第6話:星一つない空
「おかえり。」あたしは玄関まで出迎えに行かなかった。テレビの液晶をただぼんやりと眺めたまま。心ちゃんが荷物を置いた音がした。
「ただいま。」そう言ってあたしの横に座る。
「遅くなってごめんな。腹減ったべ?」優しく、まるで小さい子に話し掛けてるみたいな心ちゃんの声。こうやって最後の時を静かに迎えるんだ…。
「話し、あるんじゃないの?」焦らされれば焦らされるほど辛かった。今は早く心ちゃんの気持ちを聞きたい。
「…ごめん。ちこのことを嫌いになったわけじゃないんだけど…。」そんなのわかってる。心ちゃんはあたしを嫌いにならない。今まで過ごして来た時間でわかるもん。
「ちこも気付いてると思うけど、すずのこと気になって…」あたしはずっと黙っていた。頭がぼーっとして何も考えられなかったから。
「あいつ彼氏にフラれてから、こっちが見てんの辛くなる感じで…最初は相談にのってただけだったんだけど、段々ほっとけなくなって…もう、ちこのことだけ考えてやれないんだ…。」心ちゃんは苦しそうに、辛そうにあたしに言った。でも、あたしにはその声がうっとうしかった。あたしの大好きな心ちゃんの声でそんなこと言わないで。あたしの目の前にいる人は誰?
「庇うみたいで変だけど、すずはずっとちこのこと気にしてた。悪いのは俺だから。」当たり前じゃん。裏切ったのはすずじゃなくて、心ちゃん。そんなのわかってる。でもね、あんなに好きだったすずでさえ、今は好きだと思えない。すずが現れなかったら…なんて考えてる。人間って醜い。
「ちこ、本当にごめん。」心ちゃんの瞳にうっすらと涙が浮かんだ。あたしも泣いた。
「…嘘つき。」
「ごめん。」
「ごめんじゃないよ!結婚するって言ったじゃん!あたしは…心ちゃんとの未来しか考えてなかった…いなくなったら、何もないじゃん…!」思いっきり心ちゃんの胸に頭をぶつけ、あたしはそのまま大声で泣いた。心ちゃんが頭を撫でてくれないから、涙は全然止まらなくて…。
「殴ってもいいよ。何してもいい。ちこの望むとおりにするから。」
何それ。殴ったって何も変わんない。望むとおりにしてくれるなら、あたしの傍を離れないでよ…。
「すずと付き合うの…?」
「そういう話はしてない。ただ、ちこと付き合ってるのに、すずのことばっかりってなるのは駄目だと思って…」
「あたしとは別れるんだ…?」
あたしの問いに心ちゃんはこくっと首を動かした。別れるんだ…別れる?別れられる?無理だよ…心ちゃんがいない人生なんて何の意味もない。
「どうしてあたしじゃ駄目なの…?」
「ちこが駄目なわけじゃない。俺が…」心ちゃんはあたしから目を反らし俯いた。その瞬間涙が一粒落ちたのが見えた。
泣かないでよ、心ちゃん。それはずるいよ。
「…無理だよ!」あたしはそう叫んで家を出た。当然、心ちゃんは追ってこない。
あたしは物分かりのいい女じゃないから、そんなにあっさり別れを認められない。でも、心ちゃんを本当に好きなら、心ちゃんの気持ちをもっと考えてあげるべきだ。
あたしはふらふらとあてもなく歩き、ふと目に入った公園のブランコに座った。さすがにこの時間は誰もいない。あたしはゆっくりとブランコをこぎ始めて、空を見上げた。星は1つもない。
「そっか…今日曇りだったから…」
いつもは綺麗だと思えた夜空は、今日は一際真っ暗で、小さなあたしに襲い掛かって来た。
助けて…心ちゃん。




