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わたしはその時窓の外を意味もなく眺めていた。
センター試験だというのに幼馴染みの相田ユカは相変わらず寝坊をした。わたしたちを待たせているというのにしっかりと髪をセットしているのは流石だなと思った。女子力がわたしとは全く違う。
この車は急遽、同じ幼馴染みの朝比奈蓮が用意した。とても試験会場まで間に合いそうになかったからだ。いつもの事とはいえご苦労な事だ。
わたし、西條菜摘は幼い頃からのこの関係に大学入学を機会に終止符をうちたいと考えている。
「なっちゃんはどこの大学にしたの?」
「成績次第ね」
「なっちゃんなら何処にでも入れるさ」
ユカは何度もわたしの進学する大学を尋ねてくるが蓮は一度も尋ねて来ない。興味がないのだろう。ユカには何度もどこの大学にするか確認している姿を目撃している。そう蓮はユカが大好きなのだ。隠していてもわたしには分かる。
そんな蓮と関係を持つようになったのは何が原因だったのかよくわからない。蓮にはセフレが何人かいるのは知っていたが、自分がその一人になるなんて夢にも思ってもいなかった。なぜならわたしは彼の好みとは真逆だと知っていたから。
蓮のセフレは女子力が高くスレンダーな身体をしていて、どこかユカに似ている女性ばかりだった。
わたしは肉付きが良く胸も大きい。腰も安産型でどれだけダイエットしても蓮の好きな体型にはなれなかった。
終わった後、蓮は「ユカには言うなよ」と一言だけ呟いた。わたしは泣きたくなくてただ頷いた。
半年前から昨日まで続いた関係もそろそろ終わりに近付いている気がする。
最近ユカが蓮を意識するようになったからだ。蓮もそれに気付いている。昨日、蓮の従兄弟のマンションでいつものように過ごした。センター試験の前の日に余裕だなと彼の従兄弟に嫌味を言われた。蓮の従兄弟は働いているし、このマンションに住んでいるわけではないので出会うことはほとんどないのに間が悪かった。彼も女連れだったのだ。
「今日が最後だから」
蓮は従兄弟にそう言った。
「なんだ、決めたのか?」
「ああ、さすがにこのままって訳にはいかないだろ」
「ふーん」
蓮の従兄弟は哀れみのこもった目でわたしを見た。そしてわたしも今日が最後だったことを蓮から直接ではあるけれど間接的に知らされた。
半年間のこの関係に疲れていたわたしはその時は少しだけホッとした。でも一晩寝たら蓮と別れることが辛くユカに八つ当たりしたくてたまらなかった。もちろんそんな事をすればさらに蓮に嫌われる事になるので頭の中でしか出来ない。
蓮と別れたらさすがに幼馴染み三人でこうやって会うなんて出来ない。しかもユカと蓮が付き合い出したら、どんな顔で二人を見れば良いのか。笑顔なんて無理。だからこの幼馴染みの関係は大学に入学したら終わりにしよう。そのためにも二人とは違う大学に進学しなければならない。
『ガッシャーーン』
大きな音が聞こえたと思ったら景色が一変した。そして身体が外に投げ出されると思った瞬間に意識が飛んだ。
目が覚めたのは救急車のサイレンの音が聞こえたからだろうか。てっきり彼のわたしを呼ぶ声が聞こえた気がしてたのに....わたしの側には誰もいなかった。寒い。身体中の骨が悲鳴をあげている。
蓮を呼びたいのに声が出ない。ヒューヒューという音しか出せない。その時、蓮の声が聞こえた。
何故か救急車の音が聞こえなくなって、蓮の声だけが異様に高く耳に入ってくる。
「ユカ、ユカ。大丈夫か? 今、助けるからな。誰か手伝ってください。ユカが....ガソリンの.....ドアが開かないんです」
ああ、ユカが車に閉じ込められてるのか。じゃあ、わたしの所に来るわけないか。いつもの事だもん、仕方ないね。でもきっとユカを助けた後に来てくれる。ユカの次でも来てくれたらそれで良い。ちょっと痛いけどもう少しだけ待っていたら....。
でもいつまでたっても蓮はわたしの所には来なかった。目の端に蓮とユカが一緒に救急車に乗るのが見えた。
なんだ、わたしはもう死んでるのか。気力がなくなったわたしは静かに目を閉じた