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「それで」タルトの四分の一をペロリと平らげてから、プリンに手を伸ばしつつ蜂はつまらなさそうな顔で言う。「俺は何を掃除すればいいわけ? どうせ危ないやつしかないんだろ?」
「……話が早くて助かるよ」
今の話を聞いても尚顔色ひとつ変えない蜂に渡り鳥さんはため息をついた。そして何処からか紙の束を取り出す。いつも僕も掃除の前にもらうやつだ。あれには掃除すべき相手の詳細が事細かに書かれている。
「本当は兎か狐に任せたいやつだったんだけどね……」眉間にシワを寄せ、声のトーンを低くして、渡り鳥さんははっきりと告げる。「こいつは一時期通り魔だったやつだ。頭も相当イッてるし、なにより殺すことを快楽とするような変態だ」
僕たちが掃除する人間は、一言で言えば重罪を逃れたクズだ(正直なところ僕も同じ括りなのでこの言い方は胸が痛い)。だから大半は人殺しの過去を持っている訳なのだが、掃除人になってようやく一年の僕に回されてきたのは、危険度の低い殺人を金と権力で捻り潰してきたような連中だった。だから、今蜂に回されたような明らかに危なそうな奴は経験したことがない。
「少しでもへまをすれば即殺されるだろう。……やってくれるかい? 断るという選択肢も、一応用意してるけど」
「いいっすよ」
シリアスなトーンの渡り鳥さんに対し、蜂の返答は余りにも軽かった。しかも即決だった。一秒だって悩んでいなかった。
「そもそも俺は自殺しようとしてたんだしな。通り魔に殺されるってのも面白そーじゃん」
強がりを言っているわけではなさそうだ。『面白そう』という感想は本心から出ているらしく、資料を見つめるその顔は、ずっと期待していた新作のゲームを眺めているようだった。
「……あれ? 待てよ?」
本当に行くのだろう。大した度胸だなんて感心してみたけれど、よくよく考えれば蜂が行くということにかなり問題があることに僕は気づいた。
「蜂の能力って、なんか作った水で物溶かす奴だよな?」
「ん? ああ。溶質と同じ成分のやつを溶かせるぜ」
「お前、それでどうやって掃除するんだ……?」
「ぶっかけるか、口にぶちこむ」
自信満々に蜂は言う。しかしよく考えてほしい。その戦法は作った水のストックが無くなったらお仕舞いだ。かけるとしたら投げるとか水鉄砲とかそういう手段があるかもしれないが、それも避けられたらお仕舞いである。口にぶちこむなんてのは、相手になにか一撃でもお見舞いしとかなければまず不可能だろう。そう簡単に相手の懐に潜り込んで水を飲ませてやるなんて芸当、出来るわけがない。……いや、試飲してみてください、みたいな感じで配っていれば出来なくもないのか? しかし、それだと一般人の目につくし、断られた場合が困る。
「考えがないわけでもねーけど……心配なら、ついてくるか? ああ、大丈夫、ついてきても熊がやることなんてねーよ。あるとしたら隠蔽工作ぐらいか」
やけに自信満々に蜂は言う。殺されてしまう可能性が高いっていうのに、そんなこと、全く気にしていない。ゲームオーバーのリスクが高くて燃える、とか言い出しそうだ。どうやったらそんな精神力を手に入れられるのか。
それに、隠蔽工作とはどういうことだろうか。少しでも警察に漏れる情報を減らして、相手側に此方の情報を隠すつもりなのだろうが。そんなの、もう手遅れのような気もするけれど。銀行で蜂は一人殺したと言っていた。もうそこから手段が露見しているような気がする。しかも、こいつは警察にいって自分を掃除人に入れろと直談判したのだ。能力があることを証明するため、披露済みだろう。
「ふうん……ハッタリかましてるわけじゃないのか。行ってみろよ、熊。そんで是非ともその方法を俺様に教えてくれ。死んだらそこまでだったってことだろ」
明紀は無責任にもそんなことを言う。死んだらそこまでだなんて言うけれど、蜂が死んだら十中八九僕も殺されるであろうことをこいつは分かっているのだろうか。
「そんじゃ、決まりだな。こいつが住んでるの、結構近いマンションだし歩いていけるな」
それでこの話は終わりと言わんばかりに、蜂は持っていた資料を適当に置いてクッキーに手を伸ばす。おいおい、呑気すぎるだろ。
渡り鳥さんの方を見てみると、やはり険しい目付きをしていた。その中には蜂を値踏みするような視線も含まれていて、僕は一年前を思い出した。嗚呼、この人はこの掃除で蜂を試すつもりなんだ。




