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case.1 中編

 敵の急襲部隊一万は、王都から数里しか離れていない峡谷を通過しようとしていた。

 このままでは数刻もしないうちに防衛体制の整わない王都へとなだれ込み、愛する人の住まう王都を蹂躙するだろう。


 一方、王都の守備隊が防衛体制を整え敵を迎え撃つには、さらに数刻の時が必要だった。

 最悪の事態だがこうなってしまったからには、一万もの敵を王都より手前で足止めするしか王都を守りきるための術はなく、それができるのはこの峡谷を措いて他にないはずだった。


  その事実にいち早く気づき、それを王都の守備隊に訴えたレイノ・ティーダは今、たった一人で峡谷を抜けようと進軍する敵一万を食い止めようとしていた。


 レイノのいるこの峡谷は両側が切り立った崖で形成され、谷底には王都へ向かい川が流れている。

 そんな峡谷において人間が歩けるのは、崖を削ってつくられた大人十人が並んで通れるほどの道しかない。


 普段この峡谷の道を通る者たちからすれば立派な道だが、大軍が進軍するには狭く、ここを通過中に攻撃されれば大軍はその利を生かせない。

 また、敵軍が発見された地点から王都に向かうには、必ずこの狭い峡谷を抜けなければならないため、そこに決死隊を送り時間を稼ぐべきである。

 

 そう国防会議で主張したレイノに王都の守備隊は、王都と王族を守護するべく王都に駐在しなければならないため出撃はできないと動こうとはしなかった。

 その王都防衛のために時間稼ぎが必要なんだろうがという心の声を、レイノは最後まで口に出せなかった。

 練兵のために他国から雇われた客将であるレイノには、国防のために開かれた緊急会議でのそれ以上の発言は認められなかったのだ。


 しかし、客将としての仕事を放棄し、一人で一万の敵と立ち向かうと決めた今となっては、あの時レイノの意見を鼻で笑った将軍に、その太った腹で一体何を守れるというのかと嫌味の一つでも言ってやればよかったと後悔していた。

 結局のところその会議で決定されたのは、王都の城門を閉じ、できるかぎり早く防衛体制を整えるという貴重な時間をかけていったい何を決めたのかという眩暈のする内容だった。

 時間稼ぎのための決死隊を配置するための時間がこれで潰れ、間に合わなくなった。

  

 彼女と恋に落ちなければ、一万の敵を殲滅することはできなくても中途半端な足止めならできそうな能力を自分が持っていなければ、あんな愚者たちが蔓延る国を救うため自らの命を差し出すようなことはしなかっただろうとレイノはため息をついた。


「おいおい、これから男を見せようって時に辛気臭え顔なんてしてんじゃねぇよ」


 いきなり声を掛けられたレイノは、慌てて声のした方を振り返った。

 レイノが振り返ると、目と鼻の先ほどの距離にいつのまにか武装した男たちが立っている。

 全員が鎖帷子に黒のサーコートを着用し、数人を除き皆顔を黒の面頬で覆っている異様な集団だった。


 降って湧いたような異様な集団にレイノは驚きを隠せない。

 全部で二、三百人はいそうなのに、これほど接近されるまでその気配に気が付かないとは只者ではないと警戒しつつ、レイノは口を開いた。


「これから一人で一万を相手にするんだ、ため息のひとつもつきたくなるってもんじゃないか? 王都の方角から来たようだが、あんたら武装が正規兵ではないな。傭兵か? 誰かに頼まれてきたんなら急いで引き返せ。王都の屑どもを守るために死ぬことはないぞ」


 敵の斥候にしては数が多いし、のこのこ話しかけてくる理由がわからない。

 攻撃はしてこないので敵ではなさそうだがと様子をうかがっていると、男たちの中でもひときわ大きな体躯をした男が腰の剣も抜かずにレイノに近づいてくる。

 

