08
「勿論嘘ですが」
「嘘かよ……」
車酔いをし易い方が心の底から残念そうに呟いて舌打ちをした。腹話術にちょっと期待を抱くってどんだけ純粋なんだ、この人。出来れば違う知り合い方をしていたかったと思うくらい面白い。
「俺の腕の拘束は前だったんで、服を脱いで腕を自由にしました。車に乗せられているという事を除けば、俺はフリーです」
じゃあ僕の拘束も解いてくれよと思ったけれど口には出さなかった。どうせ伝わらないし。
「お友達の拘束はといてやんねーのかよ。はは、薄情なもんだな……いや、お友達がお友達だからしかたねーのか」
諦めていたら車酔いする人が代弁してくれた。一言余計だけれど。この人はどうしてそんなに僕を敵視するのだろうか。僕が何かをしただろうか。初対面の相手だし皆目見当もつかないのだけれど。
「……勘違いしているようだけど、俺とこの人は知り合いですらない、です」
一瞬空気が固まった気がした。もしかして、どちらか片方を誘拐するついでに友人と思わしかったもう片方もさらってみましたなんてオチが待っているのだろうか。そうだとしたらもう片方は災難すぎる。……多分、そのもう片方は僕ではなく金髪だろうけれど。
「あー……それは、悪かった。この件に関して何も言わないって約束できんならあんたは危害加えずに解放してやるよ」
運転しているほうが素直に謝罪した。なかなかいい人だ。これで僕にも何もしなければだけれど。
「それはどうもありがとう。……ところで、この人の口のガムテープとってもいいですか。多分この人、いろいろ話したいでしょうから」
「目は外さねえんだったらいいぜ」
「それじゃあ」
ベリッと凄く大きな音を立てて乱暴に僕の口に貼られていたガムテープがはがされた。超いてぇ。もっと優しくはがしてくれたっていいと思う。
「……それで、なんで僕を誘拐したんですか」
唇がまだ痛むが、僕は単刀直入に聞いた。後で僕を知っているのかどうかも聞いてみるつもりだ。
「てめぇよ、あれだろ? 『人間掃除人』なんだろ? 俺たちはさ、ケーサツに追われてる身なんだよ。んでよ? お優しいケーサツさんがお咎めなしの条件を出してくれたんだよ。……知ってんだろ? お前も掃除人ならよ」
僕はそれが『一か月掃除人から逃げ続けられたら……』というルールだとすぐにわかった。……でも、逃げるためだったら僕を誘拐しなかったほうがよかったのではないかと思う。『鬼』に見つかってしまった状態なのだから。
「それでよ、俺はこう考えたわけだ。『一か月ビクビク暮らすよりも、掃除人って奴をぶっ殺したほうがいいんじゃねえか』ってな。お前らの情報はケーサツに『追ってくる奴がどんな奴かわかんなかったら逃げらんねえよ』って抗議したらすんなり教えてくれたぜ。よほどてめぇらに自信があったんだろうなぁ。こーんな餓鬼の情報ペラペラ教えちまうんだもんな」
なるほど。この人たちは僕たちを一人一人丁寧に殺して逃げ切るつもりだったのか。車で移動しているのは人目のつかないところで殺すためだろう。騒ぎを起こせば起こすほど居場所がわかりやすくなるから。
一年近く掃除人をやってきたけれど、こんなに冷静に逃げることを考えたターゲットは初めてだ。今まではみんな、捕まれば即殺されると伝えられて、正常な判断ができない状態でいたのに。うーん、冷静なのは厄介だ。こっちも怪我をしてしまう可能性があるし。……こちらがやられるなんて心配は、今この状況でも全くないが。
「てめぇは俺のこと知らないだろうけどよ、俺はてめぇのことよーく知ってんだぜ。だから話を聞いてすぐにぴんときたわ。あの屑野郎だってな」
さっきから僕が聞く前にペラペラと話してくれるのはありがたいのだけれど、もう少しわかりやすい説明をしてほしいと感じた。感情的過ぎてよくわからん。とりあえずわかるのは、車酔いする人は僕のことが相当大嫌いなようだということくらいだ。




