第1話 クロウ、月に呼ばれる
闇夜に浮かぶ月は孤独だ。
一人静かに世界を照らしている。
その月を見ると何故かもう一人の自分を見るようで安心してしまう。
今日も一人街で一番高いお気に入りの場所で月を眺めている。
オレの名前はクロウ。
世界で一番自由な生き物、野良猫だ。
今日もまた魚屋から手頃な魚を頂戴して月を見ながら食べている。
全身真っ黒なこの姿は何故か人からは忌み嫌われている。
だけどそんなの俺にとってはどうでもいい事。
人間に好かれたって媚びる気もない。
たまに飯にありつけなくなった時に利用するだけの存在だ。
寒い冬だろうと寒さを凌げる場所はいくらだってある。
ぬくぬく堕落してる飼い猫どもを見ると反吐が出るぜ。
一番好きな事は月を眺める事。
何故だか分からないけれど月に惹かれるんだ。
昔誰かに聞いた月には猫が住んでいるって言うのも、もしかしたら本当かも知れない。
たまに月の方から誰かにじいっと見られている…そんな視線を感じるんだ。
その夜、オレはいつものようにお気に入りのねぐらで眠りについた。
いつものように夜の闇はオレをやさしく抱きしめてくれる。
そこで見る夢はいつもと変わらない起きたら忘れてしまうような
今夜もそんな下らない夢のはずだったんだ。
クロウ…
クロウ…
どこかで誰かがオレの名前を呼んでいる…
夢の中でオレを呼ぶのは…誰だ…?
さあ、来るのです…
下らない下界を離れ
素晴らしい楽園へと…
貴方が望めば…
全てを得られるのですよ…
何か強い力を感じる…
夢の中でこんな感じになったのは初めてだ…
本当にこの声に従ったら楽園に行けるのか…?
オレはその声の主の語る楽園という言葉に興味を持った。
もしそんな所があるのなら一度行ってみたい。
今よりもっともっと自由で楽しい場所があるのなら!
どうすればいい!
そこに行くには!
オレは夢の中で叫んでいた。
普段なら考えられない事、いや、夢だからこそ叫んでいたのか…。
夢の中の世界でオレは今まで感じた事のない高揚感に包まれていた。
応えてくれるのね…
そう、それだけでいいのよ…
今、貴方と私は繋がった…
もうそれだけで十分なの…
そう声が告げると急激に力が抜けていった。
何か強力な力に引かれているような気がした。
何だか色んな事がどうでもよくなっていた。
そして意識が深い闇に包まれていった。
目が覚めた時、すぐに違和感に気付いた。
周りは見た事のない全然違う景色だった。
耳が、鼻が、ヒゲが、全身が警戒警報を発令していた。