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take:3 本当の気持ち

「お前さ、なんか隠し事してね?」


「……え?なんで急にそんなこと言われなきゃいけないわけ?」


「いやーだってよ、お前最近ため息ばっかついてるし元気ねえじゃんか?……なんかあったのかなとは思うぜそりゃ」


「……別に、なんでもないってば。それにお兄ちゃんには関係ないでしょ?」


 こいつは間違いなく隠し事をしている。俺は確信した。何かとんでもない悩み事を隠している。そんな気がしてらなかった。

 というか、どうみたって分かるはずだったのだ。だってあからさまにおかしかったのだから。この時の俺は、彼女の変化に明白に気づいていたんだ。


 けれど、関係ないという妹の言葉に過剰に反応してしまった俺は、彼女が出した最後のSOS信号から目を背けてしまったのである。今思えば、何という愚行だったのだろうと後悔が募るばかりだ。それはこの時の自分を殴ってやりたいと思うほどに。


「無理して兄貴づらとかしなくていいから。……迷惑なんだよね、そういうの。これくらいの問題、私一人で解決できるっての」


「……そうかよ。じゃあ勝手にしてくれ」


 この言葉を最後にして、俺の人生史上の妹との会話は終焉を告げたのであった。これ以来、俺が一方的に話しかけることがあってもその返事が返ってくることは無かった。風見切風と風見ひよこの関係はここで崩壊したのである。


 もしこれがギャルゲーとかエロゲーの類だったのであれば、俺はこのセーブ地点からやり直して妹を救い出しハッピーエンドルートを迎えられるのだが。あいにく"人生"というゲームはセーブ不可ポーズ不可の鬼畜仕様になっているようで、もう過去に戻ってやりなおすなんてことは出来ないらしい。


 だから、やるべきことはひとつだ。決まっている。俺は知っている、未来を変えたいなら、今を変えればいいのだ______




「……なあ偽物!今ならまだ間に合うよなあっ?……また仲の良い兄妹に戻れんだよなあっ?お前を殺せば、妹は、もどってくるんだよなあっ!?」


 大きなストライドを描き走り込んだ先、偽妹までの距離があと3mほどに迫ったところで俺は右足を踏み切り、宙に舞った。きつく握りしめた拳に身体中のエネルギーの全てを注ぎ込み、彼女の綺麗な顔面に渾身の右ストレートをぶち込んだ。はずなのに、俺の顔面に、彼女の聖拳がめり込んでいるのは、なぜなの、だっ。


「……ぶうっはあ゛っ!」


 気づけば俺は血へどを吐きつつ再び宙を舞っていた。妹ブローヒット時の強烈なインパクトで脳みそが揺さぶられたせいか、俺の視界にうつる映像はスローモーションで再生されているようだ。からだがふわふわと飛ばされているのが分かる。そして懐かしい妹との思い出が鮮明に蘇ってくる。もしかしてこれが走馬灯ってやつ…………え?俺死ぬの?


 もしもアムロ・レイがこのクラスのパンチをくらっていたとしたら、あの名台詞も生まれなかったことだろうな。普通の人間なら間違いなく即死だよこれ。良かったな殴った相手がスーパーサイヤ人で。なんとか瀕死で済みそうだ。


 そんなことを考えていると、スローモーションなはずなのに早くも壁に到着したようで。

 体が豪快に壁に叩きつけられ強烈な衝撃音を轟かせると、まるで魔法が解けたかのように背中に激痛が走った。想像を絶する痛みに思わず悲鳴がこぼれる。能力の影響で多少体力は増えても痛いものはやはり痛いようだ。


 とはいえ、これで俺の役目は無事に果たされたのだ。まあ確かに一見するとダメージを与えることに失敗しただけにみえるかもしれない。だが、俺の役割は彼女の意識を俺に向けることであった。たった1秒の出来事ではあっても彼女の興味を俺に集中させたのだ。つまり1秒間の隙を作ることに成功したということだ。これは快挙であり賞賛されるべきファインプレーである。今年のゴールデングラブ賞受賞は間違いない。


