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絶対にモテない男 ~愛と金編~

作者: 安藤ナツ

 利人が友達と恋バナすると言うので、持ち前の野次馬根性を発揮した私は図々しく男子会(参加人数二人)に急遽飛び入りで参加することにした。嫌がられると思ったが、意外なことにご友人は私を歓迎して、コーヒーまで奢ってくれた。

 どうやら恋バナと言うか恋愛相談だったらしく、女性の意見も欲しかったらしい。

 だが、私は最初の相談を彼から聞いた瞬間、激しい後悔に襲われた。


「なあ。利人、千恵ちゃん。結局の所、女の子のホテルに行くには何円位のデート費用が必要なんだ?」


 彼が口にしたのは、最悪の質問だった。


「よし。コーヒーご馳走様。明日のデートは頑張れよ。陰ながら応援している」


 普段であれば、訊ねなくても勝手に説明してくれるあの自由ヶ丘利人が、全ての回答を諦めて帰ろうとしている。天変地異の前触れにも思える事態であるが、今回ばかりは異常である事が頼もしい。

 ここまで利人と心が通い合ったことがあっただろうか? いや。普通にあったでしょ。

 帰りたい気持ちMAXだが、私はまだケーキ(奢り)を食べていない。私は立ち上がろうとする利人の腕を掴み座るように促すと、『時間を持たせろ』と言う意味を込めて顎で友人を指した。

 

「はあ。女の子とホテルに行きたいなら、そう言うお店に行けとしか言えないんだが?」


 私がケーキを食べる時間を稼ぐために、利人は嫌々に男子会を続行する為に口を開いた。

 しかも、意外なことに至極真っ当で常識的なアドバイスだった。


「いや。俺は別にタダでセックスしたいわけじゃあないんだ。今のは質問が悪かったな。要するに、世間一般的なデート費用が知りたいんだよ。初めてのデートって幾らくらいが適正なんだ?」

「いや、それも普通に最低な質問だと思うぞ」


 面倒くさそうに利人はそう断言すると、お冷を一口だけのんだ。


「ええ!? 何でだ?」

「何でも何も、常識的に?」


 まさか利人が常識を口にするなんて。


「例えばだ。今回の相談。お前は報酬に現金じゃなくて、コーヒーを奢ることにしただろう? それはどうしてだ?」

「どうしてって、弁護士相手でもないのに相談するのに現金払う日本人が存在するか?」


 友人の言葉に、私は内心で頷く。

 確かに、そんな奴はいない。

 こいつにも最低限度の常識はあるらしい。


「だろうな。相談料って言って一〇〇〇円渡されたら好い気はしなかっただろう。だが、これは論理的な行動とは思えない。コーヒーセットの料金は一〇〇〇円を超えている。一〇〇〇円と言う値段が適正なら、別に現金でも問題ないはずだろ?」

「ああ。そうかもなんだけど、え? これ、相談に関係ある話?」

「聞け。人間は幾つもの判断基準を持っている。その代表が経済的な判断基準と、道徳的な判断基準だ。俺がクソしょうもない相談に付き合っているのは、お前が友達だからだ。つまり、道徳的に判断して、相談に乗ることに決めたんだ」

「う、うん」

「友達だから親身にお前の話を聞くし、アホな質問にもこうやって応えてやる。お前も道徳的な信頼を俺に感じているから、報酬として金銭ではなく奢りと言う形を選んだ。信頼関係を金銭に変えることは、どんな文化でもタブーとして扱われる」

「いや。俺はそこまで考えていないんだけど」

「いやいや。社会で暮らす以上、自然と判断しているはずだ。金で買えないものはないが、金で買ってはいけないものがある。常識だろう?」


 こいつ、ナチュラルに『金で買えないものはない』って断言しやがったぞ。


「もし今回の相談の支払いが金銭だったら、俺は友情を金に代えられたと感じていたはずだ。きっと、相談に乗ることもなく、悲しくなって千恵に慰めてもらってただろうな」


 あ。ブルーベリー苦手だから利人にあげよ。


「はい、利人、あーん」

「あーん。むぐ」

「おい。俺の前でいちゃつくな」

「さて。本題だ。今の話をデートに応用してみよう」

「頼む」

「お前のデート相手は、お前と楽しく遊ぶために今日、美容院に行ったかもしれない。服を新調したかもしれなしい、デートプランを考えているかもしれないし、何か面白い数学の雑学を仕込んでいるかもしれない」


 デートの為に数学書を読むのは利人くらいだと思うんだけど。


「お前は、そう言った彼女の努力を金で買おうとしている。『今日のデートに二万円使ったんだけど、ホテルに行かない?』ってな。『私は娼婦じゃあない』と切れるだろうな」

「いや。別にわざわざ口には出さねーよ。それくらいの分別はある」


 分別が最低過ぎる。


「言う、言わないの話じゃあない。お前は“彼女”の採算度外視の行為を、経済的な基準で判断する人間と言うのが問題なんだ。お前は人間関係で一々頭の中で算盤を弾くか? 金額の多寡で友達や恋人を判断するか? 遊ぶのはお前にとって経済活動か? 彼女に使った金額をメモにとって、『もう君に十五万円も投資したんだ』とホテルの前で報告するのが、お前の望む交際関係か?」


 利人の言葉に、友人は力なく首を横に振った。


「違うんだろ? 真っ当な男女交際……と言うか男女の信頼関係を構築したいなら『相手に何円使った』なんて考えは邪魔だ。彼女が欲しいなら、道徳的な面での利益、つまりは楽しむことを第一に考えろ。お前だって嫌だろ? デートが終わった瞬間に昨日の美容院代を請求されたら」

「絶対に嫌だ」

「信頼で成り立つ道徳的な社会関係と、金銭で成り立つ経済的な社会関係を一緒に考えると痛い目を見る。勿論、二つは隣り合って同時に存在する。だが、やっぱり別物なんだ。信頼を金で買って成功した人間はきっといないだろうな」

「そうだな。そうだよな。俺が間違ってた」


 ケーキを食べ終えると同時、利人の友達は考えを改にしたようだった。

 利人の話は回りくど過ぎる気もするが、なんだか友達は凄く納得した様子だ。男の子同士の会話ってこんなものなのだろうか? 女子とは会話の質が違い過ぎて、なんか新鮮と言うか、ちょっと困惑と言うか。 

 今の質問を女子会で取り上げるとしたら、罵詈雑言の嵐の上で何も解決策なんて出なかっただろう。

 或いは、『女心がわかってない』の一言で終了だ。

 こんな馬鹿馬鹿しい質問に付き合ってあげるなんて、利人の懐の広さを見直さないといけないかもしれない。


「思い返せば、ウディ・アレンも言ってたもんな」

「映画監督だったか? 何作品かは知っているが、どんな金言だ? 教えてくれ」

「『最高のセックスは、無料のセックスだ』」


 最低だよ。

 ドヤ顔を決める友人を前に、利人は無言で席を立った。

 こんな奴をどう信頼すれば良いんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 利人君友達いたのね。 [一言] 類は友を呼ぶ類いの人間性かな?
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