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take:2 狂乱の妹

梦ニ巣喰フ妹。


 そう、俺の妹は夢の世界に住んでいるのだ。夢の世界の住人。なんか、こう言うとファンタジーな感じがして素敵に思えてしまうかもしれない。しかし、これは某ネズミの王国に毎日入り浸っているとか、過激な◯ィズニーファンだとかそんな生易しいものではないのだ。


 妹が住んでいるのは、人が眠っている時にみている"夢"。すなわち、睡眠中あたかも現実の経験であるかのように感じる、一連の観念や心象(Wikipediaより引用)の方の夢である。彼女は、そこで過ごす時間のみを喜びとしているのだ。

 彼女は自分の思い描いた夢を見ることのできる能力、そしてそれを夢の中で実際に体験できるという能力を得た、寝ている間の体を自由に影に使わせることを、その契約の代償として。彼女もまた、俺と同じように、影と契約を交わしたひとりだったのである。


 妹がそんな風になってしまった理由は実に簡単なことであった。彼女は、酷い虐めにあっていたのだ。それからは学校に行くことを嫌い、普段の生活を嫌い、人を嫌い。彼女はそんな苦しい世界から逃れるために、夢に癒しを求めたのだ。弱った彼女の心は、いとも簡単に影に蝕まれていったのである。


 俺には、妹と契約を交わしたその影を殺すべき責任がある。もしあの時、妹の変化に気付いてやれていたら、こんな事にはならなかっただろう。なんとしても俺は妹を救い出さなければならない。


「……あの切風くん?やけに難しい顔をしていますね。う○こでも我慢しているんですか?」


「……ああ、すまん。少し妹のことを考えててな。ちなみに今のところ、便意は微塵も感じていないから安心してくれ」


「そうですか、失礼しました。……では急になるのですが、ここでひとつ質問をしてもよろしいですか?」


「ん、質問?……まあ構わないが」


「よし、じゃあいきますよ!此処にう○こ味のカレーと、カレー味のう○こがあります。あなたはどちらかを完食しなければなりません。さて、どちらを選びますか?」


「…………まさに拷問だな。まあ、なるべくならそんな状況には陥りたくないが。その場合俺は、う○こ味のカレーを選ぶだろうな」


「ほう、なるほどカレーできましたか。理由を聞かせてもらってもよろしいですか?」


「ああ、単純な消去法だよ二狐。カレー味のう○こってのは、たとえカレーフレーバーなのだとしても、う○こだ。所詮どれだけ味付けを頑張ったところで、う○こはう○こを越えられないんだよ。しかし一方のう○こ味のカレーというのは、う○こ味かもしれないが、それは紛れもなくカレー属カレー目カレー亜目カレー科のカレーに分類されるはずだ。少なくともう○こではない!理由といったらまあこんなところだな」


「……なるほど。実に論理的な解釈です!下手したら、フェルマーの最終定理にも並ぶと言われているこの難題を解き明かしてしまったのかも分かりませんね!とは言っても、高校3年生にもなって、女性の前でう○こ発言を連発するのは感心できませんね、風見くん。デリカシーが無いです」


「それはお前の質問がう○こ絡みなのがいけないんだろうが!それに二狐、お前は女性ではなく正確に言えば♀だ!」


「そうですね、これは失礼しました。風見くんのうんこ◯言には確かに私の責任もあります。一緒に乗り越えていきましょう。人は変われます、一緒なら」


「二狐、伏せるところ間違ってるぞそれ!"発"には少しの(いや)らしい意味も下品な意味もないからな!あと、ちょっとかっこいいこと言ってんじゃねえよ、う○このせいで台無しだよそれ!」


「ふええ、そんな!?無意識のミスです。すみません!…………うん○こ発言っと、これでokですね!」


「全然okじゃねえよ!がっつり見えちゃってるぞう○こ!さりげなく"こ"に避けられちまってる!なんなんだ反抗期なのか⁉︎…………いやいや、しかし二狐さん思うんですが。この質問にはいったい何の意味があるんですか?」


