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やりました。その言葉の後ろでは、姉さんがとても険しい表情で自分の右足――蜘蛛ちゃんを蹴った方の足だ――を見つめていた。右足は不自然に伸びていて、姉さんはそれを地面につけようとはしない。器用にも片足でバランスを崩すことなく直立していた。
僕の予想が正しければ、というか、ここまで材料が揃っていれば予想もなにも無いし外れようも無いとは思うけれど、蜘蛛ちゃんが姉さんの蹴りを受け止めようとしたあのとき、蜘蛛ちゃんの能力が発動し姉さんの足の関節を固定したのだろう。そして、そうなのだとしたら姉さんの右足はこれから一時間曲げることができなくなる。拘束されたに等しい状況になるのだ。これをチャンスと言わずしてなんと言おうか。
僕は蜘蛛ちゃんから離れ、蜘蛛ちゃんがもたらした最大のチャンスを生かすために、絶対に無駄にしないために、姉さんの体勢を崩しに向かう。
右手を、左手を、右足を、左足を、全身を振り回し、ときに姉さんの体を、ときに姉さんが向かおうとする先の床をがむしゃらに滅茶苦茶に狙っていく。姉さんの体は傷つけないように細心の注意を払うが、床はどうだっていいのでボコボコと穴が開いていった。僕としてはその穴に足をとられバランスを崩してもらいたいところだったのだけれど、残念ながら姉さんは片足で器用にも避け続けるのだった。この間、姉さんは反撃などを一切しようとはしていない。避けることだけに専念している。
これが何を意味するのか。それは――
「ふむ。慣れてきたかな」
そう言うと、ずっと回避だけしていた姉さんがその伸ばしたままの右足を高くあげ、大きく鮮やかに振り回し、僕に上段蹴りを喰らわせた。僕はその動きに思わず見とれてしまったのか、ただ単に不意をつかれて反応できなかったのか、はたまた両方か、抵抗ゼロでその蹴りを受け入れる。足を伸ばしたままだというのに、スナップも何もきいていないというはずなのに、僕の体勢は大きく崩され床に倒れこんでいた。でも、吹っ飛ばされなかっただけよかった方だと言えようか。吹っ飛ばされてしまっていたら、後ろからやって来る本命の蜘蛛ちゃんの邪魔になってしまうから。
蜘蛛ちゃんは倒れこんだ僕を飛び越え、跳躍することで姉さんの蹴りすら回避し、姉さんの左肩に手を置き台にすることで、鮮やかなバック転を決め姉さんの後ろに回り込んだ。そして「ナイス囮です」なんて褒め言葉にもならない賛辞を僕に与える。こんな動きを見せられてしまうと、僕がいない方がよっぽど良かったのではないかと思えるのだけれど。
「チッ……やられたね。攻撃だけを注意すればいいって訳じゃないのが本当に厄介だよ」
姉さんは舌打ちをすると苦々しく微笑んだ。その左肩は微動だにしない。当たり前だ。台にされる際に、蜘蛛ちゃんにしっかりと掴まれてしまったのだから。
右足と左肩。その二つを封じられたのだ。そろそろ僕は明紀の伝言を果たしてもいいだろう。そう思いながら立ち上がり、最後にもう一度だけ姉さんの体勢を崩すことが出来ないか、威嚇ばかりの攻撃を仕掛けようとする。
「ごめんね、遥矢。それはもう見切った」
「え」
まずい、と思ったときにはもう遅い。
姉さんはいつの間にか靴を脱いでいたらしく、蜘蛛ちゃんの能力の制限を受けていない右足の指たちが僕の胸ぐら辺りを引っ掛けていた。指だと思って侮ってはいけない。姉さんのことだ。きっととんでもない力を秘めているに違いない。
引っ掛けられた指によって上に引っ張られるような感覚を覚える。その瞬間、全てがスローモーションになったような気がして、僕はこのあと上に投げ飛ばされて、空中で踵落としを喰らわされ、勢いよく床に叩きつけられるようなイメージをはっきりとしてしまった。
姉さんの能力は暗示。言葉はただのツールであって、ここまで明確にイメージをさせてしまえばその通りに攻撃を実行できるのでは無いだろうか? なんて考えているうちに僕の体は浮いていた。思っていたよりも早かった。
イメージ通りに踵落としが来て、僕は蹴られた痛みと共に床に落ちていく。――と、そこで、こうなってしまっても床を崩すことはできるのだということに気がついた。明紀の伝言は『姉さんを出来るだけ拘束して動きを不自由にさせたあと、床を崩して全員下に落ちてこい』だ。なぁんだ。難しいところは全部蜘蛛ちゃんに任せて終わらせたのだし、僕は辺に体勢を崩そうだとかそんなことを考えなくてもいいんじゃないか。何をごちゃごちゃと考えていたんだろう、僕は。
そう思うと身体の力がフッと抜けて、床に叩きつけられたと同時に僕は床を砂に変えていた。地面がなくなったのだから、当然僕以外のすべて――蜘蛛ちゃんも、姉さんも、部屋にあったデスクたちも全て重力にしたがって落ちていく。流石に次の階の床は壊したらいけないだろうから、気を抜いて能力を使ってしまわないように気を引き締めつつ、僕は衝撃に耐える準備をした。
床に落ちたとき、まずビチャッと水に落ちたような音がして、次に水に濡れたような冷たさを感じた。
「が――ああああ!?」
そして、次に感じたのは全身をバラバラにしてしまいそうなほど強い、脳から足へ突き抜けるような強烈な電撃。目の前が一瞬真っ白になって、それからチカチカと点滅した。
感電? 敵襲?
全身が痙攣するように動いて思うような動きができない。僕は水に浸かったままただただ混乱するだけだ。
もっと言えば、僕の混乱は回復することなく終わる。
「ががががが」
理不尽にも二回目の電撃を受けて、僕の記憶は闇に沈んでいった。




