第19話:蟹とりたい!
みんなで海に行こう、と言い出したのは香だった。確かにいい天気が続いているし、海に行くにはちょうどいい頃かもしれない。お店の定休日があるから、だいたいみんな出席出来るだろう。あたしもみんなと海に行くことにした。
運転は小鷹君と大樹。バイトの中で精神的に大人な2人だと思う。女の子3人、香と千秋ちゃんとあたし、それからバイトの中で1番やんちゃな匠は2手に別れて乗った。
大樹の車に乗ることになったのは、あたしと匠。
車の中はびっくりするほどテンションが高くて、笑いが止まらなかった。目的地の海に着くまで1時間くらいかかったと思う。でも、全然時間なんか感じさせないくらい、あたしも2人も笑い続けた。おかげで車酔いするあたしは、酔い止めを飲み忘れたにも関わらず、ちっとも気持ち悪くならずに済んだ。大樹の運転が意外に優しかったっていうのもあるかもしれないけど。
目的地に着いて、周りを見渡すとどこか懐かしい感じがした。…あぁ、ここは心ちゃんとよく来た海だ。滅多に泳ぐことはなかったけど、蟹を探したりヤドカリを捕まえたりしたっけ。…やだなぁ、こんなとこにも心ちゃんの思い出が詰まってるんだ。せっかくみんなで楽しもうって時に、少し切なくなっちゃった。
男女別々になり水着に着替えると、あたしたちは大はしゃぎで海に向かった。小鷹君と匠はおっきなイルカの浮輪を脇に挟んで、海に入っていく。香と千秋ちゃんは、それに乗りたいとあとをついて行った。あたしは昔海で溺れかけたことがあって、未だに深いところまでは入っていけなかった。だから、心ちゃんとはよく砂場で遊んだんだよね。
「入んねぇの?」
「あたしあんまり泳げないんだよね。」
情けなさそうにあたしが言うと、大樹はあたしの背中をドンと押した。
「わっ。」
急な出来事でバランスが取れなかったあたしは、波打ち際にひざまずくように倒れる。
「危ないじゃん!」
「こんなとこじゃ溺れねぇよ。」
大樹は馬鹿にしたように鼻で笑って、座り込んでるあたしの腕を引き上げた。
「足着くとこまでなら入れんでしょ?」
「…うん。」
不安そうに返事をするあたしの腕を、大樹は放さなかった。なんだかんだ言って、大樹は面倒見がいいって言うか…こういうときに少し大人に感じてしまう。
「俺、ちかの面倒見役ってみんなに言われてっから。」
…一言余計だけど。
「別にみんなんとこ行っていいよ。かき氷でも食べて待ってるから。」
そしてあたしも可愛いげない。本当はありがとうって言いたいんだけど…年上の性っていうやつ?こんなとこで一人にされたら、いろんなこと思い出して泣いてしまいそう。実際、さっきから『ちこ』って心ちゃんが呼んでる気がして、馬鹿みたいに振り返ったりしてる。頭の中で何度も心ちゃんの声が響いてるんだ。
「ちかがいなきゃつまんねぇだろ。からかう相手いねぇんだから。」
「はいはい。」
「大体、あいつら付き合ってるみたいなもんだし。」
あっさりと言ってのけた大樹の言葉に、あたしは敏感に反応した。香と千秋ちゃんが小鷹君と匠を好きなのは知ってたけど…両想いだったの?!
「知らなかったの?」
「知らないよ!」
「男どもは今日が決め時だと思ってるよ。」
「そうなんだぁ…。」
そんな大事な行事だったんだ。どおりでみんなテンション高すぎるわけだよね。みんな幸せになれるといいね。なんだかあたしまで嬉しくなってきた。
「だから、邪魔者は脇にいないとね。」
「意外と気ぃ使うんだね。」
「当たり前でしょ。」
少しむんつけたように言った大樹は、あたしのおでこにデコピンをした。
…きっと端から見たら、あたしたちも付き合ってるように見えるんだろうな。そりゃ、客観的に見て大樹はかっこいいと思うし、生意気なところもあるけどまぁ、いい奴だし…こんな人が彼氏だったらいいのかもしれないけど。もし、心ちゃんに出会ってなかったら、きっとあたしは簡単に落ちてるだろう。でも、今は誰を見ても心ちゃん以上に思えないんだよね。まだまだ恋は出来そうにないや。
「なんか違うことする?かき氷とかほんとに食いてぇの?」
食いたい気はするけど…。うーん、とあたしは悩んだ。そして結局こう。
「蟹とりたい!」