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case.1 後編

 300人程度の歩兵など、一万の騎兵の前にはなんの障害にもならないはずだった。

 大軍がその利を生かせない狭路とはいえ、目の前に広がる惨状はあまりにも異常といえた。


「なんだ? なんなんだあいつらは!? 」


 一万の騎兵を率い敵国の王都を急襲せよ、そう本国から命令を受けた将軍、ノチーニ・サーセンは接敵したという先頭集団を叱咤するために最前線近くまで馬を進め、その光景に思わず頭を抱えた。

 

 盾を構えた姿勢のまま一歩も引くことのない敵兵の前に、倒れる無数の騎馬たち。

 それは、さきほどから十数度にわたって行われた突撃の結果だった。


 少数の敵を馬蹄によって蹂躙すべく速度を乗せて突撃した先頭の騎馬隊は、まるで堅固な城壁にぶつかったかのように足止めされ、そこに後続の騎馬が突入し、目も当てられない状況に陥った。

 幸いなのは大きな盾を持った敵兵は密集しているためか攻撃はしてこず、こちらの倒れた騎馬に止めを刺さないことだ。

 さきほどから生き残った騎士たちが、体を引きずりつつこちらに帰ってきている。

 被害は思ったより少なそうだが、敵の守りは鉄壁で、騎兵の突撃は疎か、弓矢や投石も効果はないように見える。


「あの盾、何らかの魔法具かもしれませんな」


「さようで、だとすれば厄介ですぞ」


 ノチーニの左右に従う、参謀たちが口を開く。


「そんなこと言われなくともわかる! あれをどうするか、それを考えるのが考えるのが貴様らの仕事であろうが! さきほどから馬鹿の一つ覚えのように突撃ばかりさせおって! 先頭の騎兵を退けて、魔法騎兵を集めろ! 例の魔法ですべて吹き飛ばしてくれる! 」


 業を煮やしたノチーニは、王都急襲の切り札となる魔法騎兵の投入を決めた。


「閣下!? あれは王都攻略の切り札ですぞ!? ここで使ってしまえば、王都に辿り着いたときに魔力不足となることも……」


 参謀たちが慌てるが、ノチーニは聞く耳を持たない。


「黙れ! このままではその王都にすらたどり着けぬではないか! もう決めたのだ、さっさと準備を整えよ」






 十数度に及ぶ敵の突撃を退けたレイノたちの損害は、皆無だった。

 一万の敵を相手に奇跡のような結果だったが、これは奇跡でもなんでもないとをレイノは敵との攻防を見て確信していた。


 実力が違い過ぎる。

 

 敵の練度が低いわけではない。

 こちらに突撃してくる騎士の身のこなしなど王国の騎士団と同等か、それ以上の技術を持っていた。

 練兵のため王国に雇われたレイノは、敵が王都急襲のために選抜された精鋭であることを見抜いていた。

 にもかかわらず、この傭兵たちは稚児をいなすようにその攻撃を受けとめ、あまつさえ刺せる止めを刺さず逃がしてしまう。

 敵が弱いのではなく、こちらが異常に強いのだ。


 何故止めを刺さないのかとヤラセンに聞くと、負傷兵に止めを刺さないのは行軍速度を落とすためだと答えて一応は納得したが、レイノには他にも理由があるように思われた。


 これほどまでに強い者たちならば、レイノの職業上、なにかしら耳にすることがあるはずなのだが、今まで噂すら聞いたことがない。

 この者たちには何か大きな秘密がありそうだとレイノは感じていたが、ヤラセンをはじめとする傭兵たちが放つ威圧ともとれる強力な気配に尻込みしてしまい、詳しい事情は聞けずにいた。


「敵さんも存外歯ごたえがなくって飽き飽きしそうなところだったが、ようやく切り札を使ってくるようだぜ」

 

