絶望
急に王子に興味を示した俺を、両親は王への謁見の供にまた王城に連れてきた。行きの馬車の中でどんな話をしようか、どんな遊びに誘おうか父親である公爵に相談する。
俺の言動に満足そうな彼らを置いていく勢いで薔薇園に走り、白い影を探す。ぐるぐると垣根を回る。
見つけた。不器用ながらも赤い薔薇の棘をひとつずつ白い指で取って、赤いドレスの少女に差し出そうとしている。
当たり前のことに気がついてしまった。ジョシュアは王子なのだから当然のごとく婚約者がいる。彼女の名前はアンゼリカ、古い名門貴族の娘。確か3才歳上だ。
「いらないわ、そんなもの。だって茎が折れているもの」
気が強く背も高い彼女の一瞥に涙目になるジョシュア。わかりやすい、ものすごくわかりやすい。ジョシュアは片想いをしている、婚約者なんかに。
「あら、ケネフ。あなたも大変ね」
アンゼリカはそう言って俺に微笑みかけるとジョシュアは初めて俺の存在に気がついたようだ。力なく、ぎこちなく、笑顔のようなものを見せる。なんてか弱い。胸の鼓動が速くなる音を聞く。
「あなたほどでは。王子、また探してきましょう。諦めてはなりません」
夏の花が咲くように顔を綻ばせるとジョシュアは頷いて歩きだした。甲斐甲斐しく後に続く。呆れた声を出すアンゼリカ。
美しい薔薇を探そう。真っ赤な薔薇を。それを今度は俺が棘を綺麗に抜いてやって、彼女に渡させるんだ。
息を弾ませたジョシュアから真っ赤な薔薇を受け取ったアンゼリカは俺を見ている。あなたの細工なんてお見通しよと言わんばかりの視線。
好きなものは必ず手に入れたい。手元に置いて可愛がりたい。俺だけのものにしたい。
ジョシュアは俺のものにすると決めた。彼が恋しているとしても結婚は貴族の義務でも。
だから奪う。ジョシュアからアンゼリカを。彼の恋を叩き潰す。
彼女が俺の名を覚えていた、そのことを勝機と信じて。