第26話:アッシー
「この、酔っ払いが!」
そう言って、あたしにげんこつを喰らわせたのは大樹だった。
「いたーい。」
ケラケラと笑っているあたしに、大樹は呆れてため息をつく。
「じゃあ、ちかのことよろしくです。」
かづみが大樹に頭を下げると、大樹も小さく頭を下げた。かづみはあたしのお母さんみたいだね。
「ちか、じゃあねー。」
「まったねぇー!」
手を振るみんなに、あたしは人一倍大きな声で返事をし、ぶんぶんと手を振った。そしてその手が大樹の肩に当たり…案の定、また怒られた。
「早く乗れ。」
「…はぁい。」
怒られてばっかりのあたしは、口を尖らせてそう言った。
「だいたい俺、お前の彼氏でもなけりゃ、アッシーでもねぇんだからな。」
「そんなに怒んないでよぉ。電車なくなっちゃったんだもん。」
「そんな時間まで飲むな!」
「だって、盛り上がっちゃったからー。」
最初は本当に、みんなより先に帰る予定でいたんだ。帰る電車がなくなる前に。でも…飲み会だからね。こういうのお約束でしょ?そんなこと言ったら、また怒られちゃうから黙っとくけど。
「俺来れなかったらどうしてたんだよ。」
「誰か呼んだ。」
「他に呼べる奴いるなら、そっちに頼めよ!せっかくの休みだったのに。」
「だって彼女いないの大樹だけじゃん。あたし彼女の反感買うのやだもーん。」
そんなことを言ったけど、本当は大樹しか思い浮かばなかったんだ。こんなとき甘えられるのは大樹しかいないし、こんな迷惑なこと引き受けてくれんのも、大樹しかいないと思った。でも、さすがに今回は怒ってるかな。
「…なるほどね。まぁ、いいけど、今度飯おごれよ。」
「かしこまりましたぁ。」
あたしは大声でそう言って敬礼をした。運転している大樹が迷惑そうな目で、一瞬だけあたしを見る。酔っ払ってるんだから許せ。とか、思ってみたり…。
「…気持ち悪くねぇ?一応安全運転してっけど。」
「…やっさしー。」
あたしはキラキラした目で大樹を見上げた。
「あ?」
「…大樹はいい男だねー。」
だから、つい甘えたくなる。大樹の優しさに心ちゃんの優しさを、たまに重ねてる気がするんだ。心ちゃんと一緒にいた頃みたいな、甘ったれのあたしでも、大樹は愛想を尽かさず傍にいてくれそうだから。…あたしってずるい女だなぁ。
「そう思ってんなら惚れろよ。」
「…?」
この時はまだ大樹の言った言葉の意味が、よくわからなかった。