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藍より青く染まりて曰く  作者: ねるこ
第一部 第一学期篇 かくして不良娘は運命に巻き込まれていく
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02. 王立エルデシアン学院生徒会

 ホームルームが終わり、鐘が鳴る。

 授業はこの週末の休み明けからで、今日は諸注意や役職決めのみで解散となった。


 アルシェスタの受け取った召喚状には、一つのサロンの場所が示されていた。

 南東にある庭園へと向かえば、その中央に、赤いとんがり屋根の建物が一つ建っている。

 1階にサロン、2階に生徒会室が存在する、生徒会のための建物へと向かえば、侍女が頭を下げて待っていた。


 その隣では、真紅の薔薇(バラ)が優しく微笑んでいる。


「キングレー伯爵令嬢、アルシェスタ様でよろしくって?」

「はい。エルデシアンの真紅の薔薇、マギアス公爵令嬢にご挨拶申し上げます」

「よろしくってよ。わたくしはベルローズ・マギアス。今期の生徒会長を務めます。よろしくね」


 ベルローズ・マギアスは苛烈なほどの炎のような深紅の髪を腰まで伸ばし、ローズの瞳と呼ばれる色素の薄い赤色の美しい瞳を、睫毛で縁取っている。

 仮面舞踏会の際には仮面越しに彼女の姿を見るが、間違いなく本人である、と感じた。

 あの時感じた年相応の少女の顔はなく、真紅の女傑と呼ばれる威圧感と自信に満ちた様子で、背筋をぴしっと伸ばしていた。

 赤と青、静と動、アルシェスタとは真逆な容姿をしているベルローズは、アルシェスタの藍玉(アクアマリン)の瞳をまっすぐに見つめた。


「あなたに会えるのを楽しみにしていたの」

「……? 光栄です。マギアス様に知っていただけていたとは」

「ひとまず、挨拶は終わりよ。肩の力を抜いて、楽にしてくださるとうれしいわ」


 ベルローズはアルシェスタを促し、サロンの中へと入っていく。すると、そこにはすでに役者がそろっていた。

 円卓を囲んで、座るのはアルシェスタを含めて5人。上座に君臨するのはベルローズ。そして、その両脇を固めるのが、3年生の役員だった。


「では、まずは自己紹介を致しましょうか。クロスクロイツ卿」

「……はい」


 眼鏡をくい、と指先で持ち上げ、立ち上がったのは、利発そうな男子だ。

 細い体躯は、普段から体を動かす業務はあまりしていないかのよう。白い肌と細い腰もそれを示している。

 黒と紫の中間の髪色は、宵の時のような不思議な輝きを持っていた。金の瞳は、まさしく宵の空に浮かぶ月の色だった。

 鋭く細められた瞳は、人によっては恐ろしいという印象を抱かせる、どこか他人を信用していないような、そんなものに見えた。


「生徒会副会長を務めます、3-A所属、グウェン・クロスクロイツです。よろしくお願いいたします」


 淡々と、抑揚のない声音で告げられたのは最低限の自己紹介だった。

 エルデシアン王国現宰相、クロスクロイツ公爵の子息であるグウェン・クロスクロイツは、学業成績がベルローズに次いでの学年二位だった。

 本人がそれをどう思っているかは知らないが、小さな政の場とも呼ばれる学院において、彼が生徒会に席を置くのは自然なことだ。


「――エルデシアンの宵の秋桜(コスモス)、クロスクロイツ卿にご挨拶申し上げます」


 アルシェスタと、そしてもう一人の二年生の役員――ビオは、グウェンへと頭を下げる。

 彼はそれを確認すると、もう一度「よろしく」と言い、そのまま席へと腰を下ろした。

 続いて、ベルローズはサロモンを促すと、彼はその巨体をゆっくりと持ち上げ、朗らかな笑みを浮かべて自己紹介をする。


「生徒会会計を務めます、3-B所属、サロモン・バーンズです。昨年から引き続き会計の業務を行うので、分からないことがあれば何でも聞いてください。よろしくお願いします」


