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case.1 前篇

 監視室は今日もまた異様な熱気に包まれていた。

 室内には格闘ゲームの筐体のような機械が整然と並べられ、一人一台その機械を与えられた監視官たちは、それぞれが与えられた監視対象の監視作業に集中している。


 無数にある筐体群の後方、数段高い位置につくられた司令部から監視官の作業する筐体群を一望すればある者の画面には縦書きの小説のようなものが映され、またある者の画面には美少女ゲームのプレイ画面が一面に映し出されている。


 一見、仕事をサボって遊んでいるように見えるが、それは断じて違う。

 皆、それぞれが己の任務を忠実にこなしているのである。

 その証拠に、司令部の中でも一段高い位置に据えられた椅子に座る司令官、都合つごう シュキはそこから見える監視員たちの作業風景を眺め満足そうに深く頷いた。


「このまま何もなければ、君の判断で適宜監視官たちに休憩を入れてやってくれ」

 

 シュキは後ろに控える副官にそう指示して、自分も一息入れようと立ち上がった。

 そのまま監視室を出ようとシュキが背後のドアに向かったその時、監視室内で緊急事態を告げる警報が鳴り響いた。


「急ぎ状況の確認を、アラートを出したのはどこの班だ? 」


 司令部に向けて踵を返し、椅子に深く座りなおしたシュキの顔は歴戦の司令官のみが出せる自信に溢れ、堂々としたその態度は見る者に頼もしさを抱かせた。

 アラートの音に顔面を蒼白にさせ、司令部を不安げに見つめていた新人監視官たちはシュキのそんな態度に安心し、自分たちの成すべき仕事に再び取り掛かった。

 

「アラートの発生元はラノベ班、ファンタジー部門の監視官です」


 副官が部下たちからの情報をまとめ、シュキに報告する。


「またあそこか……。よし、その監視官からの直接話を聞く。メインモニターにその監視官を映し、通話回線を開いてくれ」


 了解という副官の返事とともに天井からモニターが降ろされ、そこに一人の男が映し出された。


「所属と状況を簡潔に説明してくれ」


「はい。ラノベ班F部門、一等監視官、羅野辺らのべであります。本件の等級は……A級です。主人公が敵軍一万に単騎で突入し、戦死しました。詳細は報告書にあげておりますが、主人公復活の見込みはなし。このまま救国の英雄ルートで葬るつもりのようです……」


 淡々と状況を説明していた羅野辺監視官だったが、状況を語っていく中でその声音は力を無くし、最後には俯いてしまう。


「絶望的だな……。続編は? 」


「ありません……これでおしまいです。司令、どうか、どうか救済を! 」


 副官から羅野辺監視官の報告書を受け取り、シュキは素早くそれに目を通すと瞳を閉じた。

 これはシュキが重大な決断を下す時の癖のようなものだった。

 司令部スタッフ、羅野辺監視官はそれを固唾をのんで見守っている。


「……出動だ。待機している実働部隊300名に出動準備をさせてくれ。F装備だ。各隊長に羅野辺監視官からの報告書と原作を渡し、一時間で目を通して作戦会議に出席するように伝えてくれ。それには羅野辺監視官にも参加してもらう。本作の留意点などあれば、一時間でまとめてくれ」


 シュキの決断は早かった。

 閉じていた瞳を開き、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 羅野辺監視官の指示の了解を示す声と感謝も、慌ただしく動き出した司令部には届かなかった。






 数日ぶりの緊急出動に、実働中隊100人を預かる隊長、誰茂だれも ヤラセンの気分は高揚していた。

 作戦会議の行われる会議室までの廊下を意気揚々と闊歩しながら、さきほど頭に入れた今回の作戦の概要を思い浮かべる。

 