「俺たちが守りに来たのは王都にいるやつらじゃなく、惚れた女を救うため一万を相手にしようとしている大馬鹿野郎さ」


 そう言いながら男はレイノに右手お差し出した。

 今の声が先ほどの聞いた声と同じことから、初めに声をかけたのもこの男のようだ。


 それにしてもこの男、どうして俺と彼女の仲を知っているんだ。

 レイノは動揺と警戒をもって男を睨んだが、差し出した右手を急かすように軽く挙げられ、レイノはその手を思わず握り返した。


「ヤラセンだ。後ろの奴らを束ねて傭兵みたいなことをやっている。300人しかいないが、ここなら十分力になるだろう。加勢させてもらうぜ」


「レイノだ。助力はありがたいが、どうして彼女とのことを? 誰に頼まれたんだ? こんな無謀なこと、腕に覚えはありそうだが下手すれば、いや、十中八九全滅だぞ。」


「知ったのは偶然だ。それに誰にも頼まれちゃいないさ。ただお前みたいな阿呆が死ぬのを黙って見ていられなかっただけだ。まぁ、俺たちもお前とどっこいどっこいの阿呆ってだけのことさ」


 レイノの問いかけにそう答えると、ヤラセンと名乗った大男は豪快に笑った。

 先ほどから気安く、口の悪い奴だったが、レイノにはヤラセンが悪い奴には思えず、レイノもヤラセンにつられて笑い出した。 


「それでヤラセン団長、俺たちは300人で一万を相手にして王都の防衛準備が整うまでの時間を稼がなくちゃならない。助力は心強いが状況が変わったわけじゃない。全滅は必至だろう。逃げるなら今のうちだぞ? 俺は咎めないし、元は一人でもやるつもりだったんだ、手がないわけじゃない」


 レイノは本音を言えば、ヤラセンたちにここから一刻も早く逃げ出してほしかった。

 先ほど会ったばかりだったが、レイノは彼らを気に入っており、こんなところで死なせたくなかったのだ。

 それに万が一王都が落城した時に備え、ヤラセンには彼女のことを託したかった。

 それほどまでにレイノはヤラセンを信頼していた。

 通常であれば、会ったばかりの人物にこれほど信頼を寄せるなどあり得ないとレイノはわかっていたが、ヤラセンと彼が率いる傭兵団は、味方とわかった瞬間から圧倒的なカリスマを感じてしまい、なんとなく彼らのことを信じたくなってしまうのだった。


「団長はいらん。ヤラセンでいい。覚悟を決めた男たちに対して、水を差すのは無粋ってもんだぜ、レイノ。それにさっきも言っただろ、俺たちはあんたを守るためにここまで来たんだ。まぁ、まずは俺たちの後ろで俺たちの実力を見ていてくれよ」


「無粋とまで言われたら、俺はヤラセンたちを止める手段はないな。ただ、後ろで見てるだけってのは勘弁してくれ。もし敵を殲滅して、王都に凱旋なんてことになったときに彼女に自慢ができる話がないってのは困るからな」


 レイノがおどけて言うと、ヤラセンはまた豪快に笑った。


「ダハハハハ。確かにそおの通りだな。よし! レイノには俺の隣で共に戦って貰おう。俺は前線にもバリバリ出て行くからな、ビビッて腰を抜かすなよ! 」


 こうして共に戦うことになったヤラセンとレイノたちが、敵を待ち受ける場所として選んだのは峡谷のちょうど中間にあたるところだった。

 本来なら王都の反対側にある峡谷の入り口までは行きたかったが、レイノが峡谷に到着したときにはすでに敵の先陣が峡谷の入り口に到達していたため、ここで敵を待ち受けることに決めた。


「気絶させてでも彼を安全な所に連れて行くべきだったのでは、と聞くのは無粋なのでしょうねぇ」


 レイノが戦闘の準備をしているのを横目に、そうヤラセンに向けて口を開いたのは、広尾マモル中隊長だった。


「そうだな。確かに気絶でもさせていた方が安全かもしれんが、この世界ものがたりの主人公はあくまでレイノなんだ。俺たちじゃない。俺たちだけで片をつけるのはあまりに運命シナリオを変えすぎてしまっているかもしれないだろ? 」


