07
後味の悪い譲られ方だけれど、それでもこの音ゲーをやりたかった僕は、大人しく譲られることにした。荷物を置いてパーカーも脱いで、腕が動きやすくする。そしてドラム型のゲームの前に座って財布から百円玉を一枚取り出す。
ここまでしておいて、後はコインをゲームに投入するだけなのに、僕は結局このゲームをプレイすることが出来なかった。コインを投入しようとしたとき、あのときのように頭部に強い衝撃を受けて、目の前が暗転した。あのときと違うのは、僕が何も壊さなかったこと。
意識が途切れてしまう直前に、自分の手から百円玉が滑り落ちていった音を聞いた気がした。僕の思考は『何故頭部に衝撃を受けたのか?』という事よりも、『残りわずかな所持金が……』と落ちた百円玉を惜しむ方が主だった。我ながら笑える話だ。
エンジン音と全身に与え続けられる振動によって僕は比較的不快な目覚めをした。目隠しをされているため視覚情報が遮断されてしまっているが、多分ここは車の中だ。そして、意識を失う前の記憶と今のこの状況を組み合わせてみると、ひょっとしたら僕は拉致られてしまったのかもしれないという答えが出た。いや、目隠しをされて手足を縛られて車の中に転がされていたらひょっとしたらも何もなく拉致だろう。初めての拉致体験。ちょっとドキドキする(いろんな意味で)。
「んんー……」
口も塞がれているため何かを言う事も出来ない。結構本格的な拉致だ。拉致に本格的とそうでないものがあるのかは知らないけれど。
さて。
イマイチ深刻な気分になれないけれど、状況はかなり深刻だ。目隠しをされて手が使えない僕なんて不発弾くらい危険だ。何を壊してしまうか分かったもんじゃない。手首を縛ってしまうのではなく、背中の後ろで、腕ごとガムテープでぐるぐる巻きにしてしまうあたり、犯人はやり手だ。これではガムテープを砂にして縄抜けという裏技がつかえない。もしかしたら、犯人は僕のことを知っているのかもしれない。自意識過剰だろうか?
「よーやくお目覚めか、屑野郎」
そんな声が聞こえた。なんで僕が犯人と思わしき人物に屑野郎呼ばわりをされなければならないのかは謎だ。それはどちらかと言えば僕のセリフだと思うのだけれど。
「んんんん、んん、んんん?」
「は?」
口が塞がれているけれど頑張って意思疎通を図ってみた。『あなたは、誰、ですか?』と聞いてみたつもりだったのだけれど、残念ながらというか案の定伝わっていなかった。まあ、聞き取れないわな。それでも僕は諦めない。何故なら他にやることが無いからだ。
「んんんーんん、んんんんんんんん(ガムテープを、剥がしてください)」
「何言ってるかわかんねーわー」
「んんんんんんんん(誰のせいですか)」
「何言ってるかわかんねーわー」
「んんん、んんんんんんんん、んんんん、んんんんんんんんん(あなた、頭の悪さが、声から、にじみ出ていますね)」
「なんか言ったかテメー」
通じないと思ってちょっと挑発してみたらドスの利いた声が返ってきた。思わずちびる(勿論比喩だ)。もしかしたら、分からない振りをしていただけで全部伝わっていたのかもしれない。
「あのー」
聞き覚えのある女っぽい声がすぐ近くから聞こえた。これは誰の声だったか……ああ、そうだ、あの痛々しい金髪眼帯(多分中学生)だ。僕のすぐ近くから声がするという事は、こいつも一緒に拉致られたのだろうか? それとも、こいつも犯人の仲間なのだろうか? もし前者だったら、何故こいつは口をふさがれていないのかと不平等を訴えたい。
「あ? なんで金髪のほうは喋れんだよ。お前ちゃんとガムテープ貼ったのか?」
「いや貼ったところお前も見てただろ。俺のせいにすんじゃねーよ」
「じゃあ何で金髪の方が話しかけて来るんだよ」
「しらねーよ。俺ずっと運転してたんだからお前の方が見れるだろ」
「俺が車酔いし易いの知っててお前それ言ってんの? 俺が後ろずっと見れると思ってんのかよ」
金髪を巡ってちょっとした言い争いが繰り広げられていた。どうやら僕を屑野郎呼ばわりした方の男は車酔いをしやすいらしい。なんだか可愛く思えてきた。車の中で漫画をよんでもゲームをしても酔わない僕の三半規管の強さを分けてあげたいくらいだ。
「俺が喋れるのは、腹話術だからです」
「マジで!?」
「マジで!?」
「んんん!?」
金髪の衝撃のカミングアウトに男三人の驚きを隠せない叫びがハモった。決して綺麗ではない。全員男だし。