  王都に迫る敵の奇襲部隊その数一万、対する防衛側は城兵に非常呼集を掛けたばかり、このままでは王都ははなすすべもなく陥落する。

 数刻の足止めが必要だったその時、一人の男が立ち上がった。

 一万の敵軍に単騎突入、その結果がどうなるかは当然わかっていたはずだ。

 しかし、その男は見事足止めをやり遂げ、そして案の定死んだ。

 防衛側は敵の混乱のおかげで体勢を立て直し、辛くも王都の防衛に成功する。

 男の使命は果たされたのだ。


 ヤラセンは男の行動に強い感動と共感を抱いていた。

 こんなばかを死なせてはならないと強く思う。

 こんな勇敢な男を死なせてしまうような世界ものがたり間違ってる。

 例えさくしゃが彼の死を望んでいたとしても、俺たちがそれを認めない。

 そんな熱い想いを胸に秘め、ヤラセンは会議室へ入室した。


 会議室の中央には円卓が置かれ、その周りを囲むように椅子が置かれている。

 ヤラセンが入室したときには、今回の作戦で同時に召集が掛かっている二人の中隊長がすでに着席していた。

 ヤラセンは自分が最後になったのではないかと慌てかけたが、司令官の姿が見えないことがわかり、安堵と共に、すでに到着していた中隊長の隣に腰かける。


「おう、シナサン。やはりお前の隊にも出動が掛かっていたか」


 そうヤラセンが声をかけたのは、ヤラセンの実の弟でもあり同じく実働中隊を指揮する誰茂だれも シナサン隊長だった。

 二人は双子ではなかったが、双子と言っても疑う者はいないだろうというほどによく似ていた。

 つまり、二人とも筋骨隆々とした暑苦しい大男というわけだった。


「見事に実働部隊の武辺者が揃いましたねぇ。まぁ、一万の敵に300人でぶつかるんだから当然ですかねぇ」


 今回出動命令が下った三個中隊の最後の一人、広尾ひろお マモル隊長が話しかけてきた。

 彼は誰茂兄弟とは違い背が低く細身であるが、その強さは隊内では知らぬ者はいないほど知れ渡っている。


「お? やっぱりそうなるのか? それなら久々の大規模戦闘じゃねえか! 腕がなるぜ」


 ヤラセンは大きな声でそう言うと、自分のやる気を示すように握りしめた拳を力強く頭の横まで振り上げ、力こぶをつくった。

 そんなヤラセンに同意するように、シナサンは頷く。


「まぁ、件の男を安全な所まで拉致するという作戦もありますが、それではシナリオをあまりに……おっと司令官が到着なさいましたねぇ」


 ヤラセン達は会話を途中で切り上げ、自分たちが座っていた椅子から立ち上がり、都合シュキに向かい揃って敬礼した。

 シュキの後ろには羅野辺監視官が続いている。


「ああ、皆楽にしてくれて構わない」


 そう言いながらシュキが手近な席に腰を下ろすと、三人も腰を下ろした。

 羅野辺監視官は用意されていたボードに作戦地域の地図を張り付ける。

 地図には王都周辺が網羅され、侵攻してくる敵勢力のルートが矢印で記されており、件の男が突入する位置なども詳しく書き込まれている。

 書き込まれた字が走っていることから、羅野辺がこの一時間で慌てて用意したであろう様子がうかがえた。 

 敵の編成や陣形が詳しく書かれた資料がボードに張り終えられたところで、シュキが口を開いた。

 

「さて諸君。報告書には目を通しているため不要かもしれないが、簡単に状況を説明する。羅野辺監視官、頼んだ」


 羅野辺は、普段顔を合わせる機会などないに等しい実働部隊の隊長たちや司令官を前に、緊張した面持ちで話し始める。


「は、はい。それでは簡単に状況を説明させていただきます。皆さんご存知の通り、本件はA級、つまり主人公が死亡する案件になります。原作はラノベ、ジャンルはファンタジー、世界観は剣と魔法のテンプレ型で特殊要素はありません。作風は王道の英雄譚、悲恋系です。便宜上、国名、人名は略し概略を言いますと、A国出身の主人公、ターゲットはA国王都に滞在中、敵国Bの奇襲攻撃を受けます。完全な奇襲であったため、A国軍は準備が間に合わず、このままでは王都陥落というとき、A国第一王女と交際中のTはA国軍の防衛準備の時間を稼ぐためB国奇襲部隊一万に単騎突入し、時間を稼ぐことに成功するも戦死します。本来であればここで死ぬ運命シナリオですが、本作戦では……」


 続けて話そうとした羅野辺を手で制し、続けてシュキが話し始めた。

 話を遮られた羅野辺はムッとするよりも、むしろホッとしたといった顔でボードの前に置かれた椅子に腰かけた。


「ありがとう、羅野辺監視官。ここからは私が話そう。さて、君たち歴戦の中隊長ならすでに作戦の予想は付いているだろうから簡単に言うと、諸君には300人で主人公Tに加勢し彼を守り、尚且つA王国軍が防衛体制を築くまでの時間を稼いでもらう。Tと第一王女のみを安全な場所に避難させるという手段もあるが、私は前者の方がシナリオへの影響が少ないと判断した。B国軍一万の撃退法については中隊長たちに任せる。ただし、同格の隊長三名では指揮系統に問題が生じる可能性があるため、この部隊の総指揮は誰茂ヤラセン中隊長を任命する。二人の中隊長はヤラセン隊長を補佐してくれ。何か質問は? 」