「そうですね、今日の晩御飯をカレーにしよう思っていたので、さりげなく伏線を張っておきました!あ、でもネタバレしちゃいましたねっ……てへっ☆」


「てへっ☆じゃねえよ!お前この話聞いた後に誰がカレー食いたいと思うんだよ?カレー見ただけでう○このこと思い出しちゃうじゃねえか!」


「これは失策ですね……私としたことが。今日の晩御飯はやはりカレーうどんにしましょう!」


「カレーからは離れないのかよ!」


 俺の隣で、二狐は九つに分かれた巨大なしっぽをふりふりしながら歩く。人間と化狐が仲良く会話しながら散歩している絵面なんて、そうそう拝めるものではない。俺はまるで当たり前かのように二狐と帰り道を歩いているのだが、実際これはとんでもなく奇妙なことだよな。だってチワワ連れてお散歩してるのとは訳が違うもんな。もうスケールが違う。


 昔はスリルが欲しいだの、生活に刺激が欲しいだのばっかりを考えていたが。そんな非日常な刺激的体験も、やってきてしまえばいずれは慣れるものだということを、深く痛感させられる。非日常も、時間が過ぎていくうちに次第に日常へとシフトしていく。今まさに、俺はそんな状況に陥りつつあった。隣に化け物がいても、平静に歩き続けられる男子高校生など、日本中探しても俺くらいしかいないだろう。自己紹介の特技の欄にでも書こうかな。


「切風くん止まって下さい。信号が赤に変わります」


 俺はその声に気付かされ、歩みを止める。目線を信号へと向けると、なぜか信号の色は赤ではなく、まだ青色であった。ただその青はちかちかと点滅し、赤に変わる警告を促していた。


「ん?二狐、点滅しているとはいえ、これは立派な青信号だ。この場合、止まって下さいよりも急いで下さいの方が正確だったんしゃないか?こう話している間にもう赤信号に変わってしまったが……」


「切風くん、道路交通法施行令第2条を読み上げてみてもらってもよろしいですか?」


「えっと…………天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣がその…………何だっけ?」


「『内閣が、その責任を負ふ。』です。しかしそれは道路交通法ではありません。道路交通法には天皇も内閣も出てきません。そもそも道路で天皇や内閣とエンカウントする事なんて、まず無いじゃないですか!しかもそれは日本国憲法の第3条ですよ?もはや第2条ですらないじゃないですか!」


「……第3条だったのかこれ!なんて恥ずかしいミスなんだ……。いやとは言ってもな二狐。そんな急に道路交通法の条文を聞かれても、答えれる奴はそうそういないと思うんだけど……」


「日本人ならこれくらいは知ってて当然だと思いますよ?これ知らなかったら、はっきりいって馬鹿です」


「お前はいま9割以上の日本国民を敵にまわしたぞ!暴動とか起こっても知らないからな!」


「あはは、ジョークですよジョーク!でも切風くん、君なら知ってると思ったんですけどね……」


「なんで俺が道路交通法に詳しい人みたいになってんだよ!」


「だってさっき私を探しに来た時、道路交通法にのっとって赤信号で止まるだの、青信号で渡るだの言ってたことないですか?心の中で。てっきり切風くんは道路交通法の信者なんだと思ってしまいました」


「なんで俺の心の声が聞こえてんだよ!なに?もしかして俺知らぬまに喋っちゃってる?独り言うるさいタイプ?ていうか道路交通法の信者ってなんだよ!何に対して崇拝してんだよ!?」


「いやいや、私エスパーなんで心の声くらいは聞こえますよ。それに今日の日本では、信仰の自由というものが認められています。ですから何を信じようとそれは個人の自由です。道路交通法を崇拝していても、それは何らおかしい事ではありませんよ。____ようこそ、我が道路交通法信仰会へ!歓迎しますよ!」