 偽妹よ、今気付いて振り返ったところでもう遅いんだぜ。だって後ろにはもう


「………………!?」


「死ね゛え゛え゛え゛っ!」


 彼女の視界がとらえたのは、純白の輝きを身にまとった猛獣が牙を剥いて飛び掛かってきている姿であった。怒り狂う獰猛な獣は、唾液をしたたらせながら轟々と咆哮をあげる。その刹那、反応する間も 無く偽妹の胴体をえぐるように二狐の牙が刺さりこんでいった。鋭利な牙にえぐられていく傷口からは、まるで噴水が噴き出すかのように血飛沫があがる。彼女の体はみるみるうちに赤く染まりあがっていき、あたりに生々しい血の香りを漂わせていった。

 彼女は悲鳴をあげながら必死に二狐の口から逃れようと身悶えするも、動けば動くほど突き刺さった牙が体を引き裂くだけであった。偽妹は完璧に俺たちの罠の手に落ちたのだ。彼女は確かに強い、だが見誤ったのだ。戦況を。


 新鮮な果物が弾けたかのように辺り一面に飛び散った偽妹の血は、新築マイホームの真っ白な壁紙を赤く染め上げていく。これじゃ建てていきなり事故物件になってしまう。呪いか自殺かはたまた殺人事件か。誰かがみたらなんて物騒なと叫び散らすに違いない。


 実はそんなことはなくて、この血は時間が経てばやがて消えていく。別に拭く必要もなく、気づいた頃には消えるのだ。この点からいえば、あのこすると消えるボールペンとかいう画期的アイテムより画期的かもしれない。なにもしなくて良いのだから。


 なんで消えるのかというのは実に簡単なことである。単純に、この血は偽物だから。影という存在しない生き物の、偽物の血飛沫なのだから。影という生き物は、わずかの質量ももたない人間の心の闇が作り出した生き物なのだから。


 俺はそんな偽物の生き物の元へと、ゆっくりと近づいていく。


「………………キサマ…………殺スッ……グハアァッ!」


「……そんな状況で言われても説得力がねえよ。お前はもう死ぬ、諦めろ。だからそろそろ妹を解放してやってくれ」


「………ハッ……何ヲ馬鹿ナコト…………契約シテキタノハ…………ソノ女ノ方ダゾ…………何ヲ……今サラ…………グフッ……!」


「確かにそうかもしれない。お前の言うとおりかもしれない。だけどな、俺の妹はお前のせいで死ぬ程苦しんでるんだよ!……そんなの、ほっとけるわけねえだろうが」


「…………我ラヲ……生ミ出シタノハ…………………貴様ラ…………人間ダ…………貴様タチガ…………弱イカラ…………ダカラ……………我ラハ……存在スルノダ!」


「そうだよ。その通り俺たちがお前らを生み出した。俺たち人間が誰かを憎んだり、妬んだり、嫌ったりする。そんな負の感情に支配されていることから逃げ道を作ろうとして、お前たちを生み出した。これは紛れもない事実だ」


「…………………………」


「人間はとことん弱い生き物だ。何かに理由をつけて自分を美化しないと生きていけないような貧弱な生き物だよ。だから俺たちは戦わないといけねえ。きちんと弱さと向き合って、その弱さと戦わなきゃならない義務がある。俺たちの弱さであるお前は、俺たちで殺す」


「…………………………」


「お前との勝負はもうここで終わりだ」


 俺は未だに悶え続け苦しみ続ける彼女にとどめをさすべく、ゆっくりとその足取りを進めた。全身の力を目いっぱい使い体内に大量の電気エネルギーを精製していく。これは例の影との契約で得た能力のひとつで、俺の力の中でも最も強力で最も極悪仕様な能力である。電気を自由自在に吸収したり吐き出したりできる能力。並の人間なら一瞬で消し炭になってしまうほどの電気を自在に操ることができるのだ。ヤバいよなこれ、俺まじピカチュウかよ。


