03
「……それで、なんでまたお前がここにいるんだよ」
夕飯を食べ終わった後で、僕は迷子になっても助けてくれなかった優しくない親友に話しかけた。雨霧明紀。こいつは決して掃除人ではない。僕みたいに変な力を持っているわけではない。それなのに、どうして掃除人の住処である廃ビ(地下)に居て、あろうことか夕飯を食べたのだろうか。それも毎日のように。
「どんな答えだったら納得してくれる?」ニヤニヤと笑いながら明紀は答えた。どうやら真面目に答えるつもりはないらしい。まあ、おおよそ「飯代が浮くから」とかそんな理由だろう。こんな田舎の高校生にしては珍しく一人暮らしをしている明紀にとって、食費はかなりの痛手だろうから。
「……答える気がないのなら僕は質問する相手を変えるよ」
「ん?」
「渡り鳥さん」
僕は掃除人のリーダー的存在である、エプロン姿の眼鏡が良く似合う中年のおじさん(割と格好いい)に話しかけた。掃除人に、『お互いを人間以外の生き物の名前で呼び合う』というルールを作った張本人だ。そのルールのおかげでこの人の本名を僕は知らない。いや、この人に限らず、掃除人全員の本名を僕は知らない。
「なんで明紀がここに居てもいいんですか」
「あっきゅんだからだよ」
即答された。しかも答えになっていなかった。なんだよ、あっきゅんって。
「だーれがあっきゅんだ! なんで俺様がそんな女みたいなあだ名を付けられなきゃいけないんだ!」
ほら、本人もご立腹じゃないか。女みたいなあだ名を付けられるところにだけれど。僕としては、別にそこは何の問題もないと思う。明紀は見た目だけは女と間違えるほど可愛い(寒気がする)らしいのだし(ずっと一緒にいるから僕はよくわからない)。何処をどう間違えたらこれが男として生まれてくるのだろうかと思っている男はかなりいるらしい。僕は興味ないけれど(重要)。
「あっきゅんは、あっきゅんさ。熊君もそんなにトゲトゲした言い方しないでくれるかい? あっきゅんが居なければ困るのは俺たちなんだ。そうだろう?」
「うっ……」
聞いた話によると、警察とどうしようもない犯罪者たちの間で、『この町で一ヶ月間何事もなく過ごせたらお咎めなし』なんてシステムがあるそうだ。そのため、依頼されるターゲットたちは全員この町に住んでいる、らしい。確証はない。そして、僕たち掃除人は、一ヶ月間何事もなく過ごそうとしているターゲットを見つけ出し『掃除』することが仕事だ。僕が掃除人になるまで、この人たちがどうやってターゲットを探し出していたのかは分からないけれど、僕が掃除人になってからはターゲットを見つけ出す作業を全て明紀に任せているのだ。この町に限定すれば、明紀の監視網から逃げ出す手立ては無い。そう言い切れてしまうほどの情報を明紀は管理している(らしい)。そのお陰で本来、一般人が知ることは無いはずの掃除人の存在を明紀は知ってしまったわけなのだけれど。もっと言えば、僕が一年前にとんでもないヘマをして、明紀をこっちの世界に巻き込んでしまったわけなのだけれど。耳の痛い話である。
「……もういっそのこと明紀も掃除人になればいいのに」
「それは無理な話だな」
割と名案と思われる僕の呟きが即答で却下された。そんなにきっぱりはっきり迅速に言わなくてもいいのに。そんな視線を渡り鳥さんに向けてみると、「そうしたいのは山々なんだけどね」と苦笑された。
「あくまで掃除人は、『通常では有り得ない力』を持った人間が、その力を社会のために活用する集団だからね。彼は該当しない。警察の公認だから該当しない人間を無理矢理入れられないのさ。本来なら彼も俺たちと同じように報酬をもらえるはずなのに、何もないのはそのせいさ。頭の固い連中には困ったもんだよ」
愚痴るように渡り鳥さんは続けた。そう言えば一度も聞いたことが無かったが、渡り鳥さんと警察とは一体どういった関係なのだろうか。基本的に、依頼は渡り鳥さんを通して警察から僕たちに伝えられる。それはいい。しかし、掃除人の勧誘などは全て渡り鳥さんが独断で行っている。掃除人は、警察公認の組織だから警察の許可も必要だと思うのだけれど……。知り合いが居るというだけでは、こんなことが出来るとは思えない。なにか警察相手に強力な権力でも持っているのだろうか。