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小噺の玉手箱  作者: Suck
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冷たい心

私の家には家事用のロボットが居ます。3年以上夫のいない女性に配られるらしいですが、少し不快ですね。



名は「スレイヴ」。私はこの名前をあまり好いていませんが、ロボットに感情移入し過ぎないようにと協会が取り決めているそうです。


確かに、ロボットやAIは人類の可能性を飛躍的に...いや、技術力の可能性を飛躍的に伸ばしたと言っていいでしょう。


ですが、機械が人を支配するX dayを恐れたエンジニア達は次々と彼らを規制しました。



今、キッチンで野菜を切っているのはただのロボット。


人に命令され、その通りに動くだけの鉄の塊です。


テレビのような大きな顔と不器用に動かす手足。どこか応援したくなる愛嬌があります。


私がソファでスレイヴの様子を眺めていると、足元でポチが吠えます。


「スレイヴ。私が料理を作るからポチの相手をお願い」


スレイヴは何も言わずに作業を中断し、ポチとボール遊びをします。


ふと、彼の灰色の身体にはポチがつけた沢山の引っかき傷があることに気づきました。


その傷は消えることのないポチとの思い出。


ポチは昔、飼い主に捨てられて橋の下で怯えていたところを保護しました。初めは牙を剥かれて手を引っ掻かれたりしました。


「私の傷はもう無くなっちゃったかな」


何だか悔しくも懐かしく感じ、私は感傷に浸りながら朱色の野菜を刻むのでした。


夕食を終え、ベッドに身体を埋めていると、不意に携帯が鳴り響きました。動く気力がなく、しばらく無視していると、ポチが吠え出したので渋々出ることに。


「わかったよポチ...。私も聞こえているんだ」


液晶の向こうからは何時(なんどき)も変わらない母の声が聞こえてきました。


「元気なの?ちゃんとやってる?」


顔は見えないけど多分眉をハの字にしているんだろうね。


「大丈夫だよ。スレイヴ...あぁ、ロボットもあるから」


「私はロボットなんて嫌いだね。きっとロボットにも心があってずっと人間を恨んでいるんだよ」


母の口調が少し強くなった。いつだってこうだ。関係ないですが、お年寄りと子供はモノに魂があるとよく信じていますよね。感性が豊かなのかしら。


「高いもの取ってくれるし、重いものも持ってくれる。本当に助かってるよ。まぁ、恨まれるようなことは何も」


そしてこの後、決まって母はこう言うんだ。


「それで、新しい人はできたの?あんたももう年頃なんだから。早く見つけないと」


デリカシーにかける母は全国共通なのだろうか。女は時が経つにつれて人のパーソナルスペースに堂々と侵入するようになる気がします。


私もこうなってしまうのかな。


「わかった。わかったよ。また連絡するからね」



一種の生存報告化してしまった母との会話。私は携帯を少し乱暴に枕の上に投げ、シャワーを浴びました。



今日の不満は降り注ぐ熱いお湯と一緒に溶かして流します。


しかしこの胸の奥にこびりついた謎の汚れだけは落ちそうにないです。



お風呂から上がってパジャマに着替えた私は再びベッドに倒れ込みました。

軋む音と弾むクッション。人は柔らかいモノを密着させるのが好きなのです。



肌の処理してないけどこのまま寝てしまおうか。




「...」


ふと体を起こすと、スレイヴが棚の上に置かれている写真たてを眺めていました。


「スレイヴ、あなたももう寝なさい」


彼はゆっくりと傷だらけの身体を動かし、コンセントの前で正座しました。自分で古びたプラグを差し込み、充電します。


(今...写真たてを見てた...?)


自分の意思で?


確かに彼は情報処理をしますが、興味を持って何らかのアクションを持つことはないはず...。


言われたことをするだけの、所謂奴隷なのだから。



再び天井に視線を移し、記憶を微睡みに沈めようとします。しかし、背の高い男の影が瞼の裏に焼き付いて離れません。


もう何年も続くこの現象。

私は大きく溜息を吐くと、腕を額に乗せました。


「忘れられる訳ないじゃない...」



高い所のものを取ってくれるのも、忙しい仕事の後にポチと遊んでくれるのも夫でした。


5年前、彼を無くしてから、ずっと取れなかった胸の内のくすみ。


「わかってるよ...それが淋しさだってことくらい...」


自然と目尻が熱くなり、涙腺が緩みます。


私は驚いた。顔に乗せた手を、優しく包んでくれたその「冷たさ」に。


反射的に起きると、眠っていたはずの光る大きな目が2つ。私を見つめていました。


「スレイヴ...眠りなさいって言ったでしょ...!!」


しかし彼は、命令に反して私を抱きしめました。

その腕の中は冷たく、冷たく、優しさと愛で溢れているようでした。


「う...うぅ...」


お恥ずかしながら、決して若くないこの歳で声をあげて泣いてしまいました。


嗚咽で言葉にならない不満を涙にして流します。


その晩、私は彼の胸に身体を委ね、水分が全て無くなるまで夜と共に泣きました。



...

......

.........


「それで?彼氏のほうはどうなったの?」


「うん。今日の午後から会うんだ。とっても優しいの」


私はいつもより緩んだ口調で携帯越しの母に言いました。


押入れには役目を終えたロボットが埃を被っています。ポチは少し寂しそうですが、それでも元気に遊んでいます。


「あ、もうこんな時間。じゃあ切るね。うん、またちゃんと紹介するよ」




電話を切った私は、軽く鼻歌でも唄いながら、玄関の扉を開けるのでした。


昼下がりの午後。陽気な香りと清々しい風が私を包む。











私はきっと求めていたのだろう。


人の温かい「心」というものを。





涙と共に思い出を流したんじゃない。


思い出は心を作る1ピースに。


残りはこれからの私にとっておこう。


今回は家事用ロボットのはずなのに心に似た何かを持ったロボットと女性の話でした。


ロボットに心があろうとも、人間には敵わないのでしょうか。

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