02
「どーも、ヒューマン・クリーニング・サービス略してHCSですー」
ありもしないサービス業名を語りながら、空き家でひっそりと暮らそうとしていたターゲットに僕は話しかけた。「ひぃ」とか「殺さないでくれ」とか、必死の形相でターゲットは命の延長を申し込んでくるけれど、「申し訳ございませんが当サービスでは延長時間を設けておりませんのでー」と適当なことを言って黙らせた。正確に言えばその顔面に平手打ちをお見舞いして砂にした。殺した。ごめんなさい。罪悪感なんてこれっぽっちも無いけれど。
「おそーじ、おそーじ」
持参していた箒とちりとりで、ついさっきまで人間だった砂をかき集めビニール袋に入れる。この作業にも随分と慣れたものだ。しかし改めてこうしてみてみると人間の体積の多さを思い知らされる。一言で言うと重い。すごく重い。六十キロは確実にあるのだから当たり前なのだけれど。
砂をビニール袋につめ終わると、僕は一一〇にダイヤルを回して、「回収お願いしますね」と一言連絡(通報ではなく連絡だ。勘違いしないで頂きたい)を入れて空き家を後にした。一月二十六日、月曜日。今日も問題なく依頼を達成した。
法の力ではどうしようもない犯罪者というものがこの世には複数居る。そしてその数は減らない。かくいう僕もそのうちの一人に数えられてしまうわけなのだけれどそれは考えないことにして(おいとかないのが僕のジャスティス)。人間掃除人というのは、そういった犯罪者を秘密裏に始末するのが仕事だ。依頼は勿論警察から来る。警察公認の殺しの仕事なのだ。掃除人は、僕のように通常では有り得ない現象を起こす力を持った人間でなければなることができない。その理由は、その危険な力をなんとか世のために使うことができないのか? という考えから生まれたらしいからだ。掃除人が出来てから何年が経っているとか、全国に掃除人がどれくらいいるのかとか、そういう詳しい話は知らない。そろそろ僕も掃除人になって一年が経とうとしているけれど聞かされていない。まあ、知ったところで「だからどうした」と言うだろうから一向に構わないのだけれど。
「もう六時か……真っ暗だな……」
一月の夜に震えながら呟く。掃除人のアジトとして使われることになった、かつてはビジネスマンたちで溢れ栄えた(らしい)、今ではただの廃れたビル、略して廃ビ(愛称)を目指して歩くが、道が分からないことに今更気付いた。僕は馬鹿なのだろうか。来た道を引き返せばいいと思っていたのだけれど、そもそも来た道が思い出せない。辺りが真っ暗であるため余計分からない。
「これだから田舎は……」
街灯が少ないのが悪いのだと責任転嫁をしてみる。当然だが責任転嫁をしても目的地に帰れることはない。未来のロボットは僕の友達ではないのだ。更に言えば、こうして道に迷っていても助けてくれる友人が僕にはいない。悲しい話である。いや、誤解しないで欲しい。実は友人が一人もいないわけではない。一人はいるのだ。変わり者が。ただ、その友人は優しい友人ではないのだ(歩く損傷みたいな僕の友人である時点で十二分に優しいのかもしれないが)。例えば、ここで優しくない僕の友人に『道に迷った。助けて』という内容のメールを送ってみたとしよう。間違いなく『馬鹿じゃないのか』と、馬鹿にされ、散々爆笑された後でコタツが暖かいとか家の中が快適だとか、外に居る僕に対する嫌みが飛んでくるはずだ。
スマホがぶるぶると震えてメールの受信を知らせる。手がかじかんでいて上手く操作ができないが、なんとかメールを確認する。
「やっぱりな」
思っていた通り、僕の現状は彼に大受けのようだ。芸人冥利に尽きる。芸人ではないけれど。
「……まあ、迷子解決したけど」
スマホから目を離して顔を上げると、自宅が目の前にあった。いつの間にか帰ってこられていたようだ。僕は天才なのではないだろうか(突っ込みは期待していない)。それにしても、さっきの空き家は一体何処にあったのだろうか。謎である。
「月曜日だけど……まあ、いいか」
誰もいないのに、誰かに伝えるように独り言を言ってから歩き出す。足が向かう方向は、目の前にある自宅ではない。ここから少し行った先にある廃ビだ。掃除人になってから、あまり家に帰ろうと思ったことはない。なにかが起らない限り、ほとんど廃ビに寝泊りしている。もうあそこを家と言ったほうがいいのかもしれない。両親も人殺しの息子が居ない方が心休まる生活を送れるだろうし。僕が家に帰らないことがお互いの幸せになるのなら、それでいい。
「ああ、お帰り、熊君。お疲れ様」
何処からどう見ても人が住んでいるようには見えない廃ビに入り、階段を下って僕らの居住スペースになっている地下階に入ると、ウェーブのかかった長い茶髪でジャージ姿の女性が僕を出迎えた。
「ただいま、兎さん」
僕はその人になるべく笑顔で返す。同時に、やっぱりここが家だ、と思った。本来家であるべき場所には、「おかえり」なんて声を掛けてくれる人がいないから。