「お前エスパーだったの!?しかもお前教祖様だったの!?なんかお前のことが物凄く危ない奴に見えてきたぞ!」


「冗談ですよ。話が少し脱線してしまいました。話の続きをしたいところですが、今はとりあえずこの信号を渡ってしまいましょう。話に夢中になりすぎて、もう5回も渡るチャンスを逃しています」


 俺と二狐は一時休戦し、青に変わった信号を確認した後、この横断歩道を渡った。

 渡りきった後に振り返り信号を見てみると、はやくもその青ランプは点滅を始めていた。


「二狐、とりあえずこの信号は突破したから、話の続きを聞かせてくれないか?」


「そうしましょうか。__これは道路交通法施行令第2条の青信号点滅時に関する条文です。『歩行者は、道路の横断を始めてはならず、また、道路を横断している歩行者は、速やかに、その横断を終わるか、または横断をやめて引き返さなければならないこと』……つまり、青信号チカチカを渡るのは、立派な道路交通法違反なのですよ!」


「な、なんだって!?俺は今までに何度となく道路交通法を破ってきていたのか……」


「……そういうことになりますね。無知は時に誰かを罪人にします。切風くんは、ただ知らなかっただけなのに。あなたをとんだ非行に走らせてしまった……。今の世の中はとても生きづらいですね……」


「罪人……非行……?なんかスケールがでかくないですか二狐さん?え、俺そんなにやばいことしちゃったの?」


「下手すれば死刑です。以後気をつけて下さいね」


「重い、重いよ!罪が重たい!」


「……切風くん、安全についてのお話をしたばかりで恐縮なのですが、お願いがあります。先ほどよりは少しペースを速めて進みましょう。私は一刻も早く家に帰りたくなってきました。今日だけは特別に青信号チカチカでも渡ることを許可します」


「許可ってな…………まあ、構わないが。しかし、なんか見たいテレビでもあんのか?この時間帯はニュース番組しかやってない気もするが……」


「いえ、そういう訳では無いです。人に見つかりたくない、ということです。今日は平日ゆえに人通りが少ないとはいえ、誰とも出会わない保証なんてのはありませんからね!」


「まあ、確かにそうだな。今人と出会うのはかなりまずいだろうな……」


「そうなんですよ、こんな状況でもポ◯モントレーナーとかに見つかったら……間違いなくポ○モンバトルを挑まれてしまいます。今の私はどうみても伝説のポ○モンです!マスターボールを投げられてしまうやも分かりません!それは絶対に避けなければなりません……!」


 二狐の目は真剣であった。

 確かによく知らん奴からみたら、こいつがポ○モンだと思われてもしかたないだろうな。しかし、あのポ◯モントレーナー?とかいうのときたら、目が合った途端に駆けつけてきて、こっちの意見なんて聞く間もなくバトルをおっ始めやがるからな。モラルがない。まあ目が合うっていうか、あいつらの視界に入ったらもう逃げられないのが恐ろしいとこだな。ちょっとコアすぎたか。まあ、出会わないようになるべく急いで帰ろう。


「そうだな、先を急ごう。でも二狐だったら、あいつらの持ってる雑魚そうポ○モンくらいは軽く一掃できるんじゃないか?お前のが普通に強そうだぞ」


「その通りです切風くん。でも、まずいのはそこです……!私はハッキリ言って、かなり強い方の妖怪です。そんな可愛げのあるファンシーなモンスターごときには負けません。たいあたりだけで、全てのモンスターを抹殺できます。◯ュウツーや◯ックウザですら恐らくワンパンです。私が恐れているのは、私の攻撃は手加減をしても大怪我程度ではすまないということです。"ひんし"に追い込むのではなく、間違いなく昇天させてしまいます。回復が効かない状況に陥らせてしまうかもしれませんですよ。ジョーイさんの手に負えない状況にしてしまうかもしれません。私はそれを恐れているのです」