 花の色を含めた挨拶は事前に交わしているので、アルシェスタは今回は頭を下げるに留まった。

 ビオはというと、少し勝手が分からない様子で、アルシェスタに倣うように頭を下げていた。


「そしてわたくしが生徒会長の、ベルローズ・マギアスです。此度、二年生から生徒会に任命する枠は、わたくしの一存で決めさせていただきました。お二方には負担をかけるかと思いますが、よろしくお願いいたしますね」


 ベルローズは、咲き誇る赤い薔薇のような笑顔を浮かべて、丁寧にお辞儀をした。

 やはり、大物ぞろいの生徒会。アルシェスタは、心中の微かな動揺を悟られないように、穏やかな海のような笑みを浮かべた。


「では、二年生の役員のお二方も、自己紹介をしてくださるかしら。まずは、キングレー嬢から」

「はい。キングレー伯爵家長女、アルシェスタ・キングレーでございます。未熟者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」

「キングレー伯爵領と言えば、南東の娯楽都市ですね」


 アルシェスタの出身を聞くと、グウェンの月色の瞳に静かに興味の色が差す。


「はい。海に面した我が領地では、観光・興行に力を入れ、国一番の娯楽の都として、国民の皆様の日常に彩を添えさせていただいております」

「いや、お会いできて光栄です、キングレー嬢。商人として、あれほどの経済効果を上げているキングレー伯爵領には、以前より並々ならぬ興味を持っておりました」

「まぁ。光栄です、バーンズ卿。私も、大商人と呼ばれるバーンズ伯爵の一番弟子にお会いできて、たいへんうれしゅうございます」


 サロモンは満足そうに微笑み、うんうん、と軽く頷いた。

 貴族社会において娯楽はまだ一定数の偏見にさらされ、よく思わない人間もいるが、国の財政に目を向けている者――次期王子妃、宰相候補、大商人の子にとっては、キングレー伯爵領の収支は無視ができないほどに巨大な影響力を持つものだ。

 国有数の大富豪の娘とあっては、縁を繋いでおいて損はない。3人の反応から、そんな印象を感じ取ったアルシェスタは、淑女の仮面を付けてゆっくりと微笑む。


「今期においては、生徒会の書記の任を賜ると聞いております。よろしくお願いいたします」


 そう告げて一度お辞儀をして、椅子へと腰かける。ベルローズはこくりと頷くと、続いてビオに目を向けた。


「では、ビオ様。よろしくお願いいたします」

「……はい。ビオと申します。生徒会庶務の任を賜ると聞いております。よろしくお願いいたします」

「ん……苗字を持たない、ということは平民か」


 ビオという青年は、やや小柄な体躯をした、精悍な印象のある男だった。

 ありふれた金色の髪、平凡な薄茶色の瞳。ぱっとしない印象からは、優れたところなど見て取れない。

 しかし、アルシェスタの学年では、彼はある意味で有名人だった。平民の身でありながら、貴族教育を受けた貴族の子女よりも成績がいい、ということで、平民の星として持ち上げられているのがこのビオだった。

