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選択と価値

作者: 理不尽な猫

高校の部活で書いた短編小説です。

拙い所が多いですが興味があればぜひ。


あとプラネテスというアニメの24話のパロディ(ほぼ丸パクリ)なのでこんなの読むならプラネテスを見ましょう。

「私なんて生きる価値の無い人間なんです」


 その時頭に浮かんだのは助けることでも見捨てることでもなく、そんな彼女の言葉だった。


 山内健介は墜落の衝撃から目を覚ました。

 山内はまだぼんやりする頭で非常用電源に切り替わった明かりを頼りに状況を確認する。


 とりあえず五体満足なことに安堵するも船内にあるほとんどの設備が動かなくなっていた。特に空調機が動かないのはまずい。生命線がブッツリと切られた様なものだ。

 このままでは宇宙服に取り付けてある酸素が無くなれば終わりだ。


「天野、聞こえるか? 応答しろ、天野透子」


  船内無線でもう一人のパイロットである天野透子に通話を試みるも、スピーカーからは何も聞こえてこない。


「いったい何が起きたんだ?」


  山内はフラつきながらも船外に繋がる区画に移動しようと、ハッチの横にあるパネルに触れるも何も起こらない。


「こんな所もやられたのか」


  手動用のハンドルを回しハッチを開ける、外に続くハッチでもハンドルを使う。こっちはやや重い。

  そして山内の意識は一面に広がる砂の海を見て完全に覚醒した。


「……そうか、俺たちは月に落ちたのか」


  ナイトウォッチ||夜を視る者は拳銃型の船体を月に叩きつけたかの様に歪め、特に底の部分を大きく損傷していた。



  およそ十五分前。

  山内達の乗るナイトウォッチは月面探査に繰り出されていた。


  二千六十年頃から先進国各国は宇宙開発に乗り出し、今や月面には日本やアメリカ、ロシアなどの基地が建てられており月の領土問題にまで発展しようとしていた。


  ナイトウォッチは月を調査するために作られた二人乗りの宇宙船で、拳銃の様な形で銃口と底の部分に操縦席がある。

  山内は銃口の部分で操縦、天野が底の部分で周辺の確認を担当していた。


  そして、エンジンにデブリが直撃した。

  デブリ、つまりは宇宙ゴミは月面開発が始まった当初から問題となっており、わずか数センチのネジですら宇宙空間では凶器となりうるのだった。


 デブリは減るどころか人工衛星の廃棄やロケットの切り離しなどで増える一方で、山内達の様に事故に遭う者も少なくなかった。


  そして山内達は操縦不能に陥り、月面に不時着した。



「おい、しっかりしろ天野!」


  ひしゃげたハッチをこじ開け、なんとか天野を引っ張り出すことには成功したものの、彼女はまだ目を覚ましていなかった。


「目を覚ませ! 天野!」


 もう一度呼びかけると天野はゆっくりと目を開いた。


「せ、先輩?」

「よかった、気がついたか」

「痛っ!」

「無理に動かすな、両足が折れてるんだ。とりあえず痛み止めは打ったが安静しておけ」


  天野はなんとか山内の腕の中から起き上がると、何が起きたのか分からないと言った様子で辺りを見回した。


「先輩、ここは?」

「どうやら俺達は月面に不時着したらしい。幸いにも夜側だから放射線にやられることはない」

「ふ、不時着ってそれじゃあ船は?」

「見ての通りだ、動くどころかほとんど使い物にならん」


  天野は潰れたナイトウォッチを見ると、顔がどんどん青くなっていく。


「ど、どうするんですか⁉︎ 私達はこれからどうすれば!」

「端末から救助信号は出しているが出力が弱い。歩いて近場にある基地に救助してもらう方が現実的だ」


 山内は宇宙服に備え付けてある端末を持ちながら言う。


「歩くって、何キロぐらいなんですか?」

「北に五十キロ行ったところにロシア基地がある。そこに向かおう」

「そ、そんな五十キロだなんて、そんな長い距離。それに私は足が動かないんですよ!」

「大丈夫だ、俺が背負って行く。ここは月面だぞ、十分歩けるさ」

「そんな……」


  天野はしばらく俯いていると意を決した様に顔を上げた。


「……先輩だけで行ってください、その方が助かる確率が高いです。無事に着いたら救助を呼んでください、それで私は大丈夫ですから」


  山内は遠くに光る星を見つめながらゆっくりと話す。


「それは俺も考えたよ。二人で五十キロか一人で行って救助を呼んで百キロか。……でも酸素が保たないだろう」

「それは……出来るだけ消費を抑えれば」

「いいや無理だ。ボンベの中にある量じゃ最大で十時間ほどしか保たない」

「でも……」

「いいから怪我人は黙って背負われておけ」


  山内はしゃがむと天野に向かって背中を差し出した。


