第11話:サヨナラの代わりに
青いカーテンが塞ぎ切れなかった朝日が眩しくて、あたしは目を覚ました。目覚ましのなる10分前。今日はこのまま起きてしまおう。
悲しくて眠れないと思ってたのに、あたしは深い深い眠りの中にいたと思う。
夢を見ない日は久しぶりだった。…心ちゃんの左手のおかげだね。もう、この手はほどけてしまったけど…。心ちゃんはあたしに背を向けて眠っていた。左を向いて眠るのが心ちゃんの癖だったから、こんなのなんでもないんだけど…目覚めたときに背を向けられているのは、やっぱり少し悲しい。遠く感じちゃうよ。
あたしは心ちゃんを起こさないように、そっと布団を出た。もしかしたら、心ちゃんも起きていたかもしれないけど。
あたしは変なことを考えないように、心ちゃんの寝顔を見ないまま風呂場に向かった。まだ少し眠っている身体をシャワーで洗い流すように、気持ちもすっきり洗い流せたらいいのにな。
でも、何でだろう?最後が近付けば近付く程、悲しさが減っていく気がする。
…この場になってもまだ信じ切れてないのかな。心ちゃんはもうあたしの傍から離れていくのに…。都合のいいときに現実逃避。でも、その方がいいかも。心ちゃんのことばっかり考えてたら、泣いてばっかりで仕事にならないだろうし。せめて今日は…全てを受け止めなくても許してもらえるんじゃないかな。
ね、神様?
いつも通りに支度を済ませ、いつも通りの時間に玄関に立った。
どうせ今から10時間後には、また同じ場所に帰って来るんだ。
悲しくなんかない。
靴を履きながら、あたしは何度も寝室に目をやった。
ドアは閉まったままで、心ちゃんは出てこない。
いびきをかいていないから、きっと狸寝入りなんだろうな。
…やっぱり最後に心ちゃんの顔を見ておこうかな。いろんなことを考えて、一度履いた靴を脱ぎかけたときだった。寝癖のついた頭を掻きながら、心ちゃんが寝室からゆっくりと出て来た。何て言えばいいかわからなくて、あたしはただ玄関に突っ立っていた。心ちゃんはあたしの傍まで来ると、寝起きの掠れた声で
「いってらっしゃい。」と言った。その言葉に『サヨナラ』の意味も込められていること、ちゃんとわかっていた。だからあたしもちゃんと言ったの。
「いってきます。」って。
…ちゃんと笑えたよね?大丈夫だよね?心配しないでね。
幸せになってね…。
ドアは静かに閉まった。