 期末考査の平均順位は、学年2位。時により、1位だったり3位だったりをとっているが、アルシェスタと同じように3位以内のどこかに収まっている、という形だ。

 これは王立学院の歴史を紐解いても異例のものだ。通常、貴族が幼少期から受けている高等教育は水準が高く、それ故に貴族の出の者は、優れた知識・技術を持つ者が多い。

 王立学院は平民も数多く通っているが、ほとんどの平民は中位~下位クラスに固まっており、上位クラスにいる平民は、特待生を含めてクラスにほんの2~3人ほどである。


 ビオはそんな常識を覆し、ふんぞり返る貴族たちを自分の力で下し、成績優秀者に名を連ねている。アルシェスタは、彼のことを好ましく思っていた。


「……平民の出ですが、祖母は伯爵家の出で、父は男爵家の三男です」

「それは……なるほど。珍しくはない出自ですね」

「彼の祖母はアインズ公爵家の前公爵夫人と姉妹関係にあるそうですよ」


 平民の中でも、貴族社会に食い込んでくる人間は、たいてい貴族の血を持っている。

 尊い血を大切にする貴族たちにとって、平民は見下す対象ではあるのだが、こういったルーツを知っていないと恥をかくことになる。

 ベルローズは勤勉なのだと、アルシェスタは感じた。


「しかし、会長。思い切ったことをしましたね。貴族と血が近しいとはいえ、平民を生徒会に選抜するとは」

「わたくしの代で、慣例を覆してみたいと思ったのです。平民であっても優秀な者を取り立てて役職を与えたという前例があれば、後の世で生徒会の幅が広がるかもしれません」


 ビオの背が、微かに伸びる。彼は淡々としていて物静かだが、高位貴族に囲まれると、やはり気が気ではなさそうだ。


「ビオ様には苦労を強いると思いますが、務めを果たしてください。無用な露払いはわたくしが行ないます」

「……お選びいただき、たいへん光栄です。よろしくお願いいたします」


 ビオは、耐えられないと言わんばかりに頭をゆっくりと下げると、そのまま崩れ落ちるように椅子へと腰を下ろした。この3人の圧を前にして、よく正気を保ったものだ、とアルシェスタは彼に感心を抱く。


「今期の生徒会は、以上の五名での運営となります。生徒会の主な業務は、学内行事の取り仕切り及び運営補佐、それと課外活動費の予算分配です。また、生徒からの陳情を集め、学習環境の改善を行なうなど、多岐にわたります」

「夏季までに生徒会が携わる学内行事を共有します。メモを取りなさい」


 グウェンが手帳を開き、すらすらと予定を告げる。アルシェスタとビオは同じように手帳を広げて、書き込んでいく。


「まず、新緑の節に新入生歓迎パーティー、花衣の節に剣術闘技会、梅雨の節に創立記念パーティー、そして初夏の節に一大イベントである魔術競技会があります」


 新入生歓迎パーティーは、その名の通り新入生を迎え入れ、簡単な催しを持って持て成す会だ。大ホールを使って開かれる小さな夜会は、庶民が貴族階級の社交パーティーを経験する貴重な機会でもある。

 剣術闘技会は有志参加の闘技会で、学年ごとに剣に覚えのある者がトーナメント形式で戦い、優勝者を決める。イルヴァンは二年連続で優勝している。

 創立記念パーティーは、ドレスコード有・参加任意の貴族子女向けのイベントだ。貴族たちの寄付をもとに作られたこの学院からの還元とでも言うべきだろうか。学生限定の社交パーティーという表現で問題がない。

 魔術競技会は学院全体規模の催しで、三人一組(スリーマンセル)のチームを組んで参加する。自由参加だが、これに出ると学業単位が少し多く貰えるため、成績の挽回等の手段にも使用できる。強いチームを組むための社交術、個人ごとの魔術の素養、そしてチームの連携力すべてが揃わなければ優勝できない。

 夏季までにもこれだけのイベントがある。早くも眩暈がしそうだ。


「まず、我々がすべきは新入生歓迎会の業務です。貴族階級の生徒はタキシードやドレスを身に纏うのでドレスコードを簡易にですが決めます。平民の生徒は制服での参加がほとんどとなります。主に立食での食事と社交が中心のパーティーとなりますので、そのように。今回の催しに関してはひな型はすべてこちらの3人で決定し、各業者に手配を済ませています。お二方はこの3人の補佐をして、生徒会の業務の感覚を掴んでください」


 そしてそこまで言うと、グウェンは思い出したかのように、そういえば、と告げる。


「確か、学院長はこの度第三学年に編入したラヴァード王弟殿下と、光属性の魔術師であるシルファス男爵令嬢にも参加していただくと仰っていましたね。諸注意としてはそれくらいでしょうか」


 アルシェスタはその話を聞いて、ぼんやりとリリーナは大丈夫だろうか、と思いを馳せる。

 しかしその横で、ベルローズが少しだけ顔色を悪くして、手をぎゅっと握っていたことに、アルシェスタは気づかなかった。

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