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無敵な魔女の方程式(イクエーション)  作者: 日々一陽
第一章 魔法の方程式と3人の魔女
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1章 第7話

 トラックは2時間ほど走って、どこかの街外れに止まった。


 運転手が車から降りてどこかへ向かう。

 やがて彼の姿が見えなくなるとふたりは荷台から降りた。


「ここは何処だろう」

「さあ……」


 夜も10時近かった。交通量が多い広い道を歩いて行く。下町の外れのような風景だ。


「今夜はどうしようか。僕たち高校生は深夜のネットカフェは使えないし」

「あら、大丈夫よ。わたしの魔法で店員さんの意識を乗っ取れば問題ないわ」

 さらっと犯罪行為を口走る魔法使い。


「青山さん、ダメだよ。それは最後の手段だよ」

 弦内も決して否定はしていなかった。


「ともかく、何処かいいところがないか探そうよ……」

 弦内と嶺華は今夜の宿を求めてあてもなく街中の方へと向かった。


 ホテルを探しているわけではない。

 男女カップル状態でホテル、と言う選択肢はふたりにはなかった。

 深夜営業の喫茶店とか、夜露をしのげる公園とか、そんないい場所はないだろうか。


 ふたりは何を話するでもなく、もう30分ほど歩いていた。

 めぼしい場所もいいアイディアもなく少し焦り始めたその時だ。


 目の前に予想外の光景が飛び込んできた。


「ねえねえ、ばーさん。3万円でいいからさあ、貸してくれよ」

「早く貸さないと10万円に値上げするぜ、オラ」


 見ると3人の不良風の男達が誰かを取り囲んでいる。どうやらひとりの老婆を恐喝しているようだ。所謂渇上いわゆるカツあげだ。そう気がついた瞬間、弦内の足は勝手に不良達の方へ動いていた。


「なっ、何をしてるんだ!」


「おっ、なんだこの兄ちゃん。兄ちゃんもお金くれるってか?」


 弦内は3人の不良達を見回す。ひとりはこわもてで背が高く手にナイフを持っていた。2人目は体重100キロはあろうかという巨漢のスキンヘッドの男だ。そして3人目はサングラスを掛け、手に金属パイプのようなものを持っていた。


勝手に足が動いて飛び出したのはいいが、どう考えても勝ち目はないと悟る弦内。だいたい喧嘩はからっきしだ。昔少しだけ柔道を習ったことはあるが段は持っていない、ごく普通の高校生なのだ。失敗したと思う弦内。それでも彼は言わずにいられなかった。


「そのおばあさんを放してやれよ。困っているじゃないか!」

「なあ、兄ちゃん、じゃあ代わりに10万円出してくれるか、ええ?」


 男達がじわじわと弦内に近寄ってくる。


「ふざけるな。そんなことをしていいと思ってるのか……」

「黙ってろ小僧!」


 巨漢のスキンヘッド男が弦内に殴りかかってくる。咄嗟に身を引いて避けようとする弦内だが、男のパンチが僅かに早く弦内の顔面を捕らえた、かに見えた。


「おえっ?」


 男の右ストレートが宙を切る。そのまま体制を崩すスキンヘッド。


「今だ!」


 弦内が右フックを男に放つ。


 ばきっ!

「えっ?」


 弦内のパンチが男の顎を的確に捉えると、男の巨軀が宙を舞った。巨漢の男が吹き飛ぶ様は弦内の予想を遙かに超えた。


「野郎!」


 次の瞬間、長身男のナイフが弦内を襲う。

 鋭く振り出されたその凶器は弦内の腹部を確実に捕らえた、かに見えた。


「あぎゃっ?」


 ところが男のナイフは弦内を捕らえてはいなかった。

 それどころか長身男は何かに手をぶつけたような感覚に襲われ、激痛のあまりナイフを地面に落としていた。


 カラカラカラ……

 

 それを見た瞬間、弦内は何が起きているのかを正しく理解した。


「青山さん!」

「油断しないで、桐間くん!」

「分かった!」


 嶺華の魔法が弦内を助けているのだ。

 直接不良達を倒すのではなく、あたかも弦内が倒したように見せようとしていた。

 おばあさんも見ているのだし、その方が厄介事にならない。それを理解した弦内はついさっきまで感じていた絶望感から解放され、勇気1024倍になっていた。10ビットだ。


 ナイフを落とし隙だらけになった男の腹部に右ストレートを放つ弦内。その威力は拳を振るった弦内ですら驚くものだった。


「うげっ……」


 一瞬でその場に崩れ落ちる長身の男。


「ざけやがって!」


 しかし、それとほぼ同時にサングラスの男が弦内めがけて金属パイプを振り下ろす。

 これも弦内の脳天を直撃、したかに見えた。


「うぎいっ?」


 ところが男の振るったパイプは弦内から大きく逸れて、思い切り地面を叩きつけた。

 