 質問は無いかというシュキの問いかけに、広尾中隊長が口を開いた。


「指揮系統や作戦についてはわかりました。その他の要素について、いくつか質問よろしいでしょうか?」


 続けて、というシュキの返答を聞き広尾は質問を口にする。


「質問は二点。この世界ものがたりさっかについてと、”信者”の介入してくる可能性についてです」


「ふむ、その件か。まず神については、新人のためそれほど運命シナリオの強制力は考慮する必要はあまりないはずだ。つづいて、”信者”に関してだが、これはあくまで推測だが、先ほども言った通り、神は新人であり、比較的、新しい世界であることから”信者”介入の可能性は極めて低いといえるだろう。しかし、万が一のこともあるため、作戦行動中に介入が確認されたら速やかに上の指示を請うてくれ。緊急の場合は、ヤラセン隊長が判断を下しても構わない。他に質問は? 」


 シュキは質問が出尽くしたことを確認すると、羅野辺監視官にさらに詳しい敵軍の配置や敵の装備、攻撃方法などを説明させた。

 その後、どういった方法で主人公に加勢するのかといった手段の検討や、作戦の仔細について取り決め、シュキが最終的な許可を出すと、作戦会議は解散となった。

 各中隊長は作戦開始に向け、自らの指揮する部隊を監督するため出動部隊の集合場所へと急いだ。






 作戦開始時刻間近、転移ゲートが設置された広場には出動準備を整えた300人からなる実働部隊が集結を完了していた。


 全員の装備はF装備で統一されており、足元まである鎖帷子に黒無地のサーコートを着用、腰には両刃の長剣を差し、背中に大きな盾を背負っている。

 頭部はケトルハットによって守られ、顔は両目以外を黒い布の面頬で隠され、その表情を窺い知ることはできない。

 

「出動の前に、都合司令官より訓示を頂く。総員、静聴するように」


 そんなヤラセン中隊長の言葉と共に、出動部隊の前に設置された壇上へとシュキが登壇する。

 300人の隊員たちは背筋を伸ばし、敬礼をもってシュキを迎えた。

 

 シュキは壇上に立ち、自分を見つめる300人の隊員たちの顔を一人一人じっくり見回した後、ようやくその口を開いた。


 「この中には、これまでにも私の言葉を何度となく聞いた者達が大勢いるだろう。だが、これから話すことは我々の信念であり、決して忘れてはならない重要なことだ。一度聞いたことがある者も、その信念を今一度確認するということで耳を傾けてほしい。今まで聞いたことのなかった者たちは、今日話すことを胸に刻んで、これからの作戦を行動してくれ」


 ここで一度シュキは話を止め、隊員たちを見渡すと話を再開した。


「我々はこれまでに多くの主人公たちをその窮地から救ってきた。彼ら主人公は、言わば我々の分身のようなものだ。彼ら主人公が死ぬことは、我々の死に等しい。だからこそ我々は運命シナリオに、或いはそれを創ったさっかにまで抗って、戦ってきた。我々は、ただ運命に身を任せるだけの傍観者どくしゃではない。元は少数だった我々の活動に賛同し、今、私の目の前で力を貸してくれている諸君、君たちこそがこの戦いの成果であり、我々が傍観者ではないことの証なのだ」


 シュキの話を聞いて、中隊長を含む歴戦の者たち数名が目頭を押さえた。

 

「ただ、その栄光の裏に少なからぬ犠牲者がいたことを皆は覚えているだろうか。我々の正義は、我々のみにしか通じない身内のルールだ。我々は万民のための正義の味方ではなく、自らの都合せいぎで神の定めた運命すらも覆す反逆者だ。それに救われた者たちから見れば英雄にも見えるだろうが、我々の行動の末に不幸な結末を迎えた者たちからすれば害悪でしかない。我々が変えた運命のせいで死んでいった者たちも多く存在しているのだ。だからといって、自らの行いを誇るなとは言わない。我々が救ったのは、主人公。我らが分身にして兄弟、いや、家族と言ってもいいだろう。そんな者たちを救ったのだ、誇っていい。だが、その救った者の幸せの裏で、不幸になった者たちがいたことを忘れないでほしい。そして、これからの我々の行動によって、運命が変わる者たちがいるということを自覚し行動してほしい。難しいことかもしれないが、諸君ならできるはずだと私は確信している。私からは以上だが、今回の作戦のが無事終了すれば、諸君には特別ボーナスを考えている。励んでくれ」


 シュキが挨拶を終え降壇したとき、隊員たちの中には決意を新たにした者、ボーナスと聞いてやる気を高めた者、シュキの格好よさに見惚れたまま固まって者と実に様々な者たちがいた。

 しかし、その中にシュキの要望に否定的な者は皆無だった。

 シュキの言ったことは決して簡単なことではないはずだったが、ここに集まった精鋭300人にはそれができるだけの自信と実力があった。


 その後、各隊長たちから細々とした指示を受けた300人からなる実働部隊は、士気高く出動して行った。

 主人公の命を救うため運命に挑む、そんな無謀ともいえる作戦が今始まろうとしていた。 



S級 そして誰もいなくなった

A級 主人公死亡

B級 ヒロイン死亡

C級 主要メンバー死亡

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