 二狐は、どこか虚ろな目で空を見ていた。俺はこの時確信した。間違いなく、こいつ何匹かはポ○モンを殺している。


「…………なんて恐ろしいんだ!ゲームの仕様を突破してしまうオーバーキルなんて、まるで聞いたことがないよ、二狐さん!」


「強さは時に……罪になるのです」


「あれ!?なんかかっこいい!?なんなの今日のお前、なんで時々かっこいいセリフを吐くの?しかも変なタイミングで」


「セリフで内容のダサさをイーブンにしてます。嘘です、中二病をこじらせました」


 今さら中二病って何があったんだよこいつ!お前もう300歳だろ?中二過ぎてから2世紀以上が経ってんだぞ?今さら発病って時差どんだけだよ!これには声が遅れてきちゃういっこく堂もびっくりだよ!とんでもない潜伏期間だ!


「二狐、中二病は保険おりないからな。早めに治せよ。まじで」


「別にさほど弊害はないので治しません。というか私は300歳ではありません。まだ247歳です。どっかのアラウンドスリーハンドレットと一緒にしないで下さい!私はまだピチピチです」


「お前はちゃんと年齢覚えてるんだな、感心感心。っていや、アラウンドスリーハンドレットってなんだよ!アラサーとかアラフォーみたく当たり前のように使ってるけど、全然聞き馴れない単語だからな!?いや、そこじゃない、何で俺の心の声が聞こえちゃってるの?なんなのさっきから?」


「だから言ったじゃないですか!私は、エスパー伊東なんですよ!」


「それは違う!」


   x    x    x


 目覚めると、俺の目の前にあるのは、知らない天井であった。嘘である。俺の目に映ったのは、いつも通りのよく見知った天井であった。隣では一狐と二狐が、まだ寝息を立てているようだ。


 あの後なんとか無事帰宅した俺たちは、速攻で布団に潜り込んで眠りについた。夜の間は基本的に影との戦争に時間を費やすため、昼の内に仮眠をとっておかないと死亡する。家に帰ったら即睡眠が俺たちのルーチンなのだ。


 手元に携帯をたぐりよせ時間を確認すると、早くも夜の7時をまわっていた。そろそろ妹のために晩御飯を作ってやらないと餓死してしまうかもしれない。というか俺も餓死してしまいそうだ。お腹がぐぅと物欲しげな音をあげる。

 隣ですやすやしている化狐どもを叩き起こして、俺は眠い眼をこすりながらキッチンへと向かった。普段の料理は基本的に二狐が担当しているのだが、今はまだ狐フォルムのままなので今日は俺が晩飯を作らなければならないのである。幾千もの調理実習でつちかってきた料理スキルを見せつける時が来たようだ。


