06
「……そうね、くよくよしたって熊君の傷が治る訳じゃないものね」
僕の言葉を聞いてかどうかは分からないけど、兎さんは凛とした顔つきでそう言った。相変わらず格好はジャージだけど、どこか格好いい。得物として日本刀を持っているのだし、これで和服だったら完璧なのではないだろうか。惚れてしまうかもしれない。
なんて、バカな発想は捨てておいて(置いとかないのが僕のジャスティス)。
「ああ、そういえば熊君。私、あなたに確認したいことがあったの」
「なんですか?」
「蜂ちゃんと初めて会ったとき……誘拐されたときの犯人のこと、覚えているかしら?」
とても真剣な表情で訊いてくる兎さんは謎の重圧を発している。その重さに僕は萎縮してしまいそうになる。単純に言えば、怖い。兎さんはたまにこうやって急に怖くなることがあった。別にそれは僕を威圧するためのものではなく、大抵は僕を心配してくれてのことなのだが、怖いものは怖い。こういうときの兎さんは苦手だ。でも、この雰囲気は誰かに似ているような気がしなくもない。誰に似ているのだろうか。
「勿論、忘れてませんけど……」
「犯人は、熊君が掃除人だってことを知ってたのよね?」
「警察に訊いたって言ってましたね」
全く、ぺらぺらと他人の情報を流すなんて。個人情報の保護が叫ばれているこのご時世でなにをしてくれちゃっているんだか。無事掃除できたからいいんだけど。
僕の言葉に、兎さんはただ「そう……」と返す。その目は何処か暗く、とても怒っているように見えた。僕が悪いわけではないのに、謝りたくなってしまう。どうも居心地が悪い。
「ごめんなさい。私はこのあと用があるから……もう少し居たかったけど、帰るわね?」
兎さんの表情はすぐに戻った。その変わりように少しだけ驚いてしまうが、それよりもホッとした。やっぱり、怒っている人と一緒にいるというのは気分が悪い。
僕は「ありがとうございました」と言い、部屋から出ていく兎さんの背中を見送る。したがって僕を含めた三人が部屋に残されることになる。
「警察か……」
何か思うところがあるらしく、顎に手を当てて蜂はぽつりと呟いた。
「熊は覚えてないからわかんねーと思うんだけどさ、銀行の三人組も警察に情報もらってたのかな」
「え、どういうことだ?」
蜂の言葉に反応したのは僕ではなく明紀。蜂は頷くと自分の考えを話し始めた。
「俺と熊は三人のうちの一人にやられちまった訳なんだけどさ、そいつはどっかの部屋で俺たちを待ち伏せしてたと思うんだよ。俺と熊は廊下で襲われたからな」
蜂の話を聞いて、僕は当時の様子をイメージしてみることにする。廊下で並んで歩く二人。後ろから殴られた蜂。拳銃で撃たれた僕。今のところ、相手が警察に情報をもらっていたと考える要素は無い。
「そんでよ」蜂は話を続ける。「侵入者に備えて待ち伏せってのはよくある話だから不自然じゃねーんだけどよ、よくよく考えてみたら、俺たちを待っていた場所が明らかにおかしいんだよ。今、手元に紙とか地図とかねーから口でしか説明できねーんだけど……」
そこで蜂は言葉を区切る。
待ち伏せの場所がおかしいとは、一体どういうことなのか。明紀と僕は黙ってそれの続きを待った。
「俺たちは、熊が開けた穴から中に入ってったんだ。一番奇襲になりそうな、出入り口と窓が一番少ない面の壁から。入ってみたら倉庫みたいなところだったんだけど……ま、これはどうでもいいな。
話はこっからだ。後で俺は銀行の地図を見てみたんだが、俺たちが襲われた廊下。あそこは、出入口から入っていった場合、一旦店舗スペースを経由しないと辿り着けないような場所だったんだ。窓を使えば関係ないかもしれないが、実はその面の壁は日の当たりが悪いことを理由に、一階の窓は全て棚で塞がれていた。どういう考えをしたんだとか、窓の意味がねえじゃねえかとか、色々突っ込みたいことはあるけどな。
……もう、分かっただろ? 俺たちを襲うために待ち伏せしたアイツは、俺たちがあり得ないところから入ってくることを知っていた。ドアを使われた場合は奇襲を諦めることにして……いや、俺たちが変なところから入ってくることを信じて、あの場所にいたんだ」
能力と、行動パターンがバレていた。蜂の話はつまりそういうことだ。
ここまでべらべらと警察が犯人側に喋ってしまっているとなると、信用問題に関わってくる。警察はもしかして、僕らを消したいと、掃除人が目障りだと思っているのだろうか。