 バチバチと音を立てながら全身から火花が散り始める。耐えきれず溢れ出した静電気が空気中のちりに着火しているのだ。どうやら充電が完了したようで、あとはこの溜め込まれた大量の電気をあいつに全部ぶちこんでやればいい。

 さあ、ぶっ殺しにいこうか。


「……二狐、もう大丈夫だ離れてくれ。美味しいところをもらってしまうようだが、とどめは俺にささせてほしい」


 しかし俺のセリフに二狐よりもはやく反応したのは、なんと偽妹のほうであった。彼女はのたうちまわるのをしばし止め、溜め込まれた電気に包まれた俺を見つめるのであった。


「……貴様…………相当強イ…………コレガ本気ノ…………姿カ?」


「……ああそうだ。お前なんて一撃であの世送りにできるぜ。わくわくするだろ」


「アァ………モウ少シ…………貴様ト…………………戦ッテミタク…………ナッテ…………シマッタ…………」


 俺は返答につまった。

 それは言うなれば絶体絶命の危機に瀕している彼女が、なんでこんなセリフを吐くのか理解に苦しんだからだ。もう自分の死が目前に迫っているかもしれないというのに、なぜお前は笑顔でいられるんだよ。…………正直狂ってる。

 もしかしたら、何かに気がつけていないのかもしれない。そんな不安が俺の脳髄を覆い尽くしていくのであった。


「……何の冗談だ?お前にはもう戦える体力なんか残ってないように見えるけどな。…………最後の最後まで往生際が悪いとは情けない野郎だ、な……」

 

 偽妹は俺のセリフに答えるかのように、ニヤァっと不気味な笑みを浮かべた。血に塗れて傷だらけの少女は、そんな状況なんてものともせず笑ったのだ。いやに気味が悪いと思ったのと同時に、なんだかとても嫌な予感が頭をよぎるのであった。そして、その嫌な予感は見事に的中することになる。


「……………………フッフフ………………………アハハハハハハハハ‼︎」


「……何が…………何がおかしいんだよ!……お前は一体、何を考えてるんだよ?」


「…………勝負ヲ…………シヨウ!……………………延長戦…………延長戦ダ!」

 

 彼女はそう言うと、唯一自由に動かすことのできる足を地面にグッと踏み込ませた。それにいち早く気付いた二狐は、さらに強く彼女の腹部に噛み付く。どうどうと血が溢れ出していくが、彼女はそんなの微塵も気にしていない様子でニヤニヤと不気味に笑い続ける。そして彼女はわずかに飛び上がり、噛み付かれてホールドされている腰を軸に器用に体を回転させた。そこから繰り出されたのは、あの容態からはまるで想像がつかないほどの強烈な回し蹴りであった。高速で繰り出された彼女の足は、めりめりと二狐の顔にめりこんでいった。


 俺が手を伸ばし叫んだときにはもう、二狐は壁まで吹き飛ばされていた。こいつはやはり化け物だ。俺たちが到底敵う相手じゃないのだ。俺は全てを悟った。


 二狐が地面に落ちていくのを見つめる事しかできない俺に対し、不気味な笑みで見つめてくる影は、堂々と立ち上がりこう言うのであった。


「…………勝負ヲ…………シヨウ」


   x    x    x


 ブルブルと俺のポケットが震えるので、何事かと思ってみればどうやら携帯にメールが届いたようであった。なにせ友達の少ない俺は、誰かとメールをやり取りする機会も自然と少なくなる。そのため携帯のバイブレーションたる機能のことなんてすっかり忘れていた。俺は縄文人かよ。とりあえず届いたメールを開けてみることにする。


『From:東雲

 件名:私です


 こんにちは東雲です。

 今日は学校を休んでいるようですが何かあったのですか。ちなみに私は今パンツを履いていません』


 ……え、なんで東雲?

