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人間掃除人  作者: 影都 千虎
二掃目
44/73

19

 今からでも遅くない。勉強しよう! という展開には残念ながらならない。勉強する気が皆無というのもあるが、生憎僕は午後から用事があるのだ。勉強する気が皆無であるため、用事があろうと無かろうとなにも変わらないとは思うけれど。

 そう。病院。

 兎さんにより、色々と条件をつけて無理矢理病院を退院する形となった僕だが、それは別に今後病院にいかなくても良いということにはならない。定期的な通院は必要なのだ(当たり前だ)。

 当然のことながら通う病院は僕が入院していたあの病院だ。僕が退院するとほぼ同時に虐殺事件が起きてしまったが、どうやらその後も通常通り運営しているらしい。なんでも、被害に遭ったのは僕の病室があった棟だけなんだとか。患者もナースも医師も区別なく殺されたという話なので、『だけ』という表現は適切ではないのかもしれないが、まあ、そこは仕方あるまい。こうも早く運営を再開できている時点で、被害はそれほどでもなかったと言っているようなものだ。

「兎さんが付き添いだと思ってたんですけど、狐さんなんですね」

 僕は車椅子を押してくれている狐さんに話し掛けた。後ろを向こうと身体を捻ると傷口が断末魔の叫びをあげるのでそんなことはしない。正面を向いたままだ。

「ああ、それな」狐さんは、そんな僕の率直な疑問に対し、苦笑混じりの声で答えた。「今朝までは兎が行くつもり満々だったんだ」

「へえ。じゃあ、急用が?」

「ああ、仕事がな。呼び出し食らっちまったんで、出動する羽目になったんだよ。『仕事殺す。或いは上司と仕事を増やした張本人を殺す』なんて言ってたぜ」

 それは上司にとってとんだ八つ当たりなのではないだろうか。そんなことで殺されていたら上司がいくらあっても足りないだろう。『そんなこと』なんて言ったら僕がどんな目に遭うか分からないが。というか、僕が『そんなこと』と言える立場に無いのだけれど。

 兎さんは仲間意識がとても強く、身内に甘い。甘いというか、大切にしすぎている。だから、掃除人という仲間である僕らに危害が及ぶと、兎さんは激怒し暴走する。僕が銀行で撃たれた(らしい)件がいい例だろう。一度兎さんがキレれば、誰も手がつけられないという。それは、一年前、僕が初めて兎さんに出会ったとき、僕が掃除人になったばかりのあのときからなにも変わらない。

 親にロクに相手にされず、愛情を注いでくれるのはたった一人の姉だったという環境で育った僕にとって、兎さんのそれはとてもむず痒く、奇妙なものだ。とても、感謝しているのだけれど。

 思い返してみれば、懐かしい。兎さんは「初めまして」と顔をあわせたばかりの僕が危険な目にあっても怒ってくれ、助けてくれた。僕はその時から兎さんに憧れを抱いているのだろう。

 あのときのことはとても苦く痛々しい思い出となってしまった。決して『いい思い出』とは言えないだろう。しかし、兎さんという人間に出会えたことだけは幸福だったのかもしれない。信じていないけれど、これが運命というやつならば、それに感謝したいと思う。

 狐さん曰く、兎さんは特に僕を可愛がっているらしい。それは異常と言えるレベルの溺愛ぶりなのだとか。僕としては、姉さんの溺愛ぶりに勝るものは無いだろうと思っているし、姉さんに慣れてしまっているので、特に兎さんに溺愛されているとは思えない。いい感情を抱いてもらっているとは思うのだけれど。

「ん。呼ばれたみたいだな。行くぞ」

 そう言って狐さんは僕の返事も待たずに車椅子を押し始め、診察室のドアを開き中に入っていく。

 真っ白な部屋には見知らぬおっさんがいた。白衣を着てるし、診察室で待ち構えているのだから、このおっさんが医者であるということは分かっている。しかし、何故僕が目覚めたときに色々と質問してきたおっさんではないのだろうか? てっきり、あの人が僕の主治医だと思ったのだけれど。

「えー……西田が先日の事件の被害にあったので、主治医交代して私になりました。どうも、初めまして。坂崎と申します」

 おっさんはそう言って僕たちに軽く礼をした。僕はつられて例を返す。狐さんがどうしたのかは分からない。

 そうか、あの人は虐殺事件でぶっ殺されたのか。御愁傷様、とでも言うべきなのだろうか。良くないことだとは思っているけれど、しかし死に慣れすぎてしまったせいで特に何も感じなかった。

 そこからは事務的な、特筆すべきことはない普通の診察が始まる。どうやら回復は順調らしく、むしろ順調すぎるくらいで『驚異的な回復力』という言葉をいただいた。そんな言葉、現実にあったのか、という気持ちで一杯だ。来週からリハビリが始まるらしく、今日からは松葉杖で生活していいそうだ。自由度が増すというのは有り難い。

「よかったな」

「はい。撃たれどころが良かったんですかね?」

「銃で撃たれたことを、頭ぶつけたっくらいの感覚にすんじゃねえよ……」

 呆れられた。確かに、今の言い方は軽すぎたかもしれないが、しかし、人間喉元過ぎれば暑さを忘れるのだ。

 ふむ。しかし、松葉杖というのは中々に不便だ。移動速度で考えれば、車椅子の方が格段に速かっただろう。それに、上半身にかなりの負担がかかる。鍛えておけば良かったと軽く後悔するレベルだ。

「すみません! 通ります! 通ります!」

「道を開けてください! 通ります!」

 なんて、僕が松葉杖に四苦八苦していると、救急搬入口の扉が開いたらしく、慌ただしい声が聞こえてくる。それはすぐに目の前にやって来て、ストレッチャーに乗った患者が数人の看護師などにより猛スピードで駆け抜けていった。

「あ」

 すれ違ったのはほんの一瞬だったのに、僕はその患者の顔をしっかりと見てしまう。

「明紀だ」

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