアス公爵令嬢のお目に適ったそうです。不安はありますが、頑張ってみます」
「そっか。応援してるよ」
「イルヴァンの方の、用事は済んだんですか?」
イルヴァンは教師に頼まれごとをされたと言っていた。頼まれごとの内容はあまり分からないが、イルヴァンに頼むということは、肉体労働関連か、もしくは護衛関係か。
「ああ。ラヴァード王弟殿下が俺のクラスに編入されるから、ちょっとした護衛の真似事をしてほしいって騎士団長に頼まれてたんだ。教師からもラヴァード王弟殿下に学内を案内してほしいって頼まれたから、彼を連れて学内を一通り回ってたんだよ」
「そうでしたか。ふふ、確かに第三騎士団のイルヴァンには、あまり護衛の任は回って来ませんものね」
「俺たちは基本的に魔物を倒してるだけだからな。でも、王弟殿下はすごくいい人だったよ」
ラヴァード王弟――ジェフリー・フォン・ラヴァード。弱冠24歳で戴冠した現国王の、腹違いの弟だ。
西国、ラヴァード王国では先王が体を壊し、退位を余儀なくされ、まだ若い長子が王位を急遽継ぐこととなった。
アルシェスタは裏の社交界にも通じているので、そのあたりの事情に、王都の貴族よりも詳しい自信があった。
今のラヴァード王室は少しばかり混沌としていて、その筆頭がジェフリーの母である側室殿下だった。
北方の民族の侵攻を退けたさる子爵位のご令嬢を側室として王宮に召し上げ、子を成したのだが、その側室を召し上げる過程でいざこざがあり、正妃殿下はそれを良しとせず、側室を疎ましく思っていたそうだ。
その側室の子であるジェフリーをも疎ましく思う王太后の癇癪によって、ジェフリーの王室での立場はかなり危ういらしい。
そのため、婿入り先を探しに来たというもっぱらの噂だ。真偽は分からないが、王室に居られなくなったため、友好の証として隣国に婿入りするつもりである、というのが裏の社交界の主な意見だった。
「あちらの方はどうですか? あの……光属性の使い手が編入したという話は」
「ああ……えっと、隣のクラスだったかな。綺麗な子だって噂になってるよ。貴族のご令嬢たちは、孤児院の出であることをあまり好ましく思ってないみたいだけど」
「そうですか。第三学年から入学する、光属性の適性を持つ男爵家の娘というのは、なかなかに肩身が狭そうですが……」
「そうだな。でも、第二王子殿下が声を掛けたって聞いたよ。だから大丈夫じゃないかな」
逆に、ご令嬢方の嫉妬を買いそうだが――と、アルシェスタは言葉を飲み込んだ。
あの王弟が国内の貴族の顰蹙を買うことを避けようと、パトロンの偽装工作をしている表で、第二王子はのんきに声を掛けてしまったらしい。
第二王子は少しばかり真っすぐが過ぎる方だ。政治よりも戦が、腹芸よりも武芸が得意そうな方なのだ。
イルヴァンとは気が合うようだが、少しばかり政の黒い部分を飲み込ませるには純粋すぎるのかもしれない。
彼が多少表で大げさに動いても、男爵家への顰蹙を抑えるために、大公が四苦八苦しているのかもしれない、とアルシェスタは思った。
「お二方は特例として新入生歓迎パーティーへ参加されるそうですわ」
「そっか。じゃあ、たぶん俺も参加しろって言われるな」
「イルヴァンも?」
「ラヴァード王弟殿下の護衛を任されてるから。一応ね」
アルシェスタを含めた生徒会は、全員パーティーへ参加する。これは、挨拶や現場指揮のために必要な措置だ。
加えて、王族が在学中は学年に拘らずパーティーへ顔を出して、皆を労うのが彼の仕事であるので、ユーウェル第二王子も参加する。その護衛の任を承っている、魔術師局のエースもイルヴァン同様だろう。
そして、第三学年に編入となったジェフリーとリリーナも参加となる。これらが、上級生の参加状況、ということになる。
(主要人物全員集合って感じだな)
なかなかに騒がしいパーティーになりそうだ。アルシェスタはそう感じながら、イルヴァンと共に帰路へと着いた。
次の日の夜。アルシェスタがタウンハウスの執務室で、前年の収支や今年の市場の動向に関する資料等を眺めていると、エリーラが一通の手紙を持ってくる。
手紙はすでに封が開いていて、小さなメモが共に挟まっていた。先にメモを確認すると、それは大公からの指示書だった。
「手紙の返事も、僕が書いた方がいいって」
「かしこまりました。男性が好むような便箋を準備いたします」
「よろしく。まぁ、引き受けちゃったから、最後まで役目を果たすよ」
リリーナからの手紙には、無事に学院に入学できた旨、そして学院生活が楽しみな旨。
学業も貴族社会への順応も頑張るし、恋もしてみたいと思っている旨。それを読んで、アルシェスタはほっと息を吐き出した。
前向きなのはとても良いことだ。きっと今後、彼女にとっては苦しい出来事もあるだろう。
アルシェスタは指先で度の入っていない眼鏡を引き寄せて、それを掛けた。何となく、書類仕事を捗らせる為の儀式のようなものだった。視力が悪いわけでもないが、何となくこれがあった方が気合が入る――要するに、精神的な気合が入る儀式だ。
エリーラが持ってきた便箋から、金縁の入った便箋を選び取ると、彼女への返事を書き始めた。
この先の学院生活が、楽しめますようにと祈りながら。




