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人間掃除人  作者: 影都 千虎
二掃目
39/73

14

 そしてやってきた翌日。僕と蜂は近所のマンションの駐車場に来ていた。コンクリートで固められた冬の駐車場は嫌に静かだ。

 月曜日の真っ昼間。本来なら学校に行かなければならないのだが二人とも休んだ。僕は身体のことがあるから不可抗力だが、蜂は健康そのものなのでずる休みということになる。いいのだろうか。

 結局僕は、蜂からその策とやらを聞いてはいない。蜂の表情は普段と対して変わらず、怠そうな瞳は何も考えていないように見えて、見てるこっちが不安になってきた。大丈夫なんだろうか。出来れば僕は死にたくないのだけれど。蜂が動けなくなってしまうと、まだ車椅子の操作になれていない僕は上手く逃げることができずお陀仏となるだろう。そう考えると僕の命運は蜂が握っているということになる。ああ、すごく祈りたくなってきた。本当に大丈夫だろうか。いざというときのために、いつでもハンマーを振り回せるようにしてはいるけれど、車椅子で移動の自由がきかないこの状態で、一体それがどこまで意味をなすのやら。

「ん、お出ましか」

 一人分の足音が駐車場に響き、蜂がそれに反応した。足音は正面から近づいており、それが灰色のコートを着た男であるということはすぐにわかった。ここは障害物が少なすぎる。

 コートの男は通路のど真ん中で突っ立っている僕たちに歩くペースを落とすことなく近付いてくる。表情が見えるまで近くに来ると、男がにやにやと笑っていることに気が付いた。ぞわり、と寒気が走る。こいつはヤバイと経験が訴えていた。

「お前らが『人間掃除人』っつー、イカれた連中なんだな?」

 ニヤニヤと笑い、窪んだ目元を歪ませながら男はコートから大振りのナイフを取り出す。臨戦態勢はバッチリということだ。警察からかなり情報を得ていると考えられる。クソ、警察め。余計なことを!

「変な力も持ってるって話じゃねーか。……なぁ、お前らはフツーの人間とどう違う? ぶっ刺したらどう鳴く? お前らも人間を殺し回ってんだ、わかるだろ? 快感だよなぁ、ナイフが身体に沈んでいって人間が鳴き出す瞬間ってのはよぉ……キヒヒ……想像しただけでもぞくぞくするぜ」

 男は興奮したようにベラベラと喋る。気持ち悪い。何を言っているんだこいつは。お願いだから、同類だと思わないでほしい。僕たちは、そんな殺すことに快感を見いだしたりなんかはしないんだ。

「うっひゃー、掃除の対象ってこんな奴ばっかなのか? すげーな」

「いや、これは特例だよ。僕もはじめて当たった」

 未だに殺人の快感について語る男は放っておいて小声で会話する僕たち。相手がこんなのばっかだったら精神が病みそうだ。或いは何かに目覚めそうだ。恐ろしい話である。

「ナイフまで用意しちゃって殺る気満々じゃんな。物騒だねぇ……俺みたいにこうやって平和な手段に出てみるとか考えないもんかね」

「あ?」

 蜂はわざと声のボリュームをあげ、語り続けている男を遮る。すると気持ち良さそうに語っていた男が露骨に嫌そうな顔をした。ナイフを握り直し、腕を少し持ち上げ「邪魔しやがったな?」と不満を漏らす。

 窪んだ目は蜂をキツく睨んでいたのだが、それは数秒ともたず突然涙をこぼし始めた。そして男は目を抑えながら声をあげる。

「っあ……!? 滲みるッ、いてえ! 何しやがった、テメェ!」

「何って、生玉ねぎの粉を風に運んでもらっただけだぜ?」

 うわあ、蜂がすごく悪い顔をしている。随分と楽しそうだ。

 蜂の右の手のひらには砂っぽいものが握られている。砂は風が吹く度に風下へと飛ばされていく。ああ、僕たちは今風上にいたのか。なんてことを目を抑えて悶える男を見ながら思った。緊張感はすっかりどこかへ消えてしまっている。

 蜂の持っている生玉ねぎの粉は勿論僕が作ったものだ。蜜柑を砂にして目を痛めたあの日、思い立ったが吉日ということで生玉ねぎを砂にしたのだが、その際蜂に分けてくれと頼まれたのだった。まさか、こんなところで活躍するなんて。策とはこれのことだったのだろうか。

「ふざけてんじゃねぇぞ……? そんなに死にたかったか、そうか、そんなに俺の手で逝かされたかったか! お望み通りやってやるよォ! よくも俺に痛みを与えやがったなぁ!」

 目を赤くし涙をためながら男は突然爆発する。よくいる、逆上タイプ。男は典型的なそれだったのだろう。ナイフを構えたまま蜂へ突っ込んでくる。

「う、わっ……!?」

 蜂は男がそうなると読んでいたのか、冷静に僕を蹴って後ろに下げ、何処からか試験管を取りだし突っ込んでくる男に向けて投げた。試験管なら当たっても殺傷能力はない。その中身が肝心なのだ。恐らく、蜂は試験管そのものを当てるために投げたのではない。地面に落として、中身を飛び散らせ、男の足にそれを引っかけるのが目的のはずだ。蜂の能力を知らなければ、飛び散った試験管とその中身については注意をしないだろうから。

 そう、知らなければ。

「ッ!」

「は、ははははは! 残念だったなぁ、これで俺の足を溶かすっつー算段だったんだろ? 人間掃除人の蜂さんよぉ、お前のことはしーっかり聞いてんだよォ! バカが!」

 男は試験管を見るなり後ろに跳んで、完璧な回避を見せた。つまり蜂の攻撃は不発に終わり、相手に手の内を晒すだけの結果を残す。試験管が落ちた辺りのアスファルトは白い煙をあげながら溶け、穴を作っていた。

「…………」

 蜂は黙って男を睨み付ける。だらりと腕を下げたまま、次の試験管を手に取ろうとはしない。

「お前を相手にするとき注意しなきゃいけないのは水だ! だがそれ以外はどうだっていい! つまり、何かを持っていなければさっさと接近してぶっ刺しちまえば問題ねえって事だよなぁ!? さぁ、いい声で鳴いてくれよ!?」

 蜂が何も持っていないことで勝利を確信したらしく、男はハイテンションにそう叫んで、再びナイフを構え突進してくる。蜂は動かない。このままでは、男の思惑通り蜂は刺され殺されてしまう。そんなこと、許してたまるか。

「蜂ィッ!!」

 動け。速く動け。男よりも速く動いて、このハンマーを届かせるんだ。

 蜂に下げられてしまったこの距離が憎い。自由に動かない右足が憎い。この距離がやけに遠く感じる。――ああ、車椅子が邪魔だ。大丈夫、左足が動く。車椅子なんか捨ててしまえ。

「う、お、おおぉッ!!」

 全身全霊の力を左足に込めて、僕は前へ跳ぶ。この身体のどこか一部が男に当たれば。当たりさえすれば。

 しかし、現実というのは残酷なもんで、僕は何に当たるわけでもなくそのまま地面に倒れた。そして、僕と同じく地面に落ちた赤い滴を見て、僕は間に合わなかったことを知った。

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