 ……あ、そういえばあいつととアドレスを交換したんだっけか。心配してくれてんのかこれは。なんかさりげないノーパン報告がすごく気になるんだが。


 メールなんて基本業務連絡にしか使ったことがないので、了解くらいしか返信の内容かが見当たらない。しかしこのメールに対して了解はおかしいよな?何を了解したんだ俺は。ノーパンであることに対してか。

 慣れない手つきでポチポチと返信の内容を書いていく。


『To:東雲

 件名:無題


 心配してくれてありがとうな

 でも別に俺なら大丈夫だから、あとパンツはちゃんと履け』


 送信っと……。

 しかしクラスメートからこんな形でメールが来たのははじめてだな。業務連絡以外では絶対にメールこないし、そもそもクラスメートのアドレスなんてほとんど知らない。だって入手法が分かんねえよ。ググっても出てこねえし。……あれ?なんでだろ?泣きそう……ブーッブーッ……


 またも俺の携帯が震える。早くも返信がきたのであろうか。どんだけメール打つの早いんだよお前!現代っ子か!


『From:東雲

 件名:べっ、別にあなたのことが心配なわけじ


 ゃないんだからね!

 ただあまりにも授業がつまらないから退屈しのぎにメールしてみただけなんだから!

 ほんと勘違いしないでよねっ!』


 えええ東雲さんツンデレだったの!?あんなクールキャラなのに?えー?何それまじ萌えるじゃんぱねえ。

 ていうかなんか件名のとこに本文食い込んじゃってるけどわざとなのかな?もしかして俺よりも使い方下手くそなんじゃないのこれ!?


 俺はもたもたと返信を打っていく。しかしこの作業が本当に難しい。下手すればメールより文通のが楽なんじゃねえのと思えてしまう。Amezonで伝書バトとか売ってねえかな。


 そんなことを思っているとまたも携帯が震えだした。待ち受け画面に大きく東雲と表示される。俺まだ返信送ってないんだけど。


『From:東雲

 件名:もしかして怒ってる?


 冗談のつもりで送ったのだけれど伝わらなかったかしら?

 実際はあんなこと言っててもすごく心配してるから

 あなたが急にいなくなってしまいそうな気がして怖くなったの


 だから、絶対勝手にいなくなったりしないでね。逃げたら殺すから。』


 俺が返信打つの遅すぎるのか……。

 とはいえこいつもなんだかんだで俺のこと心配してくれてんだな。なんかちょっとゾクっとするような内容だけれども……。


 だが実際に昨日は本当に死にかけていたわけで、今思い出すだけでもゾッとする。たまたま運良く一狐が俺を連れて逃げ去ってくれたから助かったものの、あと一瞬でも遅れていたら今この場にはいなかっただろう。

 あいつは俺が想像していたよりも、はるかに強かった。


   x    x    x


「…………戦オウ…………私ト………………………勝負ノ…………続キヲ……………………シヨウ」


 この時の俺は、猛烈なまでに足が震えていたのを覚えている。猛々しく立ちはだかる化け物と対峙した状況では、その場に立っているのがやっとだった。彼女の圧倒的なまでの邪悪に満ちたオーラの前では、たとえ帯電状態の俺でも少しも渡り合える気がしないのだ。

 ようはそのくらい彼女に気圧されてしまったのである。一狐や二狐といった上流階級の妖怪を軽々となぎ倒してしまった化け物と、俺はサシで殺し合いをしなければならないのだ。

 様々な能力を手に入れたとはいえども、所詮は人間に少し毛が生えた程度。そんな俺には荷が重すぎる勝負であった。


「…………ドウシタ……………………怖気ヅイタ……………………ノカ?」


「…………はははっ。なに馬鹿なことぬかしてやがんだよ。武者震いだっつうの。…………なめやがって、覚悟しやがれ!」


 こんな強気のセリフを吐いたところで力の上下関係は微塵も変わらないわけで、勝算はほぼ0に等しいといってもよい状況であった。ただ、それでも妹を救うと決めたからにはやらなければならないのだ。この勝負に勝たないといけないのだ。兄という生き物はつくづく大変なものだと痛感させられる今日この頃であった。


