2章 第1話
第二章 即席兄妹の憂鬱
弦内と嶺華が魔法機関合同軍の襲撃から逃げてきて3日が過ぎた。
一昨日の土曜日、ふたりは老婆にお金は払うから部屋を使わせて欲しいと申し出た。
老婆はふたりの申し出を心から喜んで快諾した。
いや、快諾どころか宿代はいらないし、食事まで提供すると言って譲らなかった。
そして今日は月曜日。
ここは茂香高校2年B組。ふたりは同じクラスに転入となった。きっとサントスが手を回したのだろう。
朝、校長室に行くと、50歳くらいの小柄な女性校長が笑顔でふたりを迎えた。
「事情は知らないけど、おふたりとも大変なことになったようね。頑張ってくださいね。前の学校から戴いたデータではご兄妹とも成績は凄く優秀ね。お勉強は大丈夫でしょうが、早くクラスに馴染んでお友達が出来るといいですね。そうそう、この袋にはキャッシュカードなど大事な物が入っているそうよ。確かに渡しましたよ。無くさないようにね」
校長室で担任の男性教諭を紹介されたふたりは、彼に連れられて教室へ向かう。
やがてホームルームが始まる。
今日から弦内の名前は青山弦内だ。
彼と嶺華は兄妹としてこの学校で暮らすのだ。
教壇の横に立つふたり。
担任がふたりを紹介している間、生徒達の視線は嶺華に集中した。
特に男子生徒の口からは溜息さえ聞こえる。
「はあ……美人過ぎだよ」
「なんか、綺麗すぎて相手にして貰えそうにないよな……」
しかし嶺華に対する女生徒の反応は少し違っていた。
弦内と嶺華の席は隣同士だった。これもサントスの策略だろうか。
1時限が終わると弦内に後ろの席の男子生徒が声を掛ける。
「青山さん、よろしくな、俺、関和宏ってんだ」
「ああ、よろしく。弦内って下で呼んでくれよ」
弦内は名前で呼んでくれるよう嘆願した。
青山という苗字で呼ばれても、誰のことかな? 状態なのだ。
「わかった、じゃあ弦内、よろしくな」
銀縁眼鏡を掛けた関は優しくて朗らかそうな好青年だ。
弦内の横では嶺華がひとり無表情なまま教科書を眺めていた。
みんなチラチラと彼女を見ているが、誰も声を掛けては来ない。
「弦内の妹さんって美人だな」
小声で関が呟く。
「あ、そうかな…… ありがとう」
極めて努めて冷静に弦内が答える。
嶺華は変わらず涼しい顔で教科書を見ている。
「……ま、困ったことがあったら何でも言ってくれよな」
やがて昼休みになった。
弦内と嶺華は弁当箱を取り出した。
弁当は朝から嶺華が作ったものだ。
今朝、朝食を用意する老婆の横で嶺華が作ったものだ。
弦内が起きたときには既に弁当は出来上がっていたが、朝食を食べながら老婆がしきりに嶺華を褒めていた。
「嶺華さん、お若いのに凄くお料理が上手よね。手際もいいし」
「お恥ずかしいです。おばあさん、これからもお料理を教えてくださいね」
そんな朝の出来事を思い出していると後ろから関が声を掛けてきた。
「なあ弦内、一緒に食べないか」
関は自分の机の空いたスペースを弦内に勧める。
関の横に座る男子生徒も弦内に声を掛ける。
「一緒に喰おうぜ」
「ありがとう……」
弦内は後ろを向いて関の机の上に弁当を広げながらチラリと嶺華を見る。
相変わらず無表情の嶺華はひとりで弁当の包みを開け始めた。
「あの、青山さん……」
その時だった。緑の長い髪を揺らしながらひとりの女生徒が嶺華の前に立った。
「ねえ、一緒にお弁当食べましょう……」
嶺華はゆっくりと彼女を見る。その顔は相変わらず無表情なままだ。
「あ、私は伊能尚子。よろしくね……」
「伊能さん、ごめんなさい。わたしひとりで食べたいの」
表情を変えずに嶺華。
その言葉は伊能尚子にも、そして弦内にも予想外だった。
「えっ……」
「……レイちゃん、せっかく誘ってくれてるんだし一緒に食べたら」
しかし嶺華の表情は全く変わらない。
「わたし、ひとりがいいの。ごめんなさい」
嶺華はそのまま弁当箱を開けると箸を持った。
「そ……そう……」
戸惑いとも驚きともつかない表情を残し、伊能尚子は去っていく。
教室の中から女生徒達のヒソヒソ声が聞こえてくる。
「あの人、何様なのかしら……」
「なんかイヤな感じだわ」
弦内は嶺華の方を振り返ると小声で話しかける。
「どうして一緒に食べないんだ! せっかく誘ってくれたのに。それじゃ友達出来ないよ」
「いいのよ、友達なんか出来なくても。いいえ、出来ない方がいいの」
弦内は驚いた表情で嶺華を見る。
「どうしてなのさ。友達がいた方が楽しいし、色々情報も得られるし……」
「放っておいてください、お兄ちゃん……」
無表情なまま言い放つ嶺華。
弦内は立ち上がると伊能の元に駆け寄った。
「あの、妹が、ごめんね」
「……」
「妹はちょっと変わってるけど、決して悪い子じゃないんだ。これからも宜しく頼むよ」
「あ、はい……」
伊能は腑に落ちない表情で小さく応える。
弦内は自分の席に戻ると、新しい友人達と食事を始めた。
嶺華の作った料理はどれも良くできていたが、今日の弦内はそれを機械的に食べるだけだった。