 ヤラセンの言葉に思考の海から浮かび上がったレイノは、敵の先頭が先ほどまでのただの騎兵ではなく、槍のように長い杖を持つ魔法騎兵に代わっていることに気が付いた。


「しまった! 魔法騎兵だ! 密集しているこちらは敵のいい的だぞ!? 」


「なぁに慌てることはないぜ、レイノ。ここで奴らに魔法を使わせておけば、奴らに王都の城壁を抜く手段はなくなる」


「しかし、魔法で俺たちが全滅すれば、無防備な王都に敵が行く。あともう少し時間を稼がないと……」


 レイノは、ヤラセンたちが敵にここで魔法を使わせるために全滅するつもりだと思ったが、ヤラセンには全くそんなつもりはなかった。

 まぁ、見ていろとでも言わんばかりに、自信を持った声で指示を出す。


「敵が魔法を用意している、全員、対魔法防御を! 」


 ヤラセンたち隊長が指示を出すと、レイノが聞いたことのない短い呪文を傭兵たちが一斉に唱えた。

 まさか全体詠唱かと、レイノは今日何度目かわからない驚愕で目を丸くする。

 固まるレイノを尻目に、先頭の傭兵たちの前に半透明の光の膜のようなものが現れドーム状に傭兵たちを包み込んだ。






「魔法障壁だと!? まぁ、どうせ誰か魔法が使える者が苦し紛れに唱えただけだろう。こちらには魔法の秘技、全体詠唱がある。木端魔法障壁など、その障壁ごと吹き飛ばしてくれる! 準備が整い次第放てと魔法騎兵たちに伝えろ」


 切り札の使用を決断したノチーニは、目の前の魔法障壁を見てもその自信を覆すことはなかった。

 彼が今回の作戦で預かった魔法騎兵は近隣諸国にまでその武勇を轟かす自国最強の部隊であったため、彼の自信もあながち間違いではなかった。


 本来の魔法騎兵の役割は王都の城門を吹き飛ばし、王城を火の海に変えることだったが、目前に立ちふさがるイレギュラーの排除をなくして王都急襲はあり得ない。

 そもそも今回の王都急襲には、成功の可否が別れる決定的な時間が決められていた。

 敵側の防衛体制の整うまでの短期決戦であり、王都到達までに時間がかかり過ぎれば、作戦そのものも中止することになっていたのだ。

 先ほどの無駄な突撃で時間を使ってしまったため、ノチーニはその自信の有無を別にしても、選べる手段はこれしかなかったのである。

 この作戦はノチーニの今後の栄達もかかった重要な作戦であり、失敗、ましてや作戦そのものの中止などあってはならなかった。


 ノチーニのそんな思いに答えるように、魔法騎兵の頭上に大きな火球が現れた。

 それはさる国の堅固な城壁をも容易く破ったことで知られた魔法であった。

 火球はその大きさを増しつつ、凄まじい勢いで傭兵たちに降り注ぎ、凄まじい爆炎が巻き起こる。


 それを目にした者たちは爆炎が収まった後、自分たちの歩く道が残っているのかということを心配してしまった。

 それほどの威力だったのだ。


「ハハハハハ、見ろ! 馬鹿な敵兵どもめ、塵一つ残ってはいないだろう」


「か、閣下。あ、あれをご覧ください」

 