 フル充電はとっくに完了しており、体勢はいたって万全である。バイキルトもスクルトもがっつりかけおわり、後は目の前のラスボスをぶったたくだけなのだ。

 俺は徐々に体内の電気を解放していき、まばゆい閃光をあたりに走らせる。バチバチと巨大なショート音を立てると同時に、俺は恐怖を振り払うかのように再び化け物に突進していった。


「……化け物が。……ぜあああああっ!!」


 俺がどれだけ雄叫びをあげようと、閃光を爆発させようと、彼女はわずかにすら動揺をみせることは無かった。ただ冷静に向かってくる俺を見つめ、身構えることも無くその場に立ち尽くすだけであったのだ。これが強者の余裕というやつなのだろうか。


 なんであれ走り出してしまったこの足を止めることはできない。それに止めるつもりもさらさら無いわけで。力強く地面を蹴り飛ばしぐんぐんと加速していく。俺はまるで自分が特攻兵になったかの様な気分で突っ込んでいった。

 そして彼女との距離がわずか1mまで縮まったとき、俺は天井に向けて大きく飛び上がった。馬鹿みたいにそのまま突進してくるであろうと踏んでいた彼女が放った回転ローキックは見事に空振りとなり、わずかに体勢を崩したのが確認できた。

 今さら上を見たってもう遅い。俺はもうとっくにお前の目の前にいるのだから。


 上から落下してきた俺は、その勢いを保ったまま彼女を抱きかかえ、豪快に廊下をぶち抜きながら一階まで落ちていった。それと同時に、バチバチと耳をつんざくような轟音を響かせ、数十万ボルトにのぼる電気を一気に体から吐き出す。これが俺の、全身全霊をふりしぼった全力攻撃だ。俺は無抵抗の彼女に、想像を絶する量の電気を送りながらただ地面に向けて落下していく。床に辿り着いたときには、彼女が死んでいると願いながら。


 目眩を催してしまいそうな程に激しい光に身を包みながら落下していく兄弟、なんて言い方をしてしまえばそれとなくロマンチックな感じがしてしまう気がする。実際俺は妹を抱きかかえながら落ちていくわけで、例え1秒や2秒ほどの出来事なのだとしても何かこう兄妹愛というか家族愛というか、そんなものを感じさせられそうになる。

 こんな形にはなってしまったものの、妹を抱きしめるのは久しぶりというか下手したら初めてかもしれないというか、物凄く複雑な気分である。この化け物を殺した暁には、はれて妹に愛の抱擁をしてやろうと心に誓うのであった。


「うああああああああああっ!」


 やけくそに怒号をあげ、1階リビングへと豪快にダイブした。ズドーンッと大きな地響きを轟かせながら床をぶちぬいていく。地盤のコンクリートまでもが剥き出しになっていく。

 ちなみにこの家のローンはまだ返済し終えていない。だが、今はそんなことはどうでもいい。どうでもよくはないが化け物を倒すことが優先だ。


 落下した後もしばらく、彼女は沈黙をたもっていた。もしかしたら____俺は9割の不安と1割の期待に激しく心臓を脈打たせる。ここでもし殺せていたとするならば、今までの苛酷な戦いに終止符を打つことができる。妹を救出し、俺の非日常な日常の物語をハッピーテイストなエピローグで締めくくることができる。何もかもが解決し、終わるのだ。


 俺は高鳴る鼓動を抑えながら、ゆっくりと体の上でうつぶせになっている彼女の顔を覗き込んだ。

 すると、あろうことか、彼女と目があってしまった。あってしまったのだ。俺はにぃと笑った彼女の顔を、呆然と見つめていた。


 やはり正しかったのは9割の不安の方だったようで、人間の直感とはよく当たるものだと痛感させられた。目の前に広がる現実は、簡単にいえば俺の死を意味しているわけで、俺自身もそれを受け入れざる他ならなかった。化け物にマウントポジションをとられてしまっては、もうどうしようもない。打つ手なしの詰みである。


