第一章 プロローグ2 地に堕ちた神人少女
冷たい。寒い。悲しい。
それは、果たして、今降っている雨のせい……?
それとも、私が泣いているから……?
そんな事は、正直どうでも良かった。ただ、少しでも今の現実から逃げたかった、離れたかった。
『――――柊佳織、君の、神人としての権利を剥奪する』
私達、神人のお偉いさんから、残酷までに淡々とした口調で、そう告げられた。神人が、神人として名乗れなくなるのは、とても珍しいことらしい。
そう、私は、神人ではないのだ。でも、人間でもない存在。
自分でも何を言っているか、よく分からない。だって、信じたくないから、私が神人じゃないことを。
確か、神人剥奪を通告された帰りに、神人達に、こんな事言われた。
『神人堕ち(ウィード)、さっさと消えろ』
私に向けられる視線は、酷く冷たいもので、私の心を抉るのには十分だった。
落ちこぼれ、生きている価値のないクズ。
そう、私は自覚しつつあった。
「嫌! 私は、そんなんじゃ……」
認めたくない、現実。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
泣きたい、目が乾くまで。まあ、もう泣いてるけど……。
春なのに、凄く寒い……。
全部、自分のせい。誰かに責任転嫁していいわけがない。学園で、ある時期活躍していたから、偉そうにして、調子に乗っていた結果が、これだ。
ホント、笑えない。
弱い。雑魚。頭の中で、その言葉が渦巻く。
分かっていたはず。なのに、自分の無力さを理解しようとしなかった。
こんな笑えない結果になってしまったのには、もちろん理由がある。
つい、最近私は神人であるのにも、関わらず、負けた、人間に。その敗因の一つは、神人であるのにも、固有技能が使えなかったからだ。
ソウルギフトは、神人にしか持ちえない固有能力。例えば、空を飛べるとか、瞬間移動出来るとか……そういう人間からしたら、非科学的な現象、事象とかをさす。まあ、神人が人間に与えた、共有技能も普通じゃあ、あり得ない力だけど。
私は、とある事情で神人でありながら、ソウルギフトが使えない。神人から、クズと言われても仕方がない。
もちろん、ソウルギフトが使えなくなったからとは、言っても普通なら、人間にそう簡単に負けるはずがない。
――――そう、普通なら。
だったら、どうして負けたか。もっと大きな原因がある。落ちこぼれ、どうしようもない残念な生徒だから。
私は、頑張ることを止めていた。努力をしなかった、最弱と馬鹿にされても。
神人であるから。人間には、何があっても負けない。そう勝手に思い込んでいたのだ。
プライドだけは、私、一人前だった。ホント、馬鹿みたい……。
空を見上げる。一面に広がる黒い雲。雨は、一向に止みそうにない。
もう、身体中が雨で濡れている。何かも、面倒に感じた。今、私は、学園の近くにあるベンチで、空をただ、ぼうっと眺めていた。
そんな時、ポケットからバイブレーションが。
「はい、柊佳織です。学園長、いったい何の用事ですか」
『単刀直入に要件を伝える――――残り、一か月で結果を我が学園、女神学園を残さない限り、君を――――』
そっか、こっちもか。
もう、言いたいことはよく分かった。そりゃあ、そうだよね。
「そうですか、分かりました……では、失礼します」
震える声で、私は通話を切った。
色んな意味で、私は終わったんだ。全ては、自分の愚かさが原因。自業自得。
「…………参ったわね、退学か……ははっ」
乾いた笑いが漏れる。何かもがどうでもいい。
どうせ、今更頑張った所でどうなる。誰も、助けてくれないし、頼る人もいない。
弱いから。弱者に価値はないから。神人から堕ちた私には、何の価値もない。
ああ、何て恐ろしい世界なんだろう。自分の全てが、闘い、実力で決まってしまうなんて。
こんな事なら、人間に生まれた方が良かったかもしれない。
全部、考えるだけ無駄。ただ、空しくなるだけ。涙を流すのも今日で最後にしたい。今の私には、何がお似合いだろう。
「そもそも、私って闘いにそこまで興味無かったしね……」
言い訳。そう言われたら、おしまい。
どこまで私は、根性なし、何だろう……。私は、私が嫌いだ。
「寒いな……そろそろ行こうかな」
とりあえず、帰ろう。いつまでも、泣いていても無意味だ。
時間の浪費は、勿体無い。残りの一か月をどうしようか。私にとって、何の価値もない事を考えながら、私は弱々しく立ち上がった。
周りから、私ってどう見えているのだろう……。
無様な姿を晒しているだけか。誰も同情とか憐れんだりなんて、しないだろう。
弱者には、価値が無い世界だから。
きっと、それが今の時代の裏の姿かもしれない。平等なんて、ない。最も、私が偉そうに言えた口じゃないけど。
雨は、止まない。そして、私の絶望も無くならない。
私の精神は、もうボロボロだ。周りが、色あせて見える。
だと、言うのに。
「…………悔しいよ…………悔しいよ…………見返したいよ…………」
全て、後の祭りなのに。今更、私は、悔しさがこみ上げていた。
抱いたところで、何も変わらないのに。
微かな希望が、私にはあった。
誰かに縋るような、小さい希望が。涙がようやく止まる。
そして、私は、力強く歩いた。
無駄でも、無意味でも、最後くらい頑張りたい。
地に堕ちて、ようやく決意した。本当に残念で、空しい元神人。
「それでも、私は――――」
足掻くことにした、この理不尽な現実に。