第15話:大好きだから
地元の駅の近くですずと待ち合わせた。それはすずを許すためじゃなくて、嫌味の一つでも言ってやろうと思ったから。シカトしようと思っていたメールに返事を送り、それから1週間後の今日、会うことになったのだ。
あたしは車を持ってないから、電車でここまで来た。ガタンゴトンと揺られながら、沢山の嫌味を考えて。
「…久しぶりです。」
待ち合わせ場所に先に来ていたのはすずで、あたしを見つけるなりそう言って深々と頭を下げた。こんな他人行儀なすずを見たのは初めてだ。いつも馬鹿ばっかり言って、天然系の女だったのに…これは2人の関係に大きなひびが入った証拠だ。
あたしは黙ってすずに近寄り、すずが頭を上げるのを待った。すずが泣きそうに震えていることには気付いたけど、あえてなにも言わなかった。だって、泣きたいのはあたしの方だから。
「…いい加減、止めてよ!話したいことあるんじゃないの?」
痺れを切らしたあたしは、そう言って近くのベンチに座った。その時自分の薬指の指輪が目に入った。…そういえば、いやがらせのつもりで、心ちゃんから貰った指輪を付けてきたんだっけ。あたしは自然とその手を後ろに隠した。こんなことをやってる自分が惨めに感じたから。決して、すずが可哀相だと思ったからじゃない。
「…ごめんなさい。」
ようやく発したすずの言葉にあたしは怒りが沸いて来た。あたしは謝ってほしいわけじゃない。…じゃあ、どうしてほしいの?そう聞かれると、答えられないけど。
「なんで謝んの?だったら返してよ!」
そんなこと言ったって無意味なことはわかってる。心ちゃんは物じゃない。あたしたちがいくら言い合ったって意味の無いこと。でも、言わずにはいられなかった。そんな弱々しい想いなら、心ちゃんをあたしに返してほしいと、素直に思ってしまったから。
「…ごめんなさい。それは出来ない。」
「…なんで?心ちゃんのこと本当に好きなの?フラれて悲しいから、心ちゃんの優しさを利用してるだけでしょ。」
酷いことを言ってるとわかっていたけど、止められなかった。だってこの怒りや悲しみをぶつけなきゃ、あたしはずっと一人で苦しむだけでしょ?…でも、言いたいことを言えば言うほど胸が痛む。なんで?…なんですっきりしないの?
「あたし本気で好きです。ちかたんの彼氏じゃなければって何度も思った。諦めようとも思った。でも、あたしには必要な人だから…」
そう力いっぱい言ったすずの瞳には、今にも溢れ出しそうな涙があった。思わずあたしは視線を外した。苦しくて苦しくて息をするのが精一杯。
…わかってる。すずが心ちゃんを本当に好きだってことくらい。そして、それと同じくらいあたしを好きだってこと。だから、すずも悩んだんでしょ?そんなの痩せ細った身体を見ればわかる。…わかってるよ。わかってるけど…なんで心ちゃんなの?なんですずまであたしの必要な人を必要とするの?心ちゃんじゃなかったら、死ぬほど全力で応援するから…心ちゃんは譲ってよ…。
「あたしだって、心ちゃんが必要なの。…なんかの間違いだって言ってよ。すずとは戦いたくなかった…。」
…だって負けるってわかってたから。すずの泣き顔を見たら、あたしはきっと勝てないとわかっていたから。だって、あたしはすずのことも大好きなの。
「…もう、昔みたいに仲良くは出来ない。正直、すずの顔を見たくない。…悲しくなるから。だから、遠くで応援してる。幸せになって。…あと、心ちゃんを幸せにして。」
そう言って、あたしは大きく息を吐いた。…あれ?すっきりした。気持ちが晴れてきた。…悲しさはちっとも減らないけど。
あぁ、あたしこれが言いたかったんだ。悲しいけど、辛いけど、大好きな2人だから応援するよって…そう、言いたかったんだ。
「あと、これ…」
あたしは薬指から指輪を外し、すずに渡した。
「嫌がらせのつもりだったんだけど…心ちゃんに返してて。てか、すずがどっかに捨てちゃってもいいし。」
すずは指輪を受け取ったものの、辛そうにそれを見つめた。
「でも、これは…」
「持ってるだけ辛くなるし、返しそびれただけだから。もう、いらない。」
あたしは俯いて首を横に振った。ぎりぎりのところで涙を堪えている自分に、気付いてほしくなかったから。あたしは平気だって見せ付けないとね。だから、今は絶対泣かない。
「じゃあね。」
最後はしっかりとすずの顔を見た。もう、ボロボロに泣き出していたすずは、何も言わずにあたしを見送った。きっと、あたしを思って泣いたんだろう。だから、その涙に免じて…いつか笑って会えるように頑張るよ。
何も付けてない薬指はやけにスースーする。
帰りの電車の中で、離れていく地元を見ながらそっと泣いた。
「…ばいばい。」