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「よお。話があるんだけどいいかな」
エレベーターから降りると部屋の前に蓮が立っていた。
海外出張から帰っていることは知っていたけど全く連絡がこなかったのでてっきりまた出張にでも行っているのかと思っていた。
蓮を部屋に入れるのは嫌だけど引っ越そうとしていることとか話さないといけない事は沢山ある。
「蓮の部屋でならいいけど」
「ああ。じゃあ俺の部屋で」
蓮の部屋は住んでいるとは思えないほど綺麗だ。海外出張からここへ帰ってはこなかったのかもしれない。もしかして恋人の部屋にいたとか……。これだけの男に恋人がいないわけがない。どうしてか蓮にユカ以外の恋人がいると思った事がなかったけど高校時代だってセフレは沢山いたのだ。それより少し進んだ存在がいてもおかしくない。
わたしには関係ない事だけどなんかモヤモヤする。
「コーヒー入れるからそこに座ってて」
ソファに座って待っていると本当にコーヒーを運んできた。蓮はコーヒーを入れることも出来るようになっていた。もう昔の蓮とは違うんだ。わたしが知っていた蓮とは変わったのか。
「どうぞ」
「ありがとう」
コーヒーは入れ方が良いのか豆が良いのかとても美味しかった。
心が落ち着く味だ。ホッとした。
「あのさ俺は菜摘に言ってなかったことがあるんだ」
「言ってなかったこと?」
「ああ、十年前の事故のことだ。俺は車の外に投げ出されていた菜摘を見て間違った判断をしてしまった。菜摘を呼ぶと目が開いたから俺と同じで大丈夫なんだって思って車に閉じ込められていたユカを助けに行ってそのまま救急車に乗って菜摘を置き去りにした。菜摘がよその病院に運ばれて死にそうになっている事が分かった時目の前が真っ暗になった。あの時、置き去りにして本当にすまない」
蓮が頭を下げて謝っていいる。わたしはそれを不思議な気分で眺めていた。蓮は病院で同じように「ごめん」って謝ったのになぜまた頭を下げているのだろう。
あれは仕方のない事だった。蓮はユカが大事で心配だったのだからわたしのことを置き去りにしてしまったのも無理のないこと。
「あれは事故だったの。それにユカが一番だった蓮がユカを優先したのは当たり前だって分かってる。そんな風に頭を下げないで」
蓮はわたしの言葉で頭を上げたけど情けない表情になっている。
「ユカが一番って……確かにそういうとこあったかもしれないけど、あの時はもう菜摘の方が大事だった。受験が終わったら玲子さんに恋人として紹介するつもりだったし、内緒にしてたユカにも話そうと思っていた」
え? それはない。だってそんなそぶり全くなかった。それに二人で卒業旅行に行ったって聞いてるし。そう言えば二人には恋愛感情がないって言ってたけど卒業旅行ってなんだったんだろう。
「卒業旅行…」
「卒業旅行?」
「わたしが意識を取り戻した時、蓮とユカがなんで会いに来てくれないんだろうって思ってたの。まさか二人とも怪我してたのかと思って怖かった。でも二人で卒業旅行に行ってるって聞いてショックだった」
わたしはあの時のことを思い出してうな垂れた。
「待てよ。俺は卒業旅行なんて行ってないぞ。いったい誰に聞いたんだ?」
「でも意識が戻ってもなかなか会いに来てくれなかったよね。看護師さんたちもユカと蓮はお似合いだって話してたよ」
「いや、本当に卒業旅行なんて……あっそうか。あー、俺とユカは確かにアメリカに行ったよ」
やっぱり二人で旅行に行ってたんだ。どうしてそんな大事なこと忘れてるかな。
「やっぱり」
「でもそれは卒業旅行とかじゃないしホテルだって部屋は別々だったから。あれは菜摘の医療施設の手続きと退院してからの住むところの手配とか、そういう事のための旅行だったんだ。俺はお前と離れたくなくて一緒に行くために近くの大学に留学する手続きの準備もあった」
蓮の話はびっくりすることばかりだった。わたしが卒業旅行だと勘違いしていただけで彼らはわたしのために、意識が戻るかどうかも分かっていないのにアメリカで準備をしてくれていた。それにわたしと一緒にアメリカにくるつもりだったなんて信じられない。
蓮はこんな事で嘘をつくような人ではないけど、でも彼は結局アメリカには一緒に来てはいない。何が何だか分からなくなって来た。