「本音は? 」


「男の見せ場を奪うような無粋な真似ができるか! それに、俺たちならどこにいてもレイノを守ってやれるだろ? 違うか? 」


 そう言ってニヤリと子供のように笑うヤラセンにマモルはやれやれと苦笑し、シナサンは無表情のまま、しかしヤラセンを肯定するように深く頷いた。






 敵の先頭が見え始めたのはそれからすぐのことだった。

 幸いにしてヤラセンたちはすでに道幅一杯に300人からなる密集陣形を敷いており、敵の到着を今か今かと待ち受けている状態だった。


「なぁ、シナサン、この状況はあのときを思い出さないか? 300人に加勢して、敵に回したのは百万だったか? 数は違うが、地形や状況なんかはそっくりだろ? 」


「……」


「だよな。忘れもしない、あれはひでぇS級の作戦だった。あのとき俺たちはまだ部隊に配属されたばかりのひよっこで、当時の隊長たちについてくだけで精一杯だったろ? それが今やひよっこどもを束ねる隊長様だぜ。感慨深いもんだなぁ」


「……」


 敵を前にしても一向に気負うことのないヤラセンと、その弟というシナサンの会話を聞き、内容の真偽は別としても、レイノにはその態度が頼もしかった。

 自分はいま絶体絶命の危機に立たされてるはずなのに、こいつらといると全くそんな気がしない。

 まるで神話に出てくる英雄が味方に付いてるみたいだと、レイノは味方の傭兵たちを見渡した。


「敵が来る! 先頭は盾を構えて一歩も引くんじゃねぇぞ! 」


 最後方で控えるヤラセンの指示が峡谷に響き渡り、味方の前列が背負っていた大盾を前面に隙間なく構えた。

 前列より後方はその大盾を上方に構え、敵の弓矢など上から降ってくるものに備える。

 

 敵一万はその全てが奇襲を目的とした軽装備の騎兵であった。

 狭い山道に待ち構えている敵兵に若干の尻込みを見せたものの、敵兵が少数の歩兵であることを知ると敵は合図とともに突撃を開始した。

 軽装とはいえ騎兵の衝突力を生かして、一気にここを突破するつもりらしい。


「おい、ヤラセン。こういうときは盾を構えるだけじゃなく槍衾とかで騎兵を牽制しな……いっ!? 」 

 レイノが慌ててヤラセンに注意を促すも時すでに遅く、こちらの先頭と騎兵が衝突し腹にずしんと響く衝突音が伝わってくる。

 勢いのついた騎兵に盾を構えた傭兵たちはなすすべもなく弾き飛ばされる、そんな光景がありありと目に浮かび、レイノは顔を歪めつつも前方に視線を移し、我が目を疑った。


 まず目に映り込んだのは一方的な衝突の結果だった。


 敵の騎兵は散々な有様で、衝突の瞬間、壁にぶつかったような衝撃が人馬を襲い、その反動で多くの騎士は愛馬の背中から投げ出され、大混乱に陥っていたのだ。

 対する味方はというと、盾を構え整然と並んだ傭兵たちは依然健在のまま、誰一人欠けることなく立っていた。


「ま、経験の違いってやつだな。ダハハハハ!」


 唖然とするレイノの肩をバシバシと叩きながら、ヤラセンが誇らしげに口を開く。

 経験とかそれだけの話ではないだろうとレイノは思ったが、味方が負けている訳ではないので口をつぐんだ。

 まだまだ戦いは始まったばかり、一度くらい防いだだけでは駄目なのだ。

 敵はまだまだいるが、こちらは援軍はおろか、疲労や怪我の交代もままならないほどの少数でしかない。

 これから数刻にわたって続く命を削っての時間稼ぎ、こちらの方が早く限界が来るのは目に見えていた。

 その時は俺が……。

 レイノは覚悟を新たにし、前方の敵を睨み付けた。

    

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