1章 第3話
その日の夜。
ここは研究施設の寮の食堂。
6人掛けのテーブルが10席あるだけのこじんまりした食堂だ。
そのど真ん中の席に朝永まりや、長岡美鈴、青山嶺華そして桐間弦内の4人はケーキとお菓子の山を前にしていた。
「それじゃあ、弦内くん歓迎パーティの開始よ! ケーキもお菓子も死ぬほど食べてね!」
まりやが嬉しそうに宣言すると美鈴と嶺華の手がイチゴのショートケーキに伸びる。
「でさあ、弦内くんが考えたって言う方程式って、どんなの?」
まりやがチーズケーキを頬張りながら尋ねる。
「ああ、一言で言うと重力場の方程式に別の三次元空間の概念を導入したものなんだ」
「……は?」
「ごめん、分かりにくかったかな。ともかくその方程式の意味するところは……」
彼の解説を要約するとこういうことだった。
我々が存在する空間には平行する別の異次元空間が存在する。
その二つの異空間はエネルギーのやりとりが出来る。
別の異次元空間は我々の世界から直接的な観測が出来ない。
「そして」
彼は付け加える。
「人間の霊や魂と言った超常的な存在は、その異次元空間側に存在するんだ。そう仮定すると全ての超常現象が合理的に説明できるんだよ。多分人間、いや生命の意識と言うものはこの空間と異次元空間を跨いでいるのだと思う」
「…………」
「それを自由に操れる特殊な能力、意識を通して異次元に影響を与える能力が魔法なんじゃないかな。これが僕の推論」
「わっかりません! まりや、理解度0パーセントでした。美鈴は分かった?」
「はい。私は分かりましたけど……」
「くっ。あなた賢いわね…… 嶺華は分からなかったよねっ!」
まりやが嶺華を見ると、彼女はフォークでケーキのイチゴを突き刺しながら弦内に質問した。
「その異次元空間は我々の世界から直接的な観測が出来ないって言ったわよね。でも魔法はそこに影響を与えることが出来る。何だか話が矛盾してるわ?」
「そうなんだ。青山さんの言う通りなんだ」
弦内は熱弁を振るう。
「異次元空間を直接観測が出来ないと言うのは、量子論における不確定性原理と同じで、機械では異次元の物体の位置と運動量を同時に知ることは出来ないと言うことなんだ。でも人間の『意識』と言う生命現象にはそれがが可能らしい。そもそも生命現象ってそれが何なのか、実は僕たちはよく分かっていないからね」
「ふうん、なるほどね」
弦内の強引な説明を聞いて、まるで理解しきったような返事をする嶺華。
「ちょっと待ってよ。分かってないの、あたしだけ?」
表情ひとつ変えず無言のまま首肯する嶺華。血も涙も情け容赦もない女だった。
「あ~ん、ひどいひどいっ! あたしの涙をその巨乳で受け止めて!」
そう言うまりやは美鈴の豊かな胸に顔を埋めた。
そして嶺華の薄い胸を見ながらニヤリと笑った。
「ああっ、美鈴のおっぱい、気持ちいい!」
「くっ……」
こちらにも、血も涙も道徳観もなかった。
そんなやりとりに目のやり場をなくした弦内が話題を変える。
「ところで僕から質問してもいい?」
「勿論ですよ。どうぞ何でもきいてくださいね」
まだいじけているまりやに代わり、美鈴が応える。
「えっと、この寮には何人いるの? 君たちは何故ここにいるの? この施設の目的……」
畳みかけるように質問を浴びせる弦内の言葉を美鈴がさえぎる。
「まぁまぁ、質問はひとつずつゆっくりのんびりしましょうね。先ずこの寮にはわたくしたちを入れて20人くらいが入っています。魔法使いが10人と、あとは研究員の方ですね」
その言葉をまりやが引き継ぐ。立ち直りは速効らしい。
「魔法使いは何故かみんな女。あたしたち高校生は1日7時間、高校の授業を組まれているの。ちゃんと担当の先生が日替わりで来るんだよ。高校生はあたしたち3人だけ。あとの人はもっと年上よ。つまり、あたしたちはここで高校生活を送りながら魔法を解明する研究のお手伝いをしているってわけ。今日みたいなお仕事も時々はあるけどね」
「明日からの授業、弦内さんも入れて、2年生は4人になるんです。私、とっても楽しみです。お勉強、教えてくださいね」
美鈴がにこやかに弦内を見つめる。
「あちゃ~。そうか、弦内は天才だから、やっぱりあたしが最下位か!」
悔しがるまりや。
「そんなことはないよ。僕は物理と数学は得意だけど、他はそうでもないし」
「こんな事言うヤツに限って平気で90点とか100点とか取るんだよな……」
「それより、この研究所の目的はなんなの」
「ああ、それね。表向きは世界中の科学理論を分析して次世代の国家研究テーマを探し出す研究機関なの。でも実際は国家の機密テーマを水面下で研究しているってのが実態だけどね。魔法のような」
「水面下なのか。そうだね。誰も信じないよね、魔法なんて」
「だからここで魔法の研究をしていることは機密事項。わたしたちも普通の人の前では魔法を使わないわ。厄介事になるだけだし」
まりやの言葉に美鈴も頷いている。
「なんだか辛いね。別に悪いことじゃないのにね」
「そうよね、だけど魔法を研究しているのはここだけじゃないらしいわ。他の国でも行われているそうよ」
そう言いながらまりやは2個目のケーキに手を伸ばした。
「そうそう、弦内さんは外出禁止なのよね」
今度はモンブランを頬張りながら、まりや。
「えっ?」
きょとん顔の弦内。
「あれ、サントス教授から聞いてないの?」
「うん、聞いてない」
きょとん顔の弦内にまりやが語りかける。
「あなた、自分の理論をインターネットの自分のサイトで公開したんですってね」
「うん、そうだけど」
如何に優れた理論であっても一介の高校生である弦内がそれを学会や専門誌に発表する道はなかったし考えもしなかったのだ。
「あなたの理論とうちの研究結果があまりに符合するのに驚いたサントス教授があなたを招聘したんですよね」
「そうらしいね」
「でもね、そのサイトを見たのはサントス教授だけとは限らない。もし、他の魔法研究機関もあなたのサイトを見ていたらきっとあなたに食指を伸ばすに違いない。タチが悪いところに目をつけられると誘拐だってされかねない」
「誘拐って……」
「だからあたしたちはあなたが勝手に施設外に出ないように見ていてくれって、サントス教授に頼まれてるの」
「僕が狙われてる?」
「そう言うことよ。他の魔法研究機関にね。でもここのセキュリティは強固ですからね。不法侵入がないかは当番で魔法使いも見張っているわ」
「……」
「ごめんなさい、ちょっとショックだったかしら」
「いや、大丈夫だよ」
このとき弦内は、この話の重要性をまだよく理解していなかった。
「もし近くのコンビニに用があるときはあたしたちに言ってよね、使いっ走りになるから。気にしないでいいからね」
まりやが笑顔で語りかける。横で美鈴も微笑んでいる。
「うん、ありがとう」
そう言いながら弦内が1個目のケーキに手を伸ばしたとき、まりやは3個目のケーキに手を伸ばしていた。