「…………ふぁああ。ああ、眠たい。切風くん、今日の晩御飯はもちろんカレーなんですよね?いや、是非カレーにしましょう!」


「却下!何があれ、カレー系は無しだ。今日はまるで美味しく食える気がしない。お前のせいでな」


「ええええ!?カレー食べたかったのに!!いや…………というかそもそも風見くん料理できるんですか?ものすごい不安なんですが……」


 二狐はのそのそと体を引きずりながら、食卓へと着席した。まだ眠いようで、ごしごしと目をこすっていた。うん、そんな器用に手が使えんなら料理もできるんじゃねえかな。


「いやいやなんだかんだ余裕だろ。とりあえず料理なんてオリーブオイル大量にかけとけば良いんだろ?俺に任せとけって!」


「そんなトンデモもこみち理論を展開しないで下さい!全然任せられないですよそれじゃ!」


「……そんなこと言ったって、今のお前が料理するのも無理だろうし、今だけ体渡すってのも面倒くさいじゃんか?どうすりゃいいってんだよ?」


「……そうですね。今日のところは、お湯をいれて3分間待つだけで完成するというラーメンでも食べましょうか」


「……そうするか」


 せっかくなら自慢の料理の腕を披露してやりたいところだったが、まあそう言うなら仕方がない。まあ別にカップ麺も嫌いじゃないしな。楽だし。

 俺はとりあえずお湯を沸かすために、コンロに火を点けた。やかんに水を注ぎこみ、ボゥボゥと燃えている火の上に乗せる。

 それから沸騰するまでの間、しばし待つ。あれ?何かがおかしいぞ?そうだ、換気だ!ガスを使うときは換気扇のスイッチオン!安心ガスライフ!


 てか思うんだがカップラーメンって体に悪いだの何だの言われてるけど、それでも人気が止まらないのはやっぱ美味いからなんだよな。そう考えると、カップ麺マジイケメンじゃね?向かい風にも屈しない男の中の男って感じだな。カップ麺さんまじパないっす。


 しばらくしてやかんがグツグツと音をたてはじめたら、火を止める。そして100℃まで温められた熱湯を、乾燥しきったラーメンに注ぐ。それはまさに復活の儀式。神が恵んだ聖水で、乾ききったラーメンを蘇生する聖なる儀式。ラーメン、マジアーメン。


 ラーメンがあつあつのお湯で満たされたのを確認したら、そっと蓋を閉じて、3分間のあいだそのラーメンと睨めっこする。俺はこの時間がなんともたまらなく狂おしい。今すぐにでも開けて食べてやりたいのに、今すぐにでもお前を抱きしめてやりたいのに、そうはできない葛藤。世界が俺とお前の関係を邪魔するのだ。でも俺は、たとえ世界を敵にまわしても、お前のことを愛し続けると誓おう。雨がふろうと槍がふろうと、俺はお前の帰りを待ちづつける。そしてきっと最後は、ふたりで


 3分後。

 時が満ちると同時にその蓋をあけ、かやく、粉末スープ、液体スープを慈愛の如く注ぎ込む。洗練されたスープから香る深いダシの香りに、俺の食欲中枢が加速していく。思わず喉が鳴ってしまう。俺の空腹は限界点に達していた。

 箸をその神聖なるスープの中につからせ……適量の麺をつかみ、かやくのネギを絡ませつつ、素早く食す!


「「「美味い!何これマジパないっ!」」」


 俺たち3人は一口目を運ぶと同時に、大きな歓声をあげた。いやーしかし、どうしてこうもこのカップ麺とかいう食べ物は美味いのか。このジャンクさがたまらないんだよな。俺たちはガツガツと豪快に麺をかきこんでいく。まさに至福の時間であった。


「切風くん!これは才能ありますよ!本場フランスにでも留学して、もっとカップ麺について学んできたらどうですか?きっと良いシェフになれると思いますよ!」


「うむ。確かに美味い。お湯の量、温度、時間。どれをとっても非の打ち所がない。今回ばかりはお前の才能を認めざるを得ないな」


「はははははは!そうかそうか!そんなに美味いか俺のカップ麺は!?もっと褒めろもっと褒めろ!」


「調子に乗るな愚民が。そこは、『いや、カップ麺なんだから誰が作っても同じだろ!なんなんだ嫌味かお前ら!?』とつっこむ場面だろうが馬鹿者。しかし切風、そこにある妹の分のカップ麺は渡してこなくて良いのか?早くしないと冷めてしまうぞ」


