第17話:月が照らす道
「ちかこさん、でしたっけ?」
皿洗いをしていたあたしに、後ろから声をかけて来たのは笑顔がかわいい男の人だった。まだ、名前はわからないけど。
「あ、はい。」
「一服っす。」
「あっ、はい。」
あたしは慌てて濡れた手をタオルで拭い、その人の後に続いた。やっぱりバイトの初日って気を使う分、すぐに疲れてしまう。いいタイミングの休憩だ。
休憩室は窓が開いていて、扉を開けた瞬間風が吹き抜けた。その時、ほのかに香ったのだ。前を歩く人から心ちゃんと同じ香水の匂いが。思わずドキッとした。後ろ姿もなんとなく似ている。そう、思い込んだだけかもしれないけど…。
誰もいない休憩室は異様に静かで、少し緊張してしまう。丸いテーブルを挟んで、あたしとその人は向かい合って座った。
「あ、煙草平気ですか?」
「あ、大丈夫です。」
あたしはそう言ってぶんぶんと手を振った。なんだか大袈裟なリアクションで答えてしまった気がする。その人はあどけない笑顔を見せて、煙草に火をつけた。あぁ、煙草ってこうやって吸うんだよなぁって、改めて思ってしまう。だってあたしはお香みたいに煙りを出してるだけだから。
「ちかこさんっていくつっすか?」
「あ、21。」
「えっ、3つ上?!」
男の人がびっくりしたので、テーブルに一欠けら煙草の灰が落ちた。っていうか、あたしもびっくり。この人、3つも下なんだ。笑顔は確かに可愛いけど、煙草を吸ってる姿はあたしより年上だって言われてもおかしくないくらい、大人っぽい。
「あれっすね。童顔ですね。」
「…よく言われます。」
この人意外とデリカシーのない人だなぁ。あたしは口元を引き攣らせて、無理矢理笑顔を作った。そりゃあ、よく子供っぽいって言われるけど、そろそろ大人の魅力ってものに気付いてくれる人が現れてもいいんじゃないだろうか。
「あ、そういえば俺の名前知ってます?」
「あ…ごめんなさい。まだ…。」
そう言ってあたしが申し訳なさそうに俯くと、男の人は気にしないで、と笑った。
「山下大樹です。たぶん、これから1番一緒にいることになると思います。」
「へ?」
山下さんの言ってる意味がわからず、あたしは気の抜けた声を出した。
「親父がちかこさんのこと気に入ってて。あ、親父って一応ここの店長で。で、俺の彼女にしようってたくらんでるんすよ。ちかこさんに甘いでしょ?うちの親父。」
確かに言われてみると他の人よりは優しくされてる気はするけど…気に入られてるのかな?
「親父あんまりギャルっぽいの好きじゃないんすよね。みんないい人なんですけど。」
「いい人なんだ。じゃあ、安心です。」
あたしはほっと胸を撫で下ろした。とりあえず、店長と山下さんとは仲良く出来そうだし。…まぁ、それはそれで面倒臭そうだけど。
その日、月は真っ暗な夜道を照らし、まるであたしの進むべき道を表してくれてるようだった。