「……すみません、先輩」


  天野は山内に覆いかぶさる様に身を任せると、山内は天野を背負い砂の海を歩き出した。




 ただただ何もない月面を歩いて行く。

 振り向いても先を見ても、あるるのは彼方に光る星だけで道のりは永遠の様に感じられた。


「……先輩後どれくらいなんですか?」

「あと……四十キロぐらいだな」


  山内は宇宙服に備え付けられている端末で地図を見ながら答える。


「まだ十キロしか進んでないんですね……」

「大丈夫だ、このペースで進めばなんとか間に合う」


 山内達は無言で進んで行く。

 月面には多数のクレーターがあるため上り下りが激しく、その度に山内は足に疲労を感じていた。


「重たくないですか、先輩?」

「大丈夫って、言っただろ。ここの重力は地球の六分の一なんだから」


  そう山内は答えるも、無線からも彼の呼吸の音が少しずつ大きくなっているのがわかった。


「……やっぱり私を置いて行ってください。このままじゃ共倒れです」


 山内は答えない。


「元はと言えば私のせいなんです、デブリの感知は私の担当だから。私の責任なのに先輩を巻き込むどころか助けてもらって。……私なんて生きる価値の無い人間なんです」


  山内は大きく息を吐くと歩くスピードを緩める。


「天野、お前は優秀だが悲観的な所は直すべきだな。それにお前がデブリを感知出来なかったのは、タイミングの悪いフレアのせいでセンサーがまともに動かなかったからだ。天野は悪く無い」


  フレア、いわゆる太陽面爆発は電波障害を起こし、船内の電子装置を停止させた。そのことがデブリの発見を遅らせたのだ。


「それぐらいわかるだろ。それに価値の無い人間もいない」


  山内は宇宙服のポケットからペンダントの十字架を取り出した。


「……十字架?」

「そうだ、信じさえすれば神は救いを与えてくださる。信じることから始めるんだ」

 山内は十字架を左手に巻く様にして持つ。

「先輩が有神論者だったなんて知りませんでしたよ。でも、この科学万能の時代に神なんていませんよ」

「月にはいるかもしれないだろ、だから諦めるな」

「……はい」


 天野は短く返事をすると口を閉じた。



 墜落地点からおよそ二十キロ、山内は四時間歩き続けていた。


「はぁ、はぁ」


  後何キロなのかいつまで酸素が保つのか、そんなことばかりが山内の頭をよぎる。

(考えるな、足を止めるな。足元だけを見て進め、前を向いたら進めなくなる)

  山内の前には無限の宇宙が広がっていた。やはり星以外に何も無かった。


 もしそれを見てしまったならば、山内は絶望に足を取られ進めなくなってしまうだろう。

  ふと、山内はクレーターのくぼみを下っている時に、天野が何時間も話していないことに気がついた。


「天野……?」


 応答せずに目を閉じている天野を見て、山内の背中に冷や汗が流れたが、無線から微かな吐息が聞こえ緊張が解ける。

 おそらく、薬の副作用か傷のせいで眠っているのだろう。呼吸は安定していた。


 山内の体から力が抜けたその時、まるで一瞬の隙を狙ったかの様に山内は斜面に足を取られた。

 山内達は砂埃を上げながら、濁流に飲み込まれたかの様にただただ転がっていく。

 クレーターの底でようやく止まる、そのまま山内は宇宙を見上げた。

 地球があった。灰色の月とは違い、青や緑などの命の色をした山内達の故郷がそこにはあった。


「はぁ、はぁ」


 山内はゆっくりと力を込めて立ち上がる。

「こんなところで……こんな、故郷から何十万キロも離れた場所で」

  眠ったままの天野を山内は担ぎ、一歩踏み出す。

「っんな場所で死ねるかよ‼︎」

 低い重力を活かして山内は一歩一歩を飛ぶ様に走る。

 軋む足を無視してがむしゃらに進む。山内は逃げる様に走り続けた。




 歩き続けておよそ六時間、山内達は六十キロほど進んでいた。

 しかし、山内はもう心身ともに限界だった。


 もう何百メートルも前から足跡が二本の線になっていた。

 山内は何かに引きずられているかの様に、前のめりになって進む。だが、それにも限界がきた。


 山内は前に倒れ、天野も一緒に地面に放り出される。天野は傷が痛むのか顔を歪めるも、まだ目を覚ましてはいなかった。


「……はぁ……はぁ」


  先ほど見た地球を山内は思い出していた。心の内から湧いてくる思いを手に込めて体を起こす、次に足に込め、なんとか立ち上がり前を見る。

 前を見てしまう。


  灰色の地平線を、その先に続く無限の宇宙を山内は見てしまった。


  何もない、あれだけ歩いたはずなのに基地は一向に見えてこない。後何キロ歩けばいいのか、方向が間違っているのか、救助はなぜ来ないのか、本当に基地はあるのか。山内の頭は疑問で埋め尽くされる。