「ん?あ、あぶね、忘れてた!ちょっと持ってってくるわ」


 俺は妹のために作った出来立てのカップ麺を、こぼさないように慎重につかみつつリビングから2階へと階段を上った。俺の部屋は1階だが、妹の部屋は2階にあるのだ。

 下手に踏みはずしたりしないように、慎重に一段ずつ登っていく。なんとか無事に階段を上りきり、妹の部屋へと到着すると俺は軽くノックを鳴らした。


「おーいひよこ。ここに飯置いとくからな。あ、あと今日はカップ麺になっちゃったけど勘弁な」


 そしてドアの前にカップ麺を奉納して、立ち去る。俺はお前のお母さんかよ。

 いつもこうして部屋の前に置いといて、時間がたったら食べ終わった皿を回収しにくる、という流れである。時々トマトとか残してあるけど。あとニンジンも。あいつは中々好き嫌いが激しいセンシティブな奴なのだ。


 妹が俺たちと食事をともにすることは、まったく無い。というか無くなった。

 妹があの、悪夢のようなニュースの真相を知ってからだ。エリア116内で夜中に化け物が徘徊し、街で破壊活動を繰り返しているというニュースの。その破壊している化け物が、なんと実は妹自身だったという残酷な真実を。

 それを知ってから、彼女は人と関わることをやめた。自分が犯してしまった罪の大きさに怯えて過ごした。どれだけのショックだったかは正直はかりしれない。街の建物を破壊したのも、市長の銅像を粉砕したのも、唯一自分のことを見捨てなかった友達に、大怪我をさせってしまったことも、全てが自分の仕業だと分かったとき、彼女はいったいどう思ったのだろうか。本当に酷な話だ。


 しかしこの際、妹がデストロイヤーだろうと破壊神だろうと知ったことじゃない。何があったとしても、風見ひよこは俺の妹なのだ。大切な家族なのだ。

 例え部屋から出てこなくても、学校に行けなくなったとしても、会話することが無くなっても、それでも生きようとしてくれれば、俺はそれでいいと思うのだ。確かに妹は変わり果ててしまった。それでも、懸命に生きようとしている。だから、なんとしてもその気持ちに応えてやらないといけないのだ。兄にはそういう義務がある。妹が困った時はなんとしても助けてやる義務がある。俺にはひよこを救う、義務があるのだ。


 数分後、妹の部屋のドアの前に、さっきのカップ麺の空容器が置かれていた。センシティブな妹ではあるが、きちんと完食したようだ。さすが万人受けのカップ麺。

 さあ、夕食を食べ終わったということは、妹が睡眠に入るという合図である。すなわち、これから戦争が始まるということである。妹の中の影を、破壊神を殺す戦いが……。


「切風くん!なんか脳内でめっちゃかっこいいこと考えてるじゃないですか!妹思いの兄ってやっぱりかっこいいですねー!」


「え!?なんで聞こえてんだよ俺の脳内会話!恥ずかしすぎるよ!頼むからやめて!聞かなかったことにして!お願い!」


「私エスパー伊東なんで自然と聞こえてきちゃうんですよね。エスパー伊東なんで」


「さっきからなんなんだよそれ!エスパー伊東には微塵もエスパー能力は無いからな!ただのお笑い芸人だからな!?」


「じゃあ、伊東で!」


「エスパーですら無くなっちゃったの!?」


「おい、お前ら……気配が変わった。そろそろくる、集中しろ。それから風見、お前に体を返しておこう」


「あ…………おう」


 もうひとりの俺、一狐は、みるみるうちに純白の体毛に覆われた化狐と化した。これが本来の一狐の姿である。最も力を発揮できる、本気モードの姿である。臨戦態勢に入り、美しい毛並みがザァーっと逆立っている。

 そして、俺自身にも、すべての体が戻ってきた。これで俺もフルに戦えるようになった。全力で、殺しにいける。


「……いいか。まず俺が、()が出てきたと同時に突っ込む。お前らは、そこでアイツが隙を作った瞬間に、叩きにいけ」


「……了解!」


「了解だ。頼んだぞ、一狐」


「…………うむ。任せておけ」


 一狐は妹の部屋の方角を向いていた。体毛を逆立たせ、牙を剥き、ひたらすらにドアを睨みつける。殺意にみちたオーラがなみなみと溢れていた。

 グルルル……と唸り声をあげ、部屋から響きはじめた物音に警戒する。そろそろやってくる。妹が、やってくる。


 ドアノブが捻られた。

 試合開始のようだ。


「きたあああっ!」


 一狐は強靭な後ろ足で床を蹴りつけ、豪快に舞い上がった。彼の視線の先に映るのは、黒髪ショートの女の子、風見ひよこ。いや、風見ひよこが契約をかわした影であった。俺たちの目的は、この偽の妹、妹が契約を交わしてしまったこの影を殺すことである。