「どうした? まさか下の道までも崩れ……!? 」


 味方の魔法の威力に有頂天になったノチーニが部下に促され敵の方向をみると、土煙が収まったそこには先ほどと全く変わらぬ魔法障壁と傭兵たちが存在した。


「やつらは化物か!? 再度撃て!! なんとしても敵を排除するのだ!! 」


 ノチーニも動揺していたが、それ以上に動揺していたのは魔法騎兵たちである。

 彼らは今までに華々しい戦果を挙げ、最強の名をほしいままにしてきたのだ。

 突然現れた少数の敵に自分たちの得意な魔法で後れを取ることは、彼らの矜持を甚く傷つけることだった。

 魔法騎兵は各々が自分の持てる全力でもって全体詠唱を行い、十数度にわたり攻撃魔法を放った。


 しかし、十を超える極大の魔法攻撃も虚しく、魔法騎兵は傭兵たちの障壁を破ることはできなかった。


 それどころか一人、また一人と自慢の魔法騎士が倒れていく。

 十数度にわたる全体詠唱によって魔力と精神力が切れ、力尽きたのだ。


「なぜだ? なぜこれほどの魔法を容易くしのげる!? 」


 魔法騎士と同様に、ノチーニの精神力も摩耗し、尽きようとしていた。


 彼は目の前の敵に恐怖を抱いたのだ。

 敵は、最初の突撃とあわせてかなりの時間こちらの攻撃に晒されていた。

 にもかかわらず、彼らは傷一つなく、さらには疲れた様子もない。

 こんなこと人間ならありえない。

 ノチーニには目の前に立ちふさがる敵が不気味な化物のように見え始めていた。


 こちらの攻撃が何一つとして効果がない相手が反撃に転じたら……そう考えると虎の子の魔法騎兵が敗れた今、ノチーニには一万の味方などいないに等しかった。


「て、撤退だ! 撤退する。作戦は中止だ。各自撤退を開始せよ! 」


 そう言うや否や馬を返し、狭い山道を味方を押しのけつつ全力で駆けだした。

 呆気にとられたのは参謀たちである。

 なぜそんなにノチーニが焦っているのかわからないのだ。

 苦戦はしていたが、まだ当初決められた時間は過ぎていない。

 作戦を中止にするには早すぎるように感じたが、総司令官たる将軍の命令に背くわけにはいかず、敵が動かないのをいいことに僅かな殿を残し、悠々と撤退を開始した。


 このあたりの臆病さが、将軍にまで上り詰めたノチーニと参謀止まりである彼らの差なのかもしれなかったが、今回に限って言えば敵の反撃はなく、本国へと逃げ帰ったノチーニは臆病者との謗りを受ける。






「まだ時間はあるが、敵が引いていくぞ? 何かの作戦か? 」


 ヤラセンは首をかしげたが、レイノにはその理由が痛いほどよくわかった。

 味方としてここにいるから心強さを感じるが、敵に回してこれほど不気味な敵はいないだろうと思う。 自分たちの攻撃を容易く退け、反撃はしてこない。 

 また、少数で大軍を相手にしているということが、よけいに自分たちとの実力の差を表しているように感じたことだろう。

 敵は自分より格上の相手からの反撃を恐れたのだ。


「どうやら敵は本当に撤退したようだな。今、こちらの斥候がそれを確認した。これで俺たちの役目は終わりだな」


 いつそれを確認し、どんな根拠があるのかとレイノは疑問に思ったが、彼らがそう言うのならそうなのだろうとレイノは納得することにし、あの大軍を相手に生き残ったことをただ喜ぶことにした。


「本当にありがとう。ヤラセンたちには、いやヤラセン殿たちには感謝してもしきれない。正直、俺はここで命を捨てでも敵を止めるつもりだったんだが、結果的には何もできなかった。ありがたいやら、情けないやらだ」


「改まって礼なんてよせよ。それにヤラセンでいいって言っただろ。こちらとしては、レイノの見せ場を奪ったみたいな形になっちまって申し訳ない限りだ。正直こんなに簡単に退くとは思わなかったんだ」


 ヤラセンは若干照れた後、申し訳なさそうに言った。


「見せ場なんてつくってもらったって、うまくいくとは限らなかったさ。俺の作戦なんて最初から死ぬこと前提で、作戦なんて言えないほどお粗末なもんだ。今考えると失敗の可能性の方が高かったよ」


