Kaiko
「先輩...少し残酷ですね、この映像」
「これが人間ってもんよ」
大学3年の春、粗方単位も取り終えた僕は就活真っ只中なのに部屋に引きこもっている先輩と暇を持て余していた。
少し動きの遅いパソコンで面白い動画を探すのが日課なのだが、関連動画にあがる動画も全て目にしたことのあるものばかりとなっていた。
先輩、就活はどうしたんですか?と疑問を投げかけるのはナンセンス。
彼とて頭が悪い訳ではない。何かしらのつてがあるのだろう。
数週間ぶんのカップ麺の空をゴミ袋に放り込み、再びパソコンの前に座った。
「桑の葉を鱈腹食べさせられた蚕の幼虫は自然の摂理に従って繭を作る。だが、彼らは商品に過ぎず、乾燥させて繭の中で殺される」
先輩は煙草に火をつけて黄昏ているような目をする。
蚕の幼虫達は、再び陽の光を浴びることはできない。
「先輩、僕思ったんですけど」
僕が口を開くと、パソコンの横にあるポテチを口に運び、コーラでそれを流し込んでいた先輩が聞く体勢に入った。
「僕たちも蚕の幼虫みたいじゃないですか?必死に生きていこうとしているのに、必死にステップアップしようとしているのに、社会の手によって摘まれてしまう...なんか。世界って残酷だなと思いました」
先輩は少し考えた後、僕にこう言った。
「それは違うぞ。君の思い上がりだ」
「どういうことです?」
「人間というのはね。恵まれているんだよ。それも地球で一番ね。社会は確かに君の才能を潰すかもしれないが、社会だって人の集まりだ。別に社会と繋がらない方法だって幾つもあるのだよ」
「え...」
「だが、人間とは怠惰な生き物だ。蚕の幼虫のように3日3晩桑の葉を食べるような気力は持ち合わせていない。なぁ後輩よ」
そうかもしれない。僕はそう思った。夕暮れの陽射しがやたら眩しく感じ、窓のカーテンを閉める。
先輩は怪しげなリュックを背負うと、僕の部屋から出て行こうとした。
「どこ行くんですか?」
「ふむ。野暮なことを聞くな。私とて暇ではない」
「えぇ、ずっとダラダラしてたのに」
「だから言ったのだ。【人間とは怠惰な生き物だ】と」
どういうことだろう。実は先輩は何かしらしていたのか?反面教師が実は賢人だったのか?
僕の人生観が可笑しな音を立てて崩れそうになった。
「...」
今迄の人生、僕は何か誇れるようなことはして来なかった。
でも、こうやって生きていて、詰まらないことで悩んで、笑ったりしている。
もう一年と少しで僕も大人になる。
そう考えた時、僕の背中に嫌な悪寒が走った。
僕は、中身のない繭なんだと。
今さら気づいた。