 そうして気づいた時には、一狐は2階の高さまで飛び上がっており、彼女に襲いかかるモーションに入っていた。


「………………」


「死ねええええええっ!」


 と、その時、グギギと音をたててドアが引きちぎられた。まだ中学3年生の彼女の手によって。どうみても非力に見えるその腕が、強固に溶接されているはずのドアを、軽く引き剥がしたのだ。

 そして彼女はそのドアを、今にも襲いかからんとして空中に浮遊したままの一狐に向けて、思いっきりぶん投げた。

 突然の行動に反応ができない一狐は、ただ一直線に飛んでくるドアを見つめていた。豪速で飛んでいくドアは、見事に一狐の腹部をえぐるように捕らえた。ドアは猛進を止めず、そのまま天井に向けて突っ込んでいった。一狐の呻き声とともに、生々しい血の臭いが広がる。


「…………貴様。殺す」


 二狐のその冷徹な声と同時に、俺と二狐は、2階の廊下へと飛び込んだ。妹を左右から挟み撃ちにするために。とにかく重要なのは逃げ道を作らないことだ。何としても、街には絶対に逃がさない。


「…………オ前ニ私ハ殺セナイ。…………タダ……オ前ガ死ヌ……ダケ…………」


「上等だよ言ってくれんじゃねえか。お前みたいな女子中学生ごときに、妖怪と勇者の最強タッグが負けるわけねえだろうが」


「…………オ前ニ私ハ殺セナイ」


「あ?お前知ってるか。俺のアカウントは寿命60年分も課金してあるんだぜ?お前ごときに俺が倒せるわけが……っ」


 セリフを言い終わるまでもなく、物凄い勢いでひよこは突進してきていた、俺に向かって。正直速すぎて、体勢を、作る時間なんて、無かった。


「ぐぁっはああっ!」


 俺の腹部に強烈なブローがかまされる。意識が遠のいていくのが分かった。俺はそのまま壁に向かって吹き飛ばされていく。やはりこいつ、かなり手強い。

 ズドンッと強烈な音をたててぶつかると、壁にはまるで蜘蛛の巣ように亀裂が入った。これ家もたないんじゃねえの?


「……ヤハリ…………口ダケ。……オ前……トテモ弱イ…………」


「………………ふっ…ふっはははは。バカ言ってんじゃねえよ!俺は口だけ男は大嫌いなんだよ。…………お前の右腕見てみろよ?」


「………………………ナニヲ…………⁉︎………ナンデ………右……腕…………ガ……無イ……⁉︎」


 ひよこの影は切り落とされた右腕から豪快に血を吹き出した。ドバドバと溢れでる血を必死に抑えようとするが、その努力も虚しく勢いは増していくばかりに見えた。


「だからお前は甘いんだよ。半人前って言われんだよ。…………お前が殴った瞬間に、咄嗟に右腕を掴んだんだ。お前のその馬鹿力のおかげで見事にこの通りだ!お前ごときに負けるわけねえってんだよ」


「…………貴様………許サ……ナイ」


「別に許してもらいたいなんて思ってねえよ。さあ、くたばれ化け物。はやくひよこを、解放しやがれえええええっ!」


 俺と二狐は雄叫びを上げながら、一斉にその影に向かって走り込んだ。さあ、思う存分戦おう影。ゲームスタートだ。

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