08
目を覚ますと、窓の外はすっかり暗くなっていた。部屋は明るいままで、まだ消灯時間を過ぎていないことを示している。さて、今は何時だろうか。
本来ならば使ってはいけないスマホの電源をこっそりと入れて時計を確認してみると、丁度二十一時を回ったところだった。面会時間はとっくに終了していて、僕は夕飯を食べ損ねたということになる。
二十一時ということは、あと一時間もすれば消灯時間になるということになる。こんな微妙な時間に起きてしまうのだったら、あのとき痛み止めを使うことを我慢するべきだっただろうか。これからしばらく、眠れる気がしない。あれは結構強い痛み止めだったと思うのだけれど、一日に何回も打ってもらえるものだろうか。長い夜を痛みと格闘しながら過ごすなんてことをしたくないのだけれど。
なんてことを悶々と考えていると、唐突に病室の扉が開かれた。看護師さんだろう、と思っていたら入ってきたのは見知らぬ人間だった。恐らく男だろう。
黒い帽子を深く被り、表情は見えない。黒いダッフルコートを着ており、穿いているズボンも黒い。肩にはスクールバッグが引っ掛かっていた。つまり彼は学生だ。そして、恐らく中学生ではなく高校生だ。この辺の中学生はランドカバンとサブバッグを身に付けている。
さて、この男子高校生(仮)は一体何しにこの病室にやって来たのだろうか。スクールバッグや穿いているズボンのデザインから、僕が通う高校の生徒ではないことは分かっている。そして僕には、友人と言える人物が明紀ぐらいしかいない僕には、他校に知り合いなどいない。
「えっと……多分、部屋間違えてますよ?」
面会時間は終了していますよ、とは言わない。そんなことは彼だって重々承知しているはずだ。
「ンなこたァねえよ。ここで合ってる」
僕の言葉に彼はそう返して、迷いのない足取りで僕に近付いてきた。あれ? これはもしかして、僕が彼のことを忘れているパターンだろうか。それはなんとも情けない話だけれども、奥田のことを忘れていた僕なら十分にあり得る。
彼はベッドに座っている僕の隣まで来るとそこで足を止め、おもむろに肩に引っかけていたスクールバッグを開けて手を突っ込んだ。そのときに初めて彼の表情が見えたのだが、やっぱり知らない人だった。
「人間掃除人の熊、だろ?」
彼はニヤリと笑って、スクールバッグに突っ込んでいた右手を一気に抜いた。そしてカチャリという軽い音がして、彼の右手は僕の頭に真っ直ぐに向けられる。その手に握られているものは、
「アンタに恨みはねェけどよ、ちょっくら俺のために死んでくれや。知ってンだろ? 『鬼ごっこ』のルール」
「あ……」
ドクン。と大きく心臓が跳ねた。
ギリギリと締め付けるような痛みが僕の頭を襲った。
その手にあるものは。その右手に握られたものは。
「う、あ……」
熱をもって痛む傷痕。苦しい。床に倒れた僕。痛い。目の前の男。苦しい。鉄パイプで蜂を殴った男。痛い。倒れた蜂。痛い。撃ち抜かれた足。痛い。熱い。死にたくない。怖い。嫌だ。やめろ。床。痛い。赤い。黒い。笑ってる男。やめろ。蜂は。鉄パイプ。銀行。人質。壁。穴が開いた壁。ハンマーで。僕と蜂は。痛い。撃たれた。死ぬ。怖い。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。
「あッ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
「ッ!?」
いやだ。
もういやだ。
もう二度と。




