2章 第2話
放課後ふたりは一緒に帰った。
途中、キャッシュカードが手に入ったふたりはお金を引き出した。いくらかを老婆に渡すつもりだ。
「で、どうして伊能さんの誘いを断ったんだ」
「わたしひとりが好きだから……」
弦内から目を逸らしながら嶺華が呟く。
「だから気にしないで。わたしはお兄ちゃんさえいてくれればそれでいいの……」
少しドキリとした弦内だが、すぐに嶺華に向き直る。
「ダメだよ、僕だって関とか他の男と弁当食べたり遊んだりすることになるよ。それに体育の授業なんかは一緒にいれないじゃないか。レイちゃん寂しくなるよ」
「わたしは全然構わないの。だって今までも、ずっとひとりだったから……」
「えっ?」
嶺華の表情に少しだけ翳りが浮かぶ。
「お兄ちゃん…… いえ桐間くんは、どこへも行かないわよね……」
老婆の家に戻った弦内は今日の出来事を思い返す。
どうして嶺華は友達を作らないのだろう。
弦内の頭の中はこの疑問でいっぱいだ。
「多分、彼女には人の意識が勝手に入ってくるんだ。本人の意志に関係なく勝手に」
もしそこに原因があるのなら……
弦内にはある発想が浮かんだ。
「彼女の中に人の意識が勝手に入らなくする方法があれば……」
弦内は今日校長先生から受け取った袋を取り出した。
袋の中には弦内用の新しい携帯電話が入っていた。
今使ってるものは敵に探知される可能性があるから使うなとのこと。
「そうだとしたら、もしかしたら……」
弦内は新しい携帯でサントスに連絡を取った。
「あ、サントス教授。弦内です…… ええそうです、ご迷惑をおかけします…… はい。それでですね、今日はお願いが…… はい。実は作って欲しいものがあるんですけど……」
そして弦内はサントスにあるものを依頼した。
暫くの後、一階の居間に降りると嶺華と老婆は押し問答の真っ最中だった。
「これだけでも受け取ってください」
「いいえ、いりません。あなたたちは命の恩人ですし、私も一緒だと楽しいんですよ」
「でも、食費とか光熱費とか掛かりますよね」
「こう見えてもお金には不自由していないんです。受け取れません」
「でも……」
レストランのレジでよく見かける光景に似ていた。
お金はわたしが払います、とお互い譲らない、あの光景だ。
そこに弦内も参戦する。
「ねえ、おばあさん、お願いします。受け取ってくださいよ」
「ふう……」
少し溜息をついて老婆。
「わかりました。じゃあこうしましょう。このお金は私が預かります。そしてあなたたちのために使いますね。これでいいでしょう」
「それじゃあおばあさんのご負担が……」
「ねえ嶺華さん、今日はそう言うことにしておきましょうよ。いいですよね」
「……はい」
優しく微笑む老婆に嶺華は小さく頷いた。
「それじゃあ晩ご飯にしましょう。準備は出来ていますからね」
3人は食卓を囲んだ。
「今日は若い人が大好きなハンバーグにしてみましたよ」
「わあ、わたし大好きなんです、ハンバーグ」
嶺華が嬉しそうに手を合わせる。
それを見て弦内は思った。
「学校の表情とは全く別物だよな。今のレイちゃん、凄く輝いてるのに…… なんとかしてあげたいな……」
そんなことを考えながらハンバーグを頬張る弦内だった。
***
翌朝、教室に入ると何だか騒がしかった。
「どうしたんだ、関。今朝は何だか騒がしいけど、いつもこんな風なのか?」
「いや、何でも転校生が来るらしくて」
「転校生?」
「それも美人がふたりも。昨日の朝、お前達兄妹が来たときもこんな感じだったんだけどね。残念ながら弦内じゃなくって妹さんの噂で持ちきりだったけど」
「ふうん、転校生ねえ」
ちらっ、と横を見る弦内。
いつものように無表情な嶺華だが、今朝は少し様相が違う。
嶺華は少し緊張を含んだ面持ちで弦内に耳打ちをする。
「お兄ちゃん、席を立たないでくださいね。魔法使いが近くにいる気配がするんです」
「えっ! 魔法使い……」
「はい、だからホームルームが始まったら結界を作ります」
「……うん、わかった」
こんなに早く逃走先が分かってしまったのか?
緊張する弦内。
ガラガラガラガラ
教室のドアが開くと担任が入ってくる。
嶺華の表情にも緊張感がみなぎる。
「はい、みんな席について。今日も転校生を紹介します」
クラスの生徒達と同じように弦内と嶺華も入り口に注視する。
「お兄ちゃん、油断しないでね」
弦内の耳元で嶺華が囁く。
「うん……」
担任が入り口に向かって手招きをする。
「じゃあ、入ってきて」
「失礼します!」
「うわあ、すてき……」
「おおお、可愛い……」
入ってきた転校生を見てクラスの生徒達が声を上げる。
しかしそれを見た弦内と嶺華は目をぱちくりさせていた。
「じゃあ、自己紹介して貰おうかな」
入ってきた赤毛のショートヘアがよく似合う女の子が元気な声を出す。
「はあい、あたし朝永まりやって言います。よろしくね」
その横に立つ長い栗毛の子も軽く会釈をする。
「長岡美鈴と申します~。よろしくお願いしますね~」
「って、朝永さんと長岡さん!」
思わず大きな声を上げる弦内。
「はい、弦内くん元気だった? ラブラブしてる?」
「そう言うことです~ 青山さんの、お・に・い・さん!」
「なに転校してきてるんだよ!」
弦内の抗議を軽くスルーして、まりやと美鈴は後方の席に着いた。
「おい弦内、あのふたり知り合いなのか?」
後ろから関が声を掛けてくる。
「あ、ああ、ちょっとした知り合いなんだ」
チラリと横の席を見る弦内。
さっきまでまりやと美鈴の出現に暫く驚きの表情を浮かべていた嶺華だったが、今は元のクールな彼女に戻っていた。




