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僕たちの反応を見て、狐さん……小峰さんは困ったように笑った。笑ったというか、口角を少しだけあげて眉を少しだけ下げたというか。笑ったに含まれるかは微妙なラインだけれど、笑ったということにしておこう。
「一応、俺は『潜入』って括りになってるんだ。だからずっと隠してたし、一番警察官に見えなさそうな格好をしていた。悪いな」そう言って一口お茶を飲むと、小峰さんは続けた。「警察でも俺は狐って呼ばれてるんだ。だから、俺のことはこのまま狐って呼んでくれていいぜ。俺も今さら『小峰』とか『陵』とか呼ばれても戸惑うしな」
警察内部でも狐と呼ばれているなんて、この人は一体周囲にどんな印象を与えているのだろうか。確かにつり目だし、金髪だし、火を扱うから狐っぽそうだとは思ったけれど……もしかして人を化かすことが得意なのだろうか? 現に、僕たちは化かされていたことだし。
それにしても、警察。これで身近な警察関係者は二人目だ。狐さんは警察としての姉さんを知っていたのだろうか。そんな僕の疑問に、狐さんは僕が口に出すよりも早く答えてくれる。
「壱之瀬は、掃除課が出来るまではパートナーだったんだ。掃除課が出来たときに、掃除人の条件を満たしてる俺が異動になってな……壱之瀬も異動を希望してたんだが、あいつは上司に引き留められたんだ。何かと有能だったからな」
あんな超人、俺は彼奴以外に見たことがねえよ、と狐さんは苦笑した。どうやら姉さんの凄さは警察でもそのままだったらしい。むしろ、僕の知らない凄い部分が警察では存分に振る舞われていた可能性がある。
姉さんを知っているどころかとても近い関係にあったらしい狐さんは、更に続けた。
「一応聞いてたから、彼奴に弟がいるってのは知ってたんだ。でも、まさかそれがお前だとは思わないよなぁ……こっちじゃ他人の振りを貫き通してたんだから当然だけど。彼奴の弟が目の前にいるってのも変な気分だ」ククク、と狐さんは笑う。「知らないだろうけど、彼奴裏じゃ弟のことで頭が一杯なんだよ。弟の話になると人格が変わってるレベルで……って、なんでお前らそんな微妙な顔してるんだ?」
そりゃあ勿論、姉さんが相当なブラコンであるというのは周知の事実だからだ。まさかとは思ったけれど、警察でもブラコン全開だったらしい。嬉しくもあるが、恥ずかしい姉だ。
「――ま、遥矢も相当なシスコンだからお互い様だろ」
「どういう意味だ」
ケケケ、と笑う明紀に僕は異論を唱えずにはいられない。確かに、僕は姉さんのことが大好きだけれど、それは弟として当然のことであり、シスコンなどと異常者のような扱いを受ける程重い愛を抱えているわけではない。
「そのまんまの意味だぜ? 俺様たちも、お前のねーちゃんも、どっちもとれずに……いや、若干向こう側に揺らいでる時点で色々とお察しさ」
「そうだよなぁ。兎さんを捕まえたいっつー動機も『姉さんと離れたくない』だったしな」
明紀に次いで蒼生までそんなことを言ってくる。やめてくれ、それはまるで僕が恥ずかしい奴みたいじゃないか。実際に色々と恥ずかしいからやめてくれ。
「仕方ないんじゃないかな? 兎は最後まで遥矢君の為だけに動いてたし……あの愛をずっと受け続けてたら、そうなるのも必然さ」
「きょーじろー、フォローになってないです」
玖雲ちゃんの言う通り、渡瀬さんの言葉はフォローではなくむしろ止めだった。優しく諭された気分だ。
「皆、兎を捕まえることに必死で気付かなかったかもしれないけどさ……兎は遥矢君が思ったよりも兎に依存してると気付いた瞬間、遥矢君が自分から離れられるように動き始めたんだ。あっきゅんを殺すだとかそんなことを言ってわざと挑発したりしてね」
そう言う渡瀬さんの表情はどこか寂しげだった。
「一応、肉親を殺して、本来あるべき帰る場所を奪っちゃったからね……罪悪感もあったんだろう。兎は……あの子は、確かに殺すことに魅せられてしまったけど、同時に酷い罪悪感も覚えてるんだよ」
快楽を得つつもその裏で苦しんでいる。本当に麻薬みたいだ、と渡瀬さんは静かに締め括った。
言われてみれば確かに、姉さんは途中から僕を煽っていたような気がする。自分と一緒だ、何て言ったのも、自分と同じ道を辿らないようにという警告だったのかもしれない。その答えはいくら考えたところで、本人に訊かなければ分からないのだけれど。
何にせよ、姉さんが何を思って動いていたにせよ、ここまで尽くされてしまっては、僕には返す言葉もないのだった。




