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「その二件のお陰で警察がピリピリしちゃって困りもんだよ」
「渡り鳥さん」
渡り鳥さんはため息をつきながらやって来る。その手には大きな皿があり、皿の上に乗っかっているのは沢山のフルーツが乗ったタルト。
「あの、それは」
「ん? ああ、熊君の退院祝い」
「豪華すぎませんか!?」
「作り出したら止まらなくてね」
ははは、と渡り鳥さんは照れたように笑った。『作り出したら止まらなくて』ということは、まだ何かあるということだろうか。どれだけ張り切ったんだ、この人は。いや、嬉しいけれども。すごく嬉しいし、タルト美味しそうだし、早く食べたいのだけれど。
「渡り鳥さん! 俺様の分はこれ四分の一な!」
「ふざけんな、欲張りすぎだろお前」
「ハァ? 四分の一だけで勘弁してやるって言ってんだから大人しい方だろ?」
「どんだけ食うつもりなんだよお前」
明紀の目は輝いている。そういえば、こいつは甘いものが大好物なんだった。前にどこかの喫茶店に行ったときは、胸やけがしそうなほど甘ったるそうなどでかいバケツパフェをがっついていたっけ。
「……俺も四分の一欲しいな……で、多分おかわりする」
口許に手を当てて、真剣な瞳でタルトを見つめながら、真剣な口調で蜂は言う。こいつも甘いものが好きなようだ。中身は女の子、ということだろうか。
「いや、ちょっと待てよお前ら。それだと僕の分はどうなるんだ」
「気持ちだけで胸が一杯だろ?」
「胸は一杯でも腹は一杯じゃねえよ」
ドヤ顔の明紀が腹立たしい。「俺様うまいこと言いましたー」みたいな顔をしてやがる。どちらかといえば、僕の切り返しの方がうまかったと思う。いや、そうじゃなくって。
「熊、胃が空っぽのところにいきなりケーキ類とか重いものを入れると胃が荒れる」
「あ、ああ、確かに」
「だから、ここは俺たちが責任をもって食べておくから――」
「そんな責任を勝手に負うなよ。僕にも食わせろ」
どんだけ甘いものに目がないんだ。恐ろしすぎる。
と、そこに車輪の音が聞こえてくる。僕は今動いていないから、当然僕の車椅子ではない。となると正体は一人だけだ。
「…………」
近くまで来ると、蜘蛛ちゃんは目だけで「このタルトはすべて自分のものだ」と語ってくる。その眼力に、とても勝てそうになかった。
「――それで、これからの話なんだけど」
切り分けられたタルトと、その後追加されたクッキーやプリンを食べながら、渡り鳥さんが話を戻す。そうだ、思わず甘味にテンションが上がってしまっていたけれど、割と大変な話をしているところじゃなかっただろうか。
「病院の虐殺事件も、警察襲撃事件も、両方とも通り魔の仕業らしくてね」どこか複雑そうな顔で渡り鳥さんは言った。「三月一杯までに通り魔を片付けろってさ。もし出来なかったら……想像は、つくだろ?」
突然の重い空気。その続きは嫌でも何となくわかる。
「実は前々から警察とは関係が悪くてね。正義感の強い連中は殺人を容認することが苦痛らしいし、自分の手柄しか考えてないやつは俺たちがかっさらってくのが不満らしいんだ」
勝手な話だろ? と渡り鳥さんは苦笑した。僕はどんな反応をしたらいいか分からない。僕だけじゃない、明紀も蜂も蜘蛛ちゃんも、言葉を失っていた。
「…………あ」
そんな重い空気の中、何かに気づいたのか俯いていた明紀が顔をあげた。
「相手側に警察が情報流してたっての、全部そのせいだったのか? だったら、その布石はずっとあったってことか……」
そしてまた考え込む明紀。
言われてみれば府に落ちる話だ。そうか、誘拐されたときは「警察はよっぽどお前らに自信があるんだな」なんて言われたけれどあの推測は間違いで、本当は僕たちが殺されてしまえばいいと思っていた。僕たちが殺されれば、一度は法を免れた犯人も殺人の罪で捕まえることが出来る。嫌な一石二鳥だ。なにが切っ掛けでそうなってしまったのやら。……いや、そもそも出来たこと自体が異常なのか?
「……これから掃除すんのも苦労しそうだな」
蜂のその呟きはとても興味無さそうな、どうでもよさげな響きだった。




