第18話:あだ名
あたしにとって、時間は流れているようで止まっていた。自分の周りが時の流れで変化していても、あたし自身は何も変わっちゃいない。あたしは心ちゃんがまだ好き。
あれから半年が過ぎ、悲しみは少し和らいだと思う。寂しさに馴れてしまっただけなのかもしれないけど。
もう、気がつけば季節は夏を迎えていた。
「ちかちゃんって身長いくつあんのー?」
居酒屋のバイト仲間の香はあたしの横に立ち、背ぇ比べした。居酒屋でのバイトも最近は楽にこなせるようになってきたし、何よりもここの人達と仲良く過ごしていると思う。香は見た目は1番怖いけど、話してみるとすごい優しくて、面白い人。女の子の中では1番気が合うかもしれない。まぁ、みんないい人なんだけど。
「マジ、ちっちゃいよね。」
「香がでかいんだよ!」
「いや、ちかちゃんはちっちゃいでしょ。」
「そんなことないよ!」
そんなあたしの必死の訴えに、みんなは手を叩いて笑うばかりだ。一応あたしが1番年上なのに…なんだかみんなに馬鹿にされっぱなし。まぁ、これがみんなの愛情表現だと受け止めよう。
…こうやって毎日を過ごしていると、心ちゃんと別々の人生を歩いてるんだなぁって実感する。あたしが新しい出会いをしているとき、心ちゃんもきっと誰かに出会ってる。お互いの毎日を知らずに生きていくことは、やっぱりあたしにはまだ辛い。
すずとは仲良くやってるの?相変わらずあそこで働いてるの?今は実家に住んでるの?ペットの猫は元気にしてる?当たり前にわかっていた心ちゃんの毎日。心ちゃんの全て。今はこんなくだらないことまでも、あたしの知らない世界になってしまったんだね。
正直、あたしの知らないところで、幸せな人生を送っていると考えるのも少し悲しい。まだそこまで大人になれてないのも事実。やっぱり心ちゃんには、あたしとの人生の中で幸せになってほしかった。
「ちっこい、ちっこい。」
突然現れて、あたしの髪をくしゃくしゃにしながら言ったのは大樹だった。あの時の大樹の言った通り、店長はあたしを気に入ってるらしく…大樹とあたしをくっつけようという意味不明な計らいのせいで、あたしは1番大樹と打ち解けたと思う。大樹も今はあたしを馬鹿にしてばっかりで、可愛いげが無くなってしまった。
「ちっこいんだから、ちかこじゃなくて、ちこじゃん。」
大樹はあたしを馬鹿にしてそう言ったけど、あたしは怒ることも笑うことも出来なかった。だって、あたしのことを『ちこ』って呼ぶのは心ちゃんだけだったから。心ちゃんも、大樹とまったく同じ発想だった。今みたいにちっこいってあたしを馬鹿にして、それからずっと『ちこ』って呼ぶようになって…でも、もうそんな風にあたしの名前を呼ぶ人なんていないと思ってた。
心ちゃんが最後だと思ってたんだ。…最後にしたかった。これからの人生で、心ちゃんとのいろんな思い出は、きっと塗り替えられてしまうだろう。でも、あたしの人生の中で『ちこ』って呼んだ人は心ちゃんだけだったなぁって、おばあちゃんになったときそう思いたかったの。心ちゃんだけの特別な記憶を一生忘れたくないよ。
「ちか?」
そんなことを考えていたあたしは、今にも泣き出しそうな顔をしていたんだろう。大樹は心配そうな顔であたしを覗き込んだ。
「そ、そのあだ名は馬鹿にしてるから無しね。」
あたしは一瞬で気持ちを切り替えて、怒った風にそう言った。
「なんだ、怒ってんの?」
「別に怒ってないよ。とにかくそのあだ名は無し。」
あたしが冷たくそう言うと、大樹はつまんなそうに口を尖らせた。
「…ちぇー。」