 ガキッ ガンガンガン……


 弦内はその瞬間を逃さず、男の顔面にパンチを見舞う。


「あばっ!」


 大きく後ろに崩れ落ち、受け身もとれずにコンクリートに倒れるサングラスの男。


 最初に吹き飛ばされた巨漢のスキンヘッドはその様を唖然として見ていた。


「きょ、今日のところは、大目に見てやる!」


 捨てゼリフを吐いてスキンヘッドの男がよろめきながら逃げていく。

 やがて苦しみながら他の2人もスキンヘッドの後を追って逃げていった。


「おばあさん、大丈夫ですか?」


 弦内と嶺華が老婆の元に駆け寄る。


「ありがとう。ほんとに、ありがとう」


 そう言うと彼女は2人を見つめた。

 もう八十歳を過ぎているのではなかろうか。

 小柄で優しそうで、とても上品な感じがする老婆だった。


「おふたりとも怪我はなかったですか?」

「ええ、大丈夫ですわ。おばあさんこそ怖かったですよね」

「大丈夫よ、本当にありがとう」


 ふたりの顔を交互に見ながらひとり頷く老婆。


「あの、わたしの家はすぐそこなのよ。是非お茶でも。あ、こんな夜遅くにご迷惑かもしれないけど、是非いらしてくださいな」


 老婆は上品に微笑みながら弦内の手を取った。


          ***


 老婆の家には歩いて3分ほどで着いた。

 街にも近いのに庭もある2階建ての大きな家。

 表札には『北里』と書かれていた。


 3人掛けのソファに弦内と嶺華を案内して、老婆はお茶を煎れながらふたりに自分の身の上話しを始めた。1年ほど前に夫に先立たれたこと。2ヶ月前までは大学に通うため2階の部屋にふたりの孫が住んでいたが、彼女達も就職して出て行ったこと。だから今はこの家に一人で住んでいること。先月から近所のスポーツジムに通い始めたこと、などなど。とても優しく優雅な口調だった。


「おふたりはご兄妹かしら、それともお若いのに駆け落ち?」

「いえ、駆け落ちとかそんなのじゃないです……」

 困ったように嶺華を横目で見ながら弦内が答える。


「ああ、おふたりのお家にお電話しましょうか? ご心配しておられるでしょう」

「いえ、それはご心配なく」


 弦内は言いながら、自分たちの状況をどう説明しようか思案していた。まさか魔法使いに追われて今夜の宿を求めて彷徨っている、なんてことは言えない。そんなことを言ったら頭の中を疑われること請け合いだ。しかし高校生の男女が夜ふたりで出歩いていることをどう言えばいいのか。


 けれども老婆はそんな弦内の心の中を見透かしたようにふたりに救いの手を差し伸べた。


「何か事情がおありなら別にいいんですよ。宜しければ今晩ここに泊まっていってくださいな。いえ、今晩だけじゃなくてもいいんですけど」


 老婆はゆっくりと微笑んでお茶をすする。


「えっ……」

「……」


「無理にとは言いませんが、困っておられるのではないですか。わたしもおふたりがいてくださる方が嬉しいんですよ」

「宜しいのですか?」

 先に言葉を返したのは嶺華だった。


「はい、こちらからお願いしたいくらいです。じゃあ早速2階のお部屋を案内しましょうね」


 老婆に案内された2階は結構広くいくつかの部屋があった。弦内と嶺華はその内の二部屋を使うよう案内された。どちらの部屋にもベットと机があり、綺麗に片付けられている。弦内と嶺華は一部屋ずつ使わせて貰うことにした。老婆の勧めで入浴をしたあと、ふたりは弦内の部屋で話をしていた。


「で、これからどうなるんだろう、僕たち」

「先ほどサントス教授に今後のことについてメールをしておいたわ。明日には指示があるでしょう」

「ありがとう」

「それから、桐間くんは追われているのだから本名を名乗っちゃいけないわ。何か名前を考えておいてね」

「なるほど、そう、だね」


 そこで弦内は何かを思い出したように嶺華に頭を下げた。


「あの、さっきはごめん。それで、ありがとう……」

「ああ、不良に喧嘩を売ったこと。確かにそうね、少し無謀だったわね。でも……」


 いつものように全く表情を変えない嶺華。ただ最後に少しだけ俯いた。


「でも、格好良かった、わ」


「いや、迷惑かけて、実際あいつらをやっつけたのは青山さんで、僕は守ってもらっただけで、何も出来なくて……」


「そんなことないわ。桐間くんは正しいことをして、お陰で今日のお宿も見つかった。お礼を言うのはこっち」


 最後に少しはにかみながら、しかし可憐に微笑んだ嶺華。


「さあ、そろそろ寝ましょうか。わたし部屋に戻るわね」

「うん、そうだね。じゃあおやすみ」


 部屋を出て行く嶺華。

 弦内の脳裏には彼女が見せた笑顔が強く焼き付いて離れなかった。


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