第10話:最後の夜
「…今日ね、新しい化粧品買ったんだ。」
「ふーん。」
「ついでにお菓子も買ってきた。全部食っちゃったけどね。」
「うわ、最低。」
あたしは心ちゃんの腕にしがみつき、クスクスと笑った。
布団に入ってくだらない話を始めてから、もう1時間近く経つかな…。こうやって話しをするのは久しぶり。でも、そろそろ寝なくちゃ。心ちゃんきっと眠いはずだよね。だけど、これが2人で過ごす最後の夜だから、あたしが泣き出さないように話をしてくれてる。
…大丈夫なのになぁ。だって、もう心ちゃんの前では泣かないって決めたもん。
「…エッチしよ?」
ふっと口から零れたあたしの気持ちだった。これが最後の夜なら、心ちゃんに愛されていたことを身体に刻み付けなきゃ…そう思ったから。でも、心ちゃんは何にも言わない。ただ石みたいに固まってる。
「駄目だよー。心ちゃんなら喜んで飛び付いてこなくちゃ。」あたしはわざと冗談っぽくそう言った。今日のは今までのとは違う。それを心ちゃんは感じてると思う。でも、そんな風に重たく捉えてほしくなかった。ただ今までみたいにあたしを愛してほしかった…それだけなの。
心ちゃんはあたしに優しくキスをした。泣きそうに震える唇に。涙が溢れそうな瞳に。何回も小さくキスをした。それが『ごめんな。ゴメンな。』って何回も言ってるように思えて、凄く切なかった。あたしは心ちゃんの首に腕を回し、ぎゅっとしがみついた。泣かないように、悲しくならないように、ただ心ちゃんに愛されてることだけを感じた。ただ心ちゃんの温もりだけを感じた。
心ちゃん。心ちゃん…。あたしの中はこんなにも心ちゃんでいっぱいだよ。あたしを愛してくれてありがとう。いつも傍にいてくれてありがとう。叱ってくれてありがとう。あたしはそんな想いを込めながら心ちゃんの身体にキスをした。首筋に愛し合った跡を残したかったけど、さすがにそんなこと出来なかった。そのかわり心ちゃんの背中に、小さな傷を付けた。小指で少しだけ引っかいて…。最後の嫌がらせ。こんなものなんとでも言い訳が出来るでしょ?でも、心ちゃんにはわかってるの。あたしと最後に愛し合ったときの傷痕だって。…だからせめて、この傷痕が消えるまで心ちゃんの中に、あたしという存在があるといいな。いっそのこともっと深い傷を付ければよかったかな。…なんてくだらない女。あたしってこういう人間なんだ。
寂しくて寝付けないと思ったあたしは、心ちゃんと手を繋いで眠った。やっぱり心ちゃんの手は、あたしを安らかな気持ちにしてくれる。最後の心ちゃんの寝顔をしばらく見つめてから、あたしは目を閉じた。
涙は一筋だけ流れた。