  山内は膝から崩れ落ちた、もうどこにも力は残っていなかった。

 倒れ伏した山内は諦めて目を閉じた。


 ピィーーー。


 端末が赤く光り、電子音が山内のヘルメットの中に響く。

「な、なんだ?」

  山内は端末を取り出す。

「そ、そんな! 酸素が、あと五分⁉︎ 予定より早いじゃないか!」

 端末はピッ、ピッ、ピッと点滅を繰り返し山内の命を削る。


「い、いやだ……嫌だ、嫌だ、いやだいやだいやだ‼︎ 俺はまだ死にたくない! 俺にはまだやりたいことがあるんだ‼︎」


  山内は子供の癇癪の様に手を振り回し、地面を叩き砂を巻き上げる。


「く、空気、酸素が、まだ何十キロもあるのに! 誰か! 助けてくれ‼︎ 俺たちを……」


  山内の目に倒れたままの天野の姿が映る。

 あと三分。


 山内は這う様に進み天野の傍に膝立ちで立つ。

 天野のボンベには歩き続けた山内とは違い、まだ十分な酸素が残っていた。


 山内は左手を見る、だがそこには何も無かった。

 転がり落ちた時に、十字架を無くしていたことに山内は気づいていなかった。


 その手にはもう縋るもの、信じるものは無かった。

 あと一分、電子音を止まらずに命を削り続ける。

 背中のボタンを押すと簡単にボンベの固定は外れる。


「私なんて生きる価値の無い人間なんです」


 その時、山内の頭に浮かんだのは助けることでも見捨てることでもなく、そんな天野の言葉だった。

「生きる……価値」


  山内の頭に走馬灯の如く、天野との会話が蘇る。

「先輩だけで行ってください、そっちの方が助かる確率が高いです」


「だから諦めるな」


「元はと言えば私のせいなんです」


「神なんていませんよ」


「信じさえすれ神は救いを与えてくださる」


 残り三十秒。


「そうだ、これが救いだ」

 これこそが神を信じた俺への救なのではないか、山内の頭は一瞬でそんな考えに埋め尽くされた。


「はぁ、はぁ」

 山内は肩で息をしながら、天野の顔とボンベを見比べる。

 そして、ボンベに手を伸ばす。

  あと五秒。


「これがあれば、たすか

 ピィーーーーーーーーーーーー
















































「おはようございます、山内さん。今日もリハビリ頑張ってますね」

「おはようございます、先生。ええ、早く歩けるようになりたいですからね」


 山内の担当医である葉山先生はうんうんと頷いていた。

「このペースで続ければ、数ヶ月後には松葉杖無しでも動けるようになりますよ」

「なら、このまま頑張ります」

「ええ、頑張ってください」


 そう言うと葉山先生は廊下を歩いて行った。

 月に墜落してから一ヶ月。山内は地球の病院に入院していた。

 山内の酸素が切れたおよそ一分後、ロシア基地から救助が来た。


 二人は基地で応急処置を受け、意識が戻った後に地球できちんとした手術を受けた。

 特に山内は見つかった時、数分間無酸素状態だったため左足に麻痺が残った。早急な手術が必要だったのだ。


 あの時、山内は天野のボンベを取らなかった。

 救助隊によると山内の手は強く握られていたそうだ。

 天野は両足の骨折だけだったので先日無事に退院した。


 今は山内のお見舞いに病院に来ている。


「おはようございます、先輩」

「おう、おはよう。天野」


  病室で寝ていた山内は体を起こす。

「別に、寝たままでもよかったんですよ」

  天野は椅子に座りながら、持って来たりんごを剥き始める。


「平気だ、このぐらい。天野こそ、もう足は大丈夫なのか?」

「それを言うなら先輩の方ですよ、どうなんですか?」

「ああ、数ヶ月リハビリを続ければ動くそうだ」

「それならよかったです」

「……なぁ天野。怒ってないのか、聞いているだろあのことは」

  天野がりんごを剥いていた手を止める。


「ええ、いろいろ事情を聞かれた時に聞きました。でも、私も同じ立場ならそうしていたと思います」

「……本当に?」

「むしろ私だったら、本当に取っていたと思います。それどころか先輩を置いて一人で基地にむかっていたかもしれません」


  天野はまたりんごを剥き始める。

「そうですあの時、先輩が私を背負ってくれなければ今頃、月で死んでいますよ。そして諦めそうな私を置いて行かないでくれて、本当にありがとうございました」

  天野は丁寧に腰を折って感謝を伝える。


「顔を上げてくれ、俺は感謝されるようなことなんて」

「いいえ、感謝されるべきことです。確かに先輩は私のボンベのロックを外しました、でも取らなかった。先輩が自分で選んで取らないことを決めたんです。立派なことです、先輩は自分の選択を誇ってもいいと思います」


  天野は微笑みながら話を続ける。

「だから私は先輩に感謝する理由ありますけど、怒る理由なんて一つもないですよ」

「そうか……ありがとう、天野」

「ほら、先輩。りんごを剥いたんで一緒に食べましょうよ」


  丸い皿にはうさぎ型のりんごが並べられていた。


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