 思えばわずかに17年という短い生涯であった。遅かれ早かれ1年後には死ぬわけではあるものの、最後に妹を救ってやりたかった。そのためだけにわざわざ削った寿命も意味を成さないとは残酷すぎる。我が生涯に一片の悔いなし!とか言ってみたかったけど、今の俺には到底言えそうにないセリフらしい。悔いだらけの人生であった。

 神様は肝心な時に奇跡を起こしてくれないから嫌いだ。


 俺は全てを諦め、時がままに身をゆだねようと目を閉じたのであった。


   x    x    x


 ……さて、正直をいうとここからの記憶はほとんど残っていない。なんとかギリギリのところで助けられた後、後日談的に語られたのを聞いただけであって、実際どうであったかの記憶はないのだ。一狐と二狐がなんとか意識を取り戻し助けに来てくれたおかげで、今俺が生きていられるわけなので、本当に感謝していもしきれない程だと思う。


 それでも今の俺の怪我の状況からも分かる通り、かなり瀕死の状況まで追い込まれたのは確かなようで、神様はかなりの瀬戸際で奇跡を起こしてくれたみたいである。それでも十分すぎるくらいなのだけれど。



『To:東雲

 件名:無題


 返信打つの遅いんだよすまんな

 俺は急に消えたりしないから安心しろ

 ジブリじゃあるましいな


 あとついでにひとつ質問させてくれ。


 お前がもし圧倒的な実力差で、どうしても勝てない敵に出会った時。その相手になんとかして勝たな きゃならないとしたら、どうする?』


 実は俺にはもうあまり時間がなかった。正直かなり焦っていた。影を殺さなければいけないタイムリミットがもう目の前までせまっていたのだから。

 俺はてっきり自分が死ぬまでの、あと一年間の間に解決できれば大丈夫だとばかり思っていた。だがそれは甘い考えで、妹の体の方が限界に近づいていたのだ。早く影を殺さないと妹の身が危ないらしい。


 とはいったものの勝てる方法が一向に分からないのである。あの化け物をどうすれば退治できるのか、この問いに対する答えがまるで思いつかないのだ。気づけばこうして何の関係もない東雲にまで答えを求めている有様だ。でももしかしたら、彼女なら何かのヒントを与えてくれるかもしれないと思ってしまった。なぜだかそんな気がするのであった。


 俺の携帯が早くもまた揺さぶられた。受信画面にはもちろん東雲の文字が表示されている。内容が気になり、俺は急ぐようにそのメールを開いた。


『From:東雲

 件名:無題


 ……ならいいのだけど

 えっとあなたは一体何と戦っているの

 闇の組織にでも命を狙われてるのかしら?


 まあ何にせよ勝ち方を知りたいのよね

 私は基本的に負けたないのであまりそんな内容については考えたことがないのだけれど

 

 とにかく大切なのは問題の根本を見極めることね。どうしてその相手と戦っているのかをよく考え て、その問題の根源を解決しようとするの

 そうすればおのずと道はひらけてくるわ


 生きて帰ってきなさいよ、絶対』


 なんか結構かっこいいこと書いてあるな。やべえ、惚れそう……。いや、いかんいかん。


 この問題の根本か。

 確かに東雲の言う通りかもしれないな。

 もしかしたら、やらなきゃいけないことはもっと他のところにあって、俺が知らず知らずのうちに避けてきた道を通らなければならない時が来たのかもしれない。


 俺は妹に取り憑いた影を倒すことばかりに集中していたが、本当にやらなきゃいけないことはもう分かっていた。

 なんで偽妹はこれほどまでに強いのか。その理由を解消しなければ、勝負は始まらないのだと気付いたのだ。


 妹が生きたいと思わないと、契約を取り消したいと願わないと、やつを倒すことはほぼ不可能なのだ。

 俺が昨日の戦いの最中に聞いた、偽妹のセリフに全ての答えが示されていた。


 今からやることはいたって簡単だ。


 愛しい妹を抱きしめてやるのだ。







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