 そういって苦笑いを浮かべるレイノに、ヤラセンが今までで見たことがないほど真剣な顔で口を開く。


「いやレイノ、あんたは俺たちがいなくたって足止めをやり遂げたさ。俺たちはただほんの少し手助けしたに過ぎない。レイノは一人でそれができるだけの勇敢さと実力を持ってる。それは俺たちが保証する」


「あ、ありがとう。ヤラセンたちがそういうのなら信じてみるよ。さて、王都に帰ろうか。凱旋だ! 」


 ヤラセンの真剣さに若干面喰いつつもレイノが答える。  

 王都に帰れば、ヤラセンたちは一躍時の人だろう。

 何せ300人で一万の敵を退けたのだ。

 褒賞には金だけじゃなく、爵位までつくかもしれない。

 レイノにはヤラセンたちの栄達が自分のことのように嬉しかったが、王都へ向け歩き出すレイノに対し、ヤラセンたちは立ち止ったまま動かなかった。


「レイノ、すまないが俺たちはここでお別れだ。どこに行くかは言えないし、恐らくもう二度と会うことはないだろう」


「そんな!? このまま王都に帰れば、ヤラセンたちは英雄だぞ? 」


「いや、英雄にはあんたがなるんだ」


「馬鹿な!?俺は何もしちゃいない。やったのはヤラセンたちだ。そんな手柄だけとるようなことできるわけない! 」


「いいんだ、元々レイノが立てるはずの手柄だったんだから。言っただろ? 俺たちはレイノの手助けをしただけなんだって」


「だが!そんな……」


 まだ言い募ろうとするレイノを遮って、ヤラセンは口を開く。


「すまないが、こうするしかねぇ。会った時から気になっていたようだが、俺たちの事情についても今のレイノには話せねぇ。ただ、俺はレイノ、あんたが気に入ってる。できれば俺たちの仲間になってほしい。そうすれば、俺たちのことも詳しく話してやれる。だが、それはレイノに全てを捨ててくれと言っているに等しいんだ。もし仲間になってくれるのなら、この世界を捨てるくらいの覚悟をしてからにして欲しい。決めるのは今すぐにとは言わない。ことが落ち着いたら、そうだな、半年後くらいに迎えをやる。そのときまでに決めておいてくれ」


 ヤラセンはそういうと、レイノに小さな紙を握りこませた。

 手のひらより小さな大きさの紙は驚くほどきめ細かい質感で、今まで見たどんな紙よりも上等そうだった。

 レイノは紙に書かれた小さな文字を読み取る。

 見たこともない文字だったが、魔法がかけられているのかすんなりと読めた。


『ヒーローズ・ヒーローズ』


 そう美しい字体で書かれた下に、乱暴な走り書きが加えられていた。


『彼女と一緒にこいよ、仲間になるなら駆け落ちも手伝うぜ! 』


 書かれたことを読み終わり顔を上げると、そこにはヤラセンも他の傭兵たちもいなかった。

 現れた時と同じように、消えるときも一瞬だった。

 全て夢かとも思ったが、手に残るヤラセンに渡された紙がそれを否定していた。


 全てを捨てる覚悟とやらの全ての中に、幸いにも彼女は入らないらしい。

 この世界で彼女と結ばれるのは、一万の敵から生き延びるのと同じくらい難しそうな気もするし、彼女さえよければ、駆け落ちも悪くない。

 レイノはそんな風に思いつつ、ヤラセンから貰った紙片を大事そうにポケットにしまった。






 半年後、王国に再び大きな衝撃が走る。

 半年前、王都に急襲を仕掛けた敵軍一万を一人で退けたと噂される他国人の若い将軍が、第一王女と駆け落ちしたのだ。

 国民はそのスキャンダルに沸き返ったが、国王はそれを認めずに王国中を捜索させる。

 しかし、上手く他国へと逃げたのか、どこかで人知れず心中したか、その後二人が見つかることはなかった。


 それと同時期、ヤラセン隊長の率いる実働中隊に新